間違えた子

そうざ

A Wrong Child

 夕飯時のスーパーはそれなりに混んでいた。お客さんの大半は主婦という感じで、小さな子供を連れている人もちらほら目に付いた。

 みりん、和風ドレッシング、カレー粉――頼まれた物をさっさと籠に入れ、私は冷蔵コーナーでデザートを物色していた。チーズケーキはちょっとヘビーな感じだし、マンゴープリンもそこそこカロリーが気になるし、大人の気分でコーヒーゼリーにしようかな――そんな自問自答を繰り返している時だった。突然、右手に温かくて柔らかい感触がした。

「ママ、これ買って~っ」

 小さな男の子が私の手を取り、もう一方の手でチョコクレープを指差している。

「買って買って〜っ」

 視線はお目当ての商品に釘付けだ。誰の手を握っているのか、全く気が付いていないらしい。唯々、懸命に私を引っ張り続ける。

「ちょっと何やってるのっ?!」

 女の人が小走りにやって来た。男の子はぴたりと固まり、ゆっくり私を見上げた。そして、逃げるようにちょこちょこと駆けて行った。女の人――つまりお母さんは、私と同じような背格好だった。ジーンズの色だけを見て判断してしまったようだ。背丈の違いもあって、あのくらいの年頃は意外と親の顔をしっかり確認していないのかも知れない。

 不意に記憶が甦った。

 あれは何処かのショッピングセンターだったか。母の袖を掴んで歩いていたら、いつの間にか見ず知らずの小母さんにくっ付いていた事があった。あの瞬間の心持ちと言ったら、吃驚するわ、恥ずかしいわ、不安になるわで、いつの間にか日常とよく似た異世界に紛れ込んでしまったかのような気味の悪さを覚えたものだ。その後の展開はよく覚えていないが、きっと半べそで母を捜し回ったに違いない。

 男の子は、お母さんの一部のようにぴったりとしがみ付いている。もう絶対に離さない、と言わんばかりのへの字口が愛らしく映った。


「何だか懐かしかったなぁ」

 購入品をダイニングテーブルの上に並べながら、私は早速スーパーでの一齣を話した。

「お母さん、覚えてる? 私、知らない小母さんと間違えちゃってさ。必死で捜したんだよねぇ」

 単調な包丁の音は止まらない。聞こえなかったのかと思い、もう一度、母に問い掛けようとしたその時、周囲の音が消えた。

「あぁ……結局、本当のお母さんを見付けられなかったわよねぇ」

 聞き覚えがあるような、ないような声だった。包丁がまた動き始めた。

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間違えた子 そうざ @so-za

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