心に刻む想い出たち

夜桜くらは

刻まれていく想い出

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」


 そう言って助産婦さんが私に赤ちゃんを渡してきた。……思えばこの時から、この子との想い出は始まっていたのだろう。


「ふぇっ……ふええん……」


 まだ首も座っていないような小さな子なのに、もう泣き出しちゃった。

 私はその小さな身体を優しく抱きしめた。


「大丈夫だよー?ママが来たよ?」


「ふえっ……うえええん!」


 どうやら私の胸に顔をうずめて安心したみたいだ。私はその子を抱き抱えてあやしながら、周りを見渡してみた。……そこにはたくさんのパパとママがいた。


「ありがとう!ありがとう!」


 パパはとても嬉しそうだ。


「良かったね。可愛い女の子だよ」


 ママもとても幸せそうな笑顔だった。

 ここは、想い出の始まる場所なんだ。

 私はそんなことを思いながら、いつまでも泣いている赤ちゃんを抱きしめていた。


***

 そして、それから10年後。


「ただいまー!」


「おかえりなさい。今日も楽しかった?」


「うん!でも疲れたぁ……。ねぇお母さん。肩揉んであげるよ」


 10歳になった息子は、すっかり大きくなった手を伸ばして、ソファに座っていた私の肩を揉み始めた。


「気持ちいいわよ〜上手になったじゃない〜」


「へへっ、お父さんには負けるけどね」


「あら、そうかしら?じゃあ今度は私がやってあげようかしら?」


「いいってば!」


 照れ隠しなのか、息子の手が少しだけ強くなった。私は微笑ましくなってクスッと笑った。

 あの時の私と同じように、この子は私の胸の中で泣いていた。けれど今はもう、しっかりと自分の足で立っている。

 だからきっとこれから先も、この子の進む道に困難はあるかもしれない。それでもきっと、自分で切り開いていけることを信じている。


「ありがとね」


「え?なんか言った?」


「なんでもないわよ。さ、パパが帰ってくる前に、晩ご飯の準備をしましょ」


「うん!」


 私はキッチンに向かうと、冷蔵庫の中から食材を取り出した。


「よし、今夜は何を作ろうかなっと……」


 そう呟きながら、私はエプロンを身につけると、鼻歌を歌いながら料理を始めた。


***

 それから更に10年後。


「あぁー……疲れた……」


「ふふっ、お帰りなさい。成人式、どうだった?」


 私はスーツ姿の息子を迎え入れる。


「まあまあかなぁ。みんな同じような顔つきになってきてたよ」


「それはそれで寂しいものよね」


「そういうもんかなぁ」


 ネクタイを解きながらリビングへと向かう息子についていくように、私もその背中を追った。


「あっ、写真撮ってきたんだ」


「あらそうなの?見せてくれる?」


 スマホを操作して画面を見せてくれた。そこには振袖を着た若い子達がたくさん写っていた。その中にはもちろん息子の姿もある。


「あらぁ~みんな大きくなってるわねぇ」


「そりゃなるよ。だって20歳だし」


 そう言って苦笑いする息子を見て、思わず頬が緩む。


「何笑ってんの?」


「別に?それよりほら、早く着替えてきなさい」


「はいはい」


 息子は自室へと向かっていった。

 私はその後ろ姿を見送りつつ、また懐かしい記憶を思い出していた。そこで、ふとあることを思いついた。


「そうだわ!確かアルバムがあったはず……」


 私は物置部屋へ行き、本棚から1冊のアルバムを取り出す。そしてそれを手に持って再びリビングへと向かった。

 するとちょうど息子が戻ってきたところだったので、「ちょっと待ってて」と言って急いでソファー前のテーブルの上にそれを置いた。


「これは?」


 不思議そうな顔をしている息子に、私は優しく答えた。


「あなたが生まれた時の写真よ」


「え!?俺の生まれたときの写真なんてあったの!?」


 驚いた様子の息子に、私は微笑みかけた。


「全部とってあるわよ。ほら、パパは写真好きでしょう?何かあるとすぐに写真を撮りたがるもの」


「ああ、確かに」


 納得したような表情を浮かべた息子は、早速そのアルバムを開いた。そこにはたくさんの写真が収められている。

 まだ首も座っていないような小さな赤ちゃんが写っているのもあれば、幼稚園の制服を着てピースサインをしている息子もいる。

 そんな写真を見ているうちに、私は無意識に息子の頭を撫でてしまっていた。


「大きくなったねぇ……」


 感慨深くなっていると、息子はどこか恥ずかしげな顔をしながら口を開く。


「やめてよ……。なんか急に恥ずかしくなってきたじゃん」


「いいじゃない。私にとっては大切な想い出なんだし」


「……そっか」


 照れ臭そうにしている息子を横目に見ながら、私はページをめくっていく。


「ただいまー」


 玄関の方でパパの声がした。


「おかえりなさい!」


 2人で声を揃えて言うと、パタパタという足音が聞こえてきた。


「パパ、早くこっちへ来て!」


「ん?どうしたんだい?」


「写真見てたんだよ」


 そんな話をしながら、私たちはリビングへと向かう。



 これからも、たくさんの想い出が刻まれていくのだろう。その度にきっと、私はこう思うに違いない。

『幸せだ』と―――。

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心に刻む想い出たち 夜桜くらは @corone2121

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