第10話 眠り姫

「……まさか貴方のような人が現れるとは思ってもなかった、けど。兎に角早く、逃げてお兄さん。このままだと貴方は、死んでしまう事になっちゃう」


 目を醒ましたシャナさんは切羽詰まったような表情で俺に語り掛けてくる。

 その内容は――俺がもうじき死ぬという事。

 唐突過ぎて、理解が及ばない。


「待ってくれ。君は、何を言っているんだ?」

「この村の人間は、私の事を治す事が出来る能力を持つ人間を無意識に排するように『支配』されていたの。だけど貴方は、その身体に宿す力はとても弱い。だからこの場所へと辿り着けたんだと思う」

「支配、だって?」

「早く、逃げた方が良い。すぐに私が目を醒ました事を察した「あれ」がこの場所にやって来ると――」


「やぁ」


 彼女が言い切る前に、それは現れた。


 ……茶色のダッフルコートに身を包んだ男のような見た目をしている。

 しかしその耳は尖っていて肌は病的なまでに白い。 

 何より、その身から放たれる、吐き気がして来るほど濃密な魔力。

 間違いない。

 あれは、魔族だ。


「眠り姫。君が目を醒ました事はすぐに分かったが、まさかこのような小僧が原因だとはな」

「止めてください、べリア様。この人は――」

「無論、殺すとも。とはいえ君の願いだ、せめて説明くらいはしてやろう」


 ちらり、と視線をこちらに寄越してくるだけで俺の視線に冷たい悪寒が走る。

 ……目の前にいるこいつは、化け物だ。

 間違いなく俺が素で戦ったら適う相手ではないが、しかしここには俺よりずっと強い天使族の人間や、何より聖騎士のステラさんがいる。

 

「助けを呼んだところで無意味だ小僧」


 しかしそれを先回りするように、男は言う。


「既にこの村の人間は『支配』している――そうだな、折角だし、眠り姫の姉に小僧を殺させるとしよう。小僧をこの場所に呼んだのは、どうやら彼女みたいだからな」

「や、辞めて……っ」

「はは、可愛らしいな眠り姫。だが、君はやはり眠っていてこそ美しい。その口から放たれる言葉は、少しばかり喧しい」

「……ッ」


 彼女の身体から結晶は生え、そして彼女の瞳がゆっくりと閉じられる。

 そして男は俺の方を見、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「美しい彼女を起こした小僧、君には相応の報いを受けて貰う」

「……理由を聞かせて貰っても?」

「美しいものを汚れるのを私は見て見ぬ振りが出来ないのでね。だから彼女には再び眠って貰いその美しさを何百年と保存し、そして小僧。君にはここで死んで貰う」


 何となくだが、奴――べリアと言うらしい魔族は、魔族として人間の俺には理解出来ないような美意識を持っていて、そしてそれに従ってシャナさんを眠らせ結晶を生やしたという事は分かった。

 しかし、だからと言ってなんになる?

 俺の置かれた状況は極めて最悪だ。

 そして、男が言うのが本当ならば、ここの村の住人は。


 ガチャ。


 扉が開かれた事に一瞬期待し、そして絶望する。 

 入って来たのはステラさんとリルルさん。

 ……無感情な瞳は俺を射ぬき、そしてその手には剣が握られている。


 これは……絶体絶命という奴だな?


「それでは、早速だが小僧――死ね」


 男が言うと同時に、二人が閃光の如き勢いで俺に向かって剣を振るってきた――

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