島民代表 江口公明は決断が出来ない

 あだん島は有人離島である。面積 0.98 ㎢、周囲 9.2 ㎞の小さな島。


 綺麗な海岸もあれば、山もあって自然に恵まれている。私、江口えぐち公明こうめいは、この島の島民代表だ。島民は年々減少しているが、多くの環境客が訪れるので、島にはさびれた雰囲気はない。四季が豊かでリゾート地として、それなりに名を馳せている。




 話は数日前にさかのぼる。




 その日、昼食の準備を妻としていると、玄関のインターフォンが鳴った。はいはい、とジャージ姿のまま玄関のドアを開けると、そこに見知らぬスーツ姿の男が立っていた。てっきり近所の誰かが訪ねて来たのだと思っていたので、少し恥ずかしい思いで顔を真っ赤にしながら、どちら様ですか?と尋ねた。


「初めまして。わたくし、株式会社トライアの渡辺わたなべと申します」

 見ただけで高級だと分かるダブルのスーツ。掛けているふちなしの眼鏡を、クイッと上げて、男は懐から名刺を取り出した。おずおずと受け取ると、よろしくお願いいたします、と男はニコリと笑って、こうべを垂れた。


 名刺には「リゾート開発部 部長 渡辺わたなべ 海斗かいと」とある。


 リゾート開発……?


「この度、あだん島にリゾートホテルを建てる計画がございまして。ずは島民の皆様に御挨拶を、と思って、こうして挨拶回りをしているところです」

 男……渡辺は私を見つめながら微笑んだ。


「リゾートホテル……ですか」

「はい。来年、着工工事を行う予定でございます。県から開発許可を受け、行政上の手続きはすでに済ませています」

 まるで死刑宣告だ。


「では」

 渡辺は、それだけ言い残すと颯爽と去って行った。




「なあ、江口さん。リゾートホテルの話、聞いたかい?」

 十数分もすると、島民達が集まってきて同じセリフを口にした。皆、リゾートホテルが出来る事に対して、不安を抱えている様だ。


「俺は反対だよ。ウチが観光客で潤っているのは、この島の自然環境のおかげだ。それがリゾートホテルなんてものが出来たら、自然が失われるし、ウチも商売あがったりだよ」

 宿泊施設を経営している島民は、不満そうに顔をしかめて言った。


「反対反対というよりは、共存するのが大事なのかも知れません。もう土地は買われてしまっているのでしょう?」

 島の中学校で教鞭を取る男性は腕組みをしながら、視線を下に向ける。


「なあ……反対の署名を集めないか?」

「そうだな」

 島民達のほとんどが、署名に賛同した。


「俺は賛成だ」

 ずっと周りの様子を見ていた一人の島民が、重く口を開いた。


「その会社が買った土地に、建てないでください、ってのはコチラの事情だ。それに、そのホテルが出来る事で観光客が増えるんだったら、この島にとってメリットもあるんじゃないか?とも思う」

「お前、正気か?」

「だって烏滸おこがましくないか?今更、出て行ってくださいって言う権利が、俺たちにあるのか?別に非合法な手段で土地を手に入れた訳じゃないんだろう?」

 私は一旦、皆を帰す事にした。明日、公民館で会議をしよう、と伝えて自室に戻る。


「あなた、どうするおつもりですか?」

 妻に尋ねられて、私は首を何度か横に振った。


「正直、決断が出来ない」

 私は窓から見える白い砂浜を見ながら、溜息をいた。









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