『ニセモノの霊媒師』
pocket12 / ポケット12
第一話 トウガラシよりも辛い厳しさ
実際のところ僕は
そりゃあいたら面白いとは思うけれど、それはやっぱり空想上の存在で、現実にいると主張するには僕の心は大人になり過ぎていた。
第一、もしも本当に幽霊が存在するとしたら、この世界はすでにたくさんの幽霊で埋め尽くされていることになる。目に見えないだけで、僕らは幽霊で満たされたプールの中を泳ぎながら生きているというわけだ。まったくゾッとする世界である。
だから僕が職業に
けれどどういうわけか、結局はこの歳になるまで僕は霊媒師として働き続けている。
不思議なものだ。あるいは人生とはそういうものなのかもしれない。思い通りに進むことがなく、何が最善の道になるのかもわからない。人間万事
僕のこれまでの人生をひと
ヤナギの葉が風に決して逆らうことなく静かに揺らめいているように、僕も人生で起きたいろいろなことを受け流してきた。
両親の死や、親戚という名の他人との生活、それに
それが良いことなのか悪いことなのかは知らないけれど、とにかく僕はそういう生き方を選んできた。両親が死んでから高校を卒業するまでの七年間。波風を立てることなく、自分を殺した
だけど間違っているとは思わない。そうすることが最も信頼できる味方を失った子どもが生きていくために取れる最善の方法だったと僕は今でも信じている。
幸いにして大学に進学後は一人暮らしをすることになったから、他人の顔色を
あるいはそうした反動だったのかもしれないが、大学を二度留年して卒業した後、僕はふらふらと生きてきた。定職につかず、日雇いバイトで食い繋ぎ、宿はいつもその日に適当に決めるという、あてのない
当然将来に
僕はそのロードバイクに乗って色々な場所を転々とした。北海道から九州、沖縄まで、時には船に乗って無人島へと行くこともあった。そしてそれらの場所でロードバイクに乗りながら、僕は多くのことを考えた。整備された道を走るときは人間の歴史の歩みについてを考え、整備されていないケモノ道では自然の変遷の規則性についてを考えた。
風に包まれながら考えるという行為は僕を
多くのひとはそんな僕をみて変わり者だと言うかもしれないが、少なくともその
あるいはその頃の僕が今の僕を見たら失望の感情を抱くかもしれないが、とにかく僕の二十代はそうしているうちに過ぎていった。
二十九歳になった頃、僕はそろそろ身を落ち着けることを考えていた。いつまでも根無し
だんだんと気力も体力も衰えてきて、このままではいずれ何をするにしても
僕は安定した生活を送るために職を探すことにした。洋服店でスーツと
僕自身これまでとは全く異なる新たな環境に身を置くということに興奮していたし、また楽しみでもあった。いったい今度はどんな景色が目の前に広がっていくのだろうか。
しかしどんなに身だしなみを
おそらく彼らの住む世界の常識では、二十九歳の人間が一度もまともに働いたことがないというのはあり得なかったのだろう。
彼らが
もちろん僕自身にも問題があったことは認める。定職につき、安定した生活を送ることを決意していたわけだけど、しかし積極的に探そうという熱心さは持ち合わせていなかったのだ。特に働きたい場所があるわけでもなく、特に叶えたい夢があるわけでもなかった。
そしてそういう考えが透けて見えていたからこそ、彼らは僕に対して
だから結局のところそんな僕の選択はただの行き当たりばったりの衝動で、世間を知らない子どもが取るような行動に過ぎなかった。
それでも、あるいは僕らの生きるこの世界がハチミツのような甘い優しさに包まれていたとしたら、僕の職探しも簡単に終わったのかもしれない。行き場のなくした子どもを温かく迎え入れてくれるような優しさに満ちた世界だったなら。
でも実際には僕の両親が僕の成人を待たずして死んだという事実からわかるように、この世界はトウガラシよりも
そんな世界でより良く生きていくためには多くの犠牲が必要だった。そしてそれらの犠牲を払った者にだけ世界は
それが我々の生きるこの世界の真理だった。
僕は焼きこがれるような
それからの数年間、僕はまた一年の大半を日雇いバイトで食いつなぐロードバイク乗りとして過ごし、時折思い出したかのように求人誌を見ては電話をかけるという日々を続けていた。
そんなある日のことだった。ふらりと立ち寄った神社で霊媒師募集のチラシを見かけたのは。
どうやら定年間近の霊媒師が後継者を探しているらしかった。
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