第37話 理解のある騎士くん
山下が立ち去ったあと、僕と鵜飼さんは搾りたてのフルーツジュースを手にフードコートのとあるテーブル席に腰掛けた。
「ごめんね……。山下のやつ、あれはあれで悪気はないつもりなんだよ」
鵜飼さんは申し訳なさそうにジュースのストローを弄る。
山下の鵜飼さんに対する執着っぷりは確かに凄い。でも、鵜飼さんはその原因がまるで全部自分にあるかのような顔をするのだ。
「……まあ、山下にはだいぶ嫌なことはされたけど、あの行動にはそれなりに理由があるんじゃないかってことは察しがつくよ」
「岡林くんは優しいね。普通なら喧嘩になるところを、きちんと冷静に対処してるというか……、大人だよね」
「そ、そんなことはないよっ! 冷静に対処というより、何も出来ていないというのが正しいし……」
少しだけ間をおいて、鵜飼さんはクスッと笑う。
「ふふっ、それもそうか」
「あっ、鵜飼さんちょっと僕のことバカにしたでしょ」
「してないしてない。岡林くんらしいなって思っただけだよ」
今の今まで鵜飼さんらしいところが全くなかったので、そのクスッとした笑みを見られるだけで僕は安心した。
ジュースを一口飲んだ鵜飼さんは、仕切り直すかのように言葉を続ける。
「昔の私ってね、山下に頼りきりだったんだ」
山下に頼りきり。つまりそれは、山下がいなければ学校なんかでうまく立ち振舞えなかったということだ。
今の鵜飼さんしか知らない僕は、その言葉に少し驚いた。
「そ、そうなんだ。なんというか……、意外だね」
「高校からの付き合いだとそう見えるかもね。小学校ぐらいの頃の私は、山下に守られてたと言ってもいいかも」
「守られていた……?」
その言葉選びに僕はドキッとする。
恋人ではないけれど、友達という言葉ではちょっと足りないような存在。
山下と鵜飼さんの関係について、もっと知っておきたいはずなのに、どこか内容を耳に入れたくないジレンマみたいなものが僕の中で渦巻く。
「私ってこうみえて結構なトラブルメーカーだったんだよね。それで何かあるたびに間に入ってくれたのが山下なんだ」
「今でも十分鵜飼さんはトラブルメ……、なんでもない」
「だからあいつは私のそばにいてやらないとっていう義務感みたいなものがあるみたい」
いわば姫を守る護衛の騎士みたいなものだろうか。
その昔の鵜飼さんは色々なものや人に興味を持っては離れを繰り返していたらしいから、自然と山下がそういう役割を担っていたのだろう。
「それだから僕にあんなに突っかかってきたのか……。でも、守るにしたって今の山下はちょっとストーカー的な……」
「確かにストーカーじみたところもあるよね。でも、そうなった原因も確かに私にある」
「ても、そんなの山下の一方的な思い込みじゃないか。鵜飼さんだってもう小さい頃とは違うのに。現状は勝手に山下が鵜飼さんを守った気になっているだけだよ」
僕は頭の中にあった違和感を吐き出した。
人は成長して変わっていく。鵜飼さんだって、色々な失敗とか経験からどんどん成長していくんだ。
それを認識できないまま、山下はいつまでも鵜飼さんには自分が必要だと思い込み続けている。
「そうだね。多分、まだ小さい頃の私があいつの中にいるんだよ。だからこそ、今の私は昔とは違うんだってのを知らしめたい」
「鵜飼さん……」
僕はうまく自分の気持ちを言葉に出来ずにモヤっとする。
こういうとき、上手に言葉を紡ぎ出せる人が羨ましい。
間を取るために僕は自分のジュースを一口飲んだ。
「さっき、岡林くんが山下に『本気で音楽に向き合っていることを認めさせてやる』って言ってくれたとき、とても嬉しかったよ」
不意を突くように鵜飼さんはそう言う。
彼女の柔らかな笑顔で、ちょっと口に含んでいたジュースを吹き出してしまいそうなぐらい僕は動揺してしまった。
「あっ、あれはその……、勢いというか、なんというか……」
「ふふっ、たまにはカッコいいところ見せてくれるんだね」
そしてやっぱりいつもの太陽みたいな笑顔を見せてくれる。
僕はなんだか照れくさくなって、思わず視線をそらす。
多分僕の顔はちょっと赤くなっているだろう。見られるのは恥ずかしい。
「でも、私と岡林くんが本気で音楽に向き合ってるって認めてくれたら、あいつも少しは変わるんじゃないかなって思ってるんだ」
山下なしではトラブルばかり引き起こすやんちゃガールの鵜飼茉里奈はもういない。
歌が大好きで、皆にその歌を届けるために一生懸命になっている姿が今の自分なんだって、ちゃんとわかってもらいたい。
鵜飼さんの瞳の奥には、強い意志みたいなものを感じる。
その力に、僕はなんだか吸い込まれそうになる。
「だから、今の私は岡林くんと同じ気持ちだよ」
僕も鵜飼さんも、音楽に本気で向き合っている。
それを山下はもちろん、色々な人に伝えたい。
僕ら2人の共通認識だ。
「2次予選ライブ、頑張ろうね!その前に書類選考通らなきゃだけどっ」
「あっ……、書類選考のことをすっかり忘れてた……。見栄をはって山下には2次予選ライブの日を言っちゃったけど、落ちてたらまずいじゃないか……」
「大丈夫大丈夫、あの曲で落とす審査員なんていないよ」
「そ、そうかなあ……」
不安になる僕に、鵜飼さんは一言だけ僕をドギマギさせるような言葉で元気づけようとする。
「だって私、大好きだもん。あの曲」
「り、理由になってないじゃん」
「そう? 十分な理由だと思うけど?」
ちょっと僕をからかって楽しんでいる鵜飼さんの顔も、悪いものではないなと思えた。
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