第11話 きっと労働が呼んでいる

「とりあえず、バイトを探すところから始めないとね」


 次の日の昼休み、鵜飼さんが僕の机に乗せたのはどこから持ってきたんだと言わんばかりにかき集めた求人情報誌。僕はいつものお昼メニューであるサンドイッチを求人情報誌に潰されないようにすかさず退かした。


「バイトって……、これまた突然だね」


「そりゃもうあのマイクが欲しいんだもの。無いお金は稼ぐしかない!」


 鵜飼さんは鼻息荒くそう言う。

 やっぱりあのガイコツマイクを簡単に諦めることなど彼女にはできないらしく、なんとかして資金を稼ぐことにしたらしい。


 それにしたって求人情報誌を持ち込み過ぎだ。通えそうな場所のアルバイトを見つけるだけでも骨が折れそうだ。


「と、言う訳で、岡林くんもバイト探すの手伝ってよ。お願い」


「……やっぱりそんなことだろうと思ったよ」


 鵜飼さんは顔の前で手を合わせて僕に懇願する。

 そんな風に頼まれたら、さすがの僕も手伝わざるを得ない。鵜飼さんがガイコツマイクを手にして可憐に歌う姿は、僕だって見てみたいと思うから。


 サンドイッチを片手にペラペラと求人情報誌をめくるけれども、なかなか高校生向きの求人は見つからない。

 休日か平日の夕方のシフトを中心に入れたいのだけれども、世のバイトを求める経営者たちとはあまり僕らとは意見が合わないみたいだ。


「うーん、あんまりいいのが無いなあ……、岡林くん何か見つけた?」


「こっちもあんまりだね……。週3日以上でフルタイムなのばっかりだよ」


「今日日高校生がそんなに働けるかってーの!労働させたがりだよみんな!」


 思ったような求人が見つからず、鵜飼さんは思わず労働に対する正直なお気持ちを表明する。

 確かに僕もぶっちゃけるならそんなに熱心に働きたいわけではないので、鵜飼さんの気持ちがちょっとわかる。


 でもこのままではいつまで経ってもガイコツマイクに手が届かない。とにかくすみずみまで求人情報誌に目を通す。


 あらかた求人情報誌をさらったところで、お昼休みが終わる時刻になってしまった。

 また放課後にバイト探しの続きをやることにしよう。


 ◆


 放課後になって、鵜飼さんに連れて行かれるがままにマクドナルドへと訪れた僕は、引続き求人を探す作業に取りかかる。


 今度はスマホでバイト求人の検索サイトも使って徹底的に調べ上げる。


「おおっ、なんだか時給高くて良さげなの発見! しかもシフトも入りやすそう!」


「どれどれ……?」


「ええっと、コンカフェ?っていうやつ?」


 コンカフェ、それは『コンセプトカフェ』の略で、いわゆるメイドカフェのような一つのコンセプトを持って他と差別化をはかるカフェのこと。

 メイドに限らず、ナースやアイドルのようなコスプレ系から、人気マンガとのコラボレーションまで形態は様々。


 鵜飼さんは一体、どんなコンセプトのコンカフェを見つけたのだろう。


「なんか猫耳メイドのコスプレをしてお給仕をするんだってさ。ちょっと面白そうじゃない?」


「そ、それは可愛らしいかもね……、ははは……」


 生唾を飲んだことが聴かれていないかドキッとしてしまった。思わず僕は猫耳メイドコスプレをした鵜飼さんの姿を想像してしまう。

 何を着ても似合う彼女のことだ、きっと猫耳もメイド服も完璧に着こなして一躍キャストの人気ランキングを駆け上がるに違いない。


 店内に入ると甘えたがりの子猫ように出迎えてくれる鵜飼さんがいて、普段のハイテンションとはちょっと違う彼女のお給仕に僕は脳内でコロッとやられてしまいそうだった。


「……岡林くん? どうしたの?」


 鵜飼さんは距離を詰めて僕の目を見てくる。

 陰キャラな僕は目を見て話されるのがちょっと苦手だ。条件反射的に視線を逸らしてしまう。


「えっ? あっ、いや、時給高そうだけど大変そうでもあるなーって……」


「ふーん……、私の猫耳メイド服を期待してたわけじゃないのかぁ……」


 僕が妄想を悟られまいととっさに誤魔化すと、ちょっと残念そうな顔で鵜飼さんはそう言う。


「い、いや、超見たい! 超見たいけど!」


「見たいけど……?」


「な、なんか、その……」


 正直なところ鵜飼さんの猫耳メイド姿なんていうものはお金を払ってでも見たい。でも、コンカフェで働くということはその姿を不特定多数の他の人にも見せるというわけで、なんだかモヤモヤしてしまうのだ。


 この気持ち上手く言葉にできないのが僕が陰キャラたる所以という所だろうか。


 僕が言葉を濁しているうちに、鵜飼さんは再度スマホの画面を見直す。すると、彼女は求人の内容にとある文言が書かれていることを見つけ出した。


「あっ……、このバイト『高校生不可』って書いてある」


「えっ?」


 鵜飼さんはスマホの画面を僕に見せつけてきた。

 確かにそこには『高校生不可』の文字。夜間の営業もあって酒類を提供しているからだろう。


「もー、せっかく良さげだったのにー」


 彼女は『ぷんすか』という擬音が聞こえてきそうな顔で拗ねる。せっかく苦労して見つけた求人が徒労に終わったとなれば、そんな顔もしたくなるだろう。


「ま、まあ、仕方がないよ。他に良さげなのを見つけるしかないさ」


「しょうがないかー。でも、猫耳メイドじゃなくてもカフェのバイトっていいなーって思ったよ? なんだかオシャレじゃん?」


 鵜飼さんはカフェでのバイトにちょっと憧れが出てきたみたいだった。そうなれば、カフェの求人に絞って探すのが効率的だ。


 そう思って検索サイトに『カフェ』と打ち込もうと思った瞬間、僕の頭の中にふと妙案が浮かんできた。


「鵜飼さん、もしかしたらカフェのバイトいけるかも」


「えっ? それ、本当?」


 鵜飼さんの驚く顔をよそに、僕はとある番号へ電話をかけることにした。



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