ある晩の港巡回

三点提督

ある晩の港巡回

 ある晩、僕はいつものように日課の一つである港巡回をしていた。

その日は真夏の終盤、九月の半ばだった。だからだろうか、港にいるにも拘わらず、

やけにむしむしとしていたように思えた。僕は内心で、「早く今日の分も

終わらせて、執務室で寝るか」と思った。そしてそのすべてを確認し、今夜

も特別異常は認められなかったことをレポートに残した。


 ――やっぱりこの瞬間が一番癒されるよ。

部屋のソファに身体を預け、僕はその柔らかな心地を楽しんでいた。

 ――それにしても、

 先程も言ったように、今日は真夏の丁度終盤。そして、

 ――九月十五日。

 ――あの弔いの日だよね?

 僕は天井を見つめつつそう思っていた。

 僕の祖父は当時、今僕が所属しているこの呉鎮守府である艦の艦長を担っていた。その艦は終戦後まで生き残り、僕達の誇りとして今でも語り継がれている。

 ――そう、その艦は……、

 口にしようとした時、唐突に停電が起こり、部屋は真っ暗に……は、ならず、淡い

月明かりが窓から差していた。

「……まぁ、いいか」

 このほうが落ち着いて眠れるし。そう自分に言い聞かせ、僕は改めてソファに仰向けになった。

 それから何時間が経ったていただろうか? キィという、執務室のドアが開く音が響いてきたので、僕は内心で、「誰だよこんな夜中に」と毒づきつつ、「誰だ?」と

質問してみた。

「お初にお目に掛かる。繰ヶ谷中将殿」

「え」

 ――今この人、何て……?

「ちょっと待ってよ、僕は……」

「明日はいよいよ私の竣工の日です。どうか最後までご静観を」

「だから、待ってって……」

「それでは、私はこれで。失礼する」


「だから待てって言ってるだろ!」

 ガバッと起き上がり、僕は辺りを見回しいた。しかし、当然といえば当然ながら、

停電こそ復旧はしていなかったが、それと同時に、そこには僕以外は誰もいなかった。

 ――夢、だったのかな?

 あまりにもリアルすぎたためか、そんな当たり前のことですら今はまだ非現実的に

思えずにいた。本来の意識とは真逆である。要は現実的非現実。というべきだろうか。

 だが、それが実は現実のものであったのだと理解するのに要した時間は、そこまで

長くはなかった。

 僕がそれに気づいたのは、夜明け直後、午前六時頃だった。それは朝の巡回の時に

出会ったでだった。

 港にいたその人物は、スラリとした長身と長い髪、そして少し筋肉質な身体を持つ

かなりの美人だった。確かに顔こそ見てはいなかったが、それでも、僕は直感でそう

確信し、そして予想通り、いや、それ以上の美少女がそこにいた。

 ――僕の所属する鎮守府に、こんなに可愛い子なんていたっけ?

 そう思いつつ、「おはよう」と元気にあいさつを交わしてみた。するとその子は、

「やはりいらっしゃったか」と言ってくるりとこちらを振り返った。振り返り、こう

言った。

「改めてお初にお目に掛かる。繰ヶ谷真実中将殿」

 その子は、否、その人は昨晩僕が夢で見た、あの人だった。だが名前は出てこず、

とてももどかしい気持ちだった。

「ごめん、せっかくだけど、僕にはキミのことが解らな……」

「案ずるな、無理もない。何故なら私は……」

 その時、その人の右目からつぅっと、一筋の血の涙が流れていた。

「私は、当の昔に命を落としている身。だが頼む、これだけは忘れないでくれ」

 そう言って、その人はゆっくりと僕の元まで歩み寄り、僕を抱いた。

「いつ、いかなる時でも、私はあなたの味方だ」

 それではな。そう言って、その人は僕の前から去っていった。

「……長門」

 ――長門?

 唐突に涙が溢れてきた。何故だかは解らない。だが、それでも僕は何故だか今まで

とても大切なことを忘れていたような気がした。

 ――思い出せ。

 彼女が一体何者で、何故僕を愛してくれたのか。

 ――思い出せ、

 ――思い出せ、


「思い出せ!」

「そんなに大声出さないでよ!」

 ――え?

 僕の瞼が開いた。この時点では、僕は気絶したせいでこの子、或いは第三者の誰かが執務室まで運んできてくれたのかと思っていた。

 ――そう、思っていた。

「そういえば、中将にお手紙が届いてたよ?」

 そう言って、僕に手紙を渡しつつ、今日に秘書であるその子は更に言葉を続けた。

「お爺様からのものらしいけど、今日は昔自分が運用していた艦の弔いの日でもあるから、自分の所に来れない分、ちゃんと港で黙祷しておけ。だってさ?」

「そうかよ……ってお前、また勝手に読みやがったのかよ」

 いつものことながら、やはりやめてほしいものだ。

 ――ま、言っても無駄だろうけどさ?

 現時刻は午前八時半ば。僕はなるべく早い時刻のほうがいいだろうと思い、早速港

へと向かった。


「……」

 数秒程の黙祷の中で、僕は昨晩の夢で見たあの少女、長門を思い浮かべていた。

 ――ありがとう。

 ――そして、

 再び涙が溢れてきた。僕は奥歯を強く噛み締め、その心苦しさに耐えていた。

「ごめん」

 ゆっくりと五分程時間をかけた黙祷を終え、その場を後にしようとしたとき、


「中将殿」


 ――っ!

「長っ! ……門……?」

 そこにいたのは、美しくも悍ましい、ほとんど原形を失いつつある、

 ――英雄在りし日の姿の彼女だった……。

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