第8話 勇者と聖女の採用条件
俺とハルカさんの関係はリンダさんのみならず子供たちにも心配をかけていたようで、その変化が伝わると純粋に祝福してくれた。
……なお、急に仲良くなったのは二人で仲良く遊んだからだと思われているようだが、実際のところソコまでの事は致していない。
とにかく、それによって世界全体の雰囲気が良くなったおかげか、講師陣の連携意識も子供たちの学習意欲も目に見えて向上した。
結果、各講師の創意工夫による合同授業が頻繁に企画され、同時に生徒たちも積極的に様々なアイデアを出すという好循環に入る。
ただ、そんな状況に水を差すように第2回めの『悪魔』狩りの予定日が近づいてきて、全ての授業は狩りの準備に切り替えられた。
……狩りに直接参加するメンバー以外にも当事者意識を持ってもらうべく、形だけながら『聖砂』の生産に着手してもらったのだ。
そして、いよいよ訪れた『悪魔』狩り当日の早朝。
俺とリンダさん、ニックとクレアの4人とエニシ様は、留守番の子供たちとハルカさんに見送られながら意気揚々と村を出立し……テキパキ狩りを済ませて昼飯前に帰投した。
◇
◇
「いやぁ、今度も楽勝だったな! 次も同じ感じなら、ガキどもに見学させてみるか?」
「ははっ、残りの半数くらいはレッサーデーモン級だそうですから、それもアリですね」
宴会を催すには流石に早過ぎるため、その代わりに豪華な弁当が支給されたのだが……戦場の高揚が残っているせいか、酒も入っていないのにリンダさんのテンションは高い。
とはいえ、それについては共に戦っていた俺も似たような状態なので、互いのカップを打ち鳴らしてからコーラを一気飲みにする。
「ふふっ、二人ともお疲れ様。大丈夫だとは聞いてたけど、それでも心配だったんだから」
「いやいや、そっちこそお疲れ様。一人で面倒を見るの、かなり大変だったんじゃない?」
一方、子供たちの面倒をニックとクレアに引き継いで昼食を摂りに来たハルカさんは、いつもの笑顔に少し疲労感を漂わせていた。
……どうやら、鬼ごっこに付き合わされて走り回っていただけではなく、気疲れが顔に出てしまうほど心配していてくれたらしい。
「おや、待たせてしまったか。気になっておるじゃろうから飯の前に発表しておくが、此度のドロップ品は『地下水脈』の一部じゃぞ」
と、そんなところにコアでの作業を終えたエニシ様が戻って来て、討伐の直後には不明だった狩りの成果について報告してくれた。
……奪還したコアが司る権限が『昼夜』のように分かり易いものだとは限らないのだ。
なお、俺とハルカさんに仕掛けた過日の悪ノリについては「愉快犯タイプの邪神め!」と正式に抗議したものの、結果的には万事が上手くいってしまったため効果は薄かった。
「じゃあ、折角だから改めて乾杯しようか。さっきも俺が音頭を取ったし、今度は……」
「ヤヒロ、今度も任せる」
「ヤヒロ君、よろしくね」
「ヤヒロよ、まだ諦めておらんのか?」
第二の生を歩み始めて以来、本当に色々なことがあったが……こんな予定調和に付き合ってくれる仲間が出来たのは真に喜ばしい。
◇
三段重の三段めに入っていたマドレーヌとともにハルカさんの紅茶を楽しんでいると、場の中央に浮かび上がったエニシ様がポンポンと手を叩いて一同の注目を自身に集めた。
「狩りについては特筆すべきことは無かったゆえ特に語るべきことないじゃろうが、丁度良い機会じゃから他の業務について月次報告を上げてもらうぞよ。さて、代表者は……」
「ヤヒロだな」
「ヤヒロ君だね」
「えっ、またなの?」
まぁ、コレに関しては面倒事を押しつけたというより花を持たせてくれた感じなので、俺は形だけ口答えして大人しく立ち上がる。
そして、リンダさんとハルカさんの拍手が終わるのを待ったのち、もうしばらく宙空を睨んで報告内容を整理してから口を開いた。
「まず、リンダさんが主担当の『たいいく』については、トレーニングメニューが充実したことにより効率が大幅に向上しました。それに付随して<竜鱗錬成>の練習に割ける時間も増加したため、ニックとクレア以外の子供たちも近いうちに一人前まで育ちそうです」
俺が言った<竜鱗錬成>というのはウロコを出す竜人独自の魔術のことで、地道に訓練を続けるしか上達の道はないらしく戦士育成における一番のボトルネックだったそうだ。
そんな文句の付け所が無い報告にはエニシ様もニコニコして頷いてくれたが、それでも上司の仕事として一つノルマを積み上げる。
「ふむ、そうじゃな……ただ単に筋トレをさせておるのも勿体ないゆえ、今回のドロップ品を活かすためにも畑仕事を始めさせるか。必要な作物の種苗は儂が創造してやるゆえ、何を植えさせるかは大人で相談するが良い」
たしかに、俺たちが農業に着手していなかったのは真水の安定供給に懸念があったからだが……なるほど、これが前世で噂に聞いた『仕事をすれば仕事が増える』システムか。
まぁ、遣り甲斐も実現性も十分ありそうな案件ではあるので、それは御下命どおり大人同士で相談するとして月次報告を再開する。
「次に、ハルカさんが主担当の『ぶんか』については、何というか……ヒップホップとカポエイラを融合させたような謎の独自文化が誕生しました。ただ、エスペラント語の読み書きのほうは学習の進捗が芳しくないので、引き続き駄菓子で釣る必要がありそうです」
その謎の独自文化を言葉で説明すれば『トラックに合わせてリリックとキックで闘う』という暴力的な表現になってしまうのだが、一応はルールが存在するダンススポーツだ。
……なお、何でも有りではガチ喧嘩が頻発したため、幾つか禁じ手を追加していくうちに自然とルールが出来たという経緯がある。
一方、エスペラント語講座のほうは将来的に世界共通言語とするのを視野に入れて開始されたもので、俺も子供たちと一緒にハルカさんから指導を受けているのだが……うん、特に問題は無いし改善すべき点も無いよな。
「ふむふむ、なるほど……まぁ、発展の方向性は自由裁量に任せるほうが好ましいゆえ、大怪我をせぬよう見守れば十分じゃろうな。
また、駄菓子を創造してやるくらいは一向に構わんのじゃが……特定の受講者にのみ特別な褒美を与えている点には言及せぬのか?」
半笑いのエニシ様からコンプライアンス上の問題を指摘されて、心当たりがある関係者2名はノーコメントのまま視線を逸らした。
……神に誓って言うが、今のところ俺たちは本当にソコまでの事は致していないのだ。
というか、この世界で起きた出来事を全て把握しているエニシ様のほうこそ、個人情報保護について研修を受け直すべきだと思う。
「まぁ、それはさておき……最後に、俺が主担当の『さんぎょう』については、秘密基地づくりが呼び水となって大規模建築業と木材加工業が勃興の兆しを見せています。ただし、まだ十分な技術水準だとは言えませんので、今後も適宜アドバイスをしていく予定です」
以前ハルカさんと話した折に生まれたアイデアである秘密基地づくりは、報告のとおり俺の期待値よりも遥かに評判が上々だった。
……まぁ、その理由は竜人の適性にマッチしたというよりも、講師の俺も楽しくなって一緒に大盛り上がりしているからだろうが。
ともあれ、建築物は子供たち自らが知恵を絞って安全なものを造れるようになったし、ユニークな道具類も次々に開発されている。
ただし、全く問題が無いわけでもなく……
「おいおい、ヤヒロよ……勃興の兆しを見せておるのは、どう考えても傭兵業じゃろう。お主は現在の技術水準に満足しておらぬようじゃが、標準的なナーロッパ世界ならば既に引く手数多なレベルまで育っておるぞよ?」
要するに、俺が秘密基地づくりを奨励するために競争を促してみたところ、子供たちは『カッコ良さ』ではなく『防衛力の高さ』について直接的な方法で比較し始めたわけだ。
そうして互いが建造した要塞を舞台にして行う模擬戦が一大ブームとなり、子供たちは工兵&砲兵としてメキメキ腕を上げている。
また、攻城兵器や防衛兵器の開発も進んでおり、戦術の面でもマット少年は俺が教えるまでもなく坑道奇襲作戦を編み出す始末だ。
「とはいえ、産業振興の目的が『他の住人から虐げられぬため』であることを鑑みれば、このままの方針で推し進めていけば問題なかろう。ナメた真似をするヤツ等は片っ端からブン殴れば良いし、頭数が揃った暁には世界に覇を唱えることも期待できるじゃろうて」
ハッピーエンドが観たい派の俺としては、あまり殺伐とした戦記物は見たくないが……まぁ、逞しく育ってくれるならば何よりだ。
◇
俺からの報告が終わって多少の質疑応答が行われたのち、続いてエニシ様のほうから自身の担当業務についての進捗報告があった。
と言っても、その内容は時空の綻びを修復だのコアの接続が安定化だのといったものが大半で、俺たちの理解が及ぶ部分は少ない。
ただ、その例外かつ俺たちの生活に大きな影響を与える報告事項が一つあって、それは「神界のリニューアル完了に伴い、そちらに生活拠点を移動させる」というものだった。
まぁ、現在は竜人様式のテントで寝泊まりしており、見た目以上に快適であったものの少々落ち着かなかったのが正直なところだ。
だから、引っ越し自体には特に異論は無いのだが、それとは別次元の問題が存在し……
「……つまり、年代ジャンプが実施されるということですか。たしか、時間の流れを加速させると復元力が発生するはずですが、そのせいで何か世界に悪影響が出る可能性は?」
「あぁ、アレは局所的な時間干渉を行った際に起きる現象ゆえ、世界の絶対時間ごと操作する場合には発生せぬ。また、ジャンプするといっても月に1回は顔を出すわけじゃし、進める年数も今回は約10年の予定じゃな」
神界に生活拠点を移すことの真の狙いは、竜人界との間で時の流れに差を作ること……より具体的に言えば、神界での1日が竜人界での30日に相当するように調整すること。
……すなわち、この上なく雑に言えば世界の発展を30倍速で『巻く』というわけだ。
「なるほど、状況は理解しましたが……」
ただ、これにより引っ越す者の体感としては毎日『悪魔』狩りを行うことになり、逆に子供たちへの授業は月1回に減ってしまう。
まぁ、前者に関しては体力的にも精神的にも問題ないし、後者に関しても今の子供たちなら自習主体で……たぶん問題ないと思う。
真の問題は引っ越す者の覚悟で、突き詰めれば「どう生きるのか」という決断だった。
「……背の高さ、抜かされちゃうのかな?」
ハルカさんがポツリと溢した言葉が示唆するとおり、神界で暮らす者は竜人界で暮らす者とは異なる時の流れを生きることになる。
今回の年代ジャンプで生じるズレは約10年とのことなので許容範囲かもしれないが、それを何度も繰り返せば……いつの日にか、アイツらの最期を看取ることになるわけだ。
「悪いが、ヤヒロについては拒否を認めぬ。儂の使徒を務めることが転生させた条件であるし、使徒の仕事は竜人たちと楽しく暮らすことではないからな。しかし、ハルカよ……もし望むのであれば、お主は竜人界に残って一生を過ごすことを選んでも構わぬぞよ?」
エニシ様の俺に対する言い様は厳しいが、その真意は「竜人たちのためにも使徒としての仕事に尽力せよ」といったところだろう。
……まぁ、俺としても条件云々は関係なく仰るとおりにしたほうが良いと思っている。
もちろん、竜人界に拠点を置いたまま使徒を続けることも不可能ではないだろうが……使徒を辞めない限り俺は歳を取らず、時間の流れに取り残される点に変わりはないしな。
「……いえ、もう会えなくなっちゃうわけじゃないですから、私も神界に引っ越しします。これからもヤヒロ君と力を合わせて、あの子たちと……あの子たちの子供たちのために、素敵な世界を創ってあげたいと思います」
一方、エニシ様から選択肢を提示されていたハルカさんは長らく悩んでいたが、最後にチラリと俺のほうを見てから決断を下した。
今の視線をどう解釈するべきなのか、何とも判断できないが……何にせよ、竜人たちに対しても彼女に対しても俺の責任は重大だ。
「うむ、良かろう。ならばハルカよ、お主を正式に第二使徒として認め、併せて《聖女》の称号を授与する。お主も支度金代わりに器の経年劣化を封印するゆえ、儂の左腕として末長く世界の発展に身を尽くしてたもれ?」
……たしかに、ハルカさんのスペックを表すには《賢者》のほうが相応しいかもしれないが、自分の称号に恥じらっている今の彼女には《聖女》のほうが似合っていると思う。
そんな事を考えながら彼女の紅く染まった頬を見つめていると、いつもどおりエニシ様が悪ノリして下らない茶々を入れてくれた。
「おっと……そういえば、ヤヒロには称号を授けてのを忘れておったな。お主は儂の右腕なのじゃから、やはり《副官》が相応しいじゃろうか? それとも、今は《聖者》とでも名乗り、成果に応じて《聖王》や《聖帝》にクラスチェンジしていくのが似合って……」
「あの、エニシ様……どちらも問題がありそうなので、とりあえず保留でお願いします」
……俺の上司は魔王ではなく邪神だし、俺は子供たちに陵墓を築かせるつもりもない。
◇
◇
ある意味、竜人界での『最後の夜』とも呼べる一夜を過ごした翌朝。
エニシ様と使徒2人が神界の内覧会に向かおうとしているところ、リンダさんがフラリと現れて思いも寄らないことを言い出した。
「……なぁ、神様。一晩考えてみたんだが、アタイも使徒ってのにしてもらえねぇか?」
明らかにノリや冗談ではない雰囲気に面食らった俺とハルカさんは、互いに顔を見合わせて彼女の申し出について考えを巡らせる。
移住話が出てから彼女が言葉少なだったのには気づいていたが……失礼ながら、それは理解が追いついてないからだと思っていた。
「ふむ、儂としては使徒が増えるのは大歓迎じゃが……リンダよ、ニックの死に目を見る羽目になっても本当に構わぬと申すのか?」
「そりゃあ、出来れば見たくはねぇがな……その代わり孫の孫の面まで拝めるんだろ? ま、いつまでも親が傍にいりゃアイツだってウゼェだろうし、子離れの丁度良い機会さ」
しかし、エニシ様と交わされた遣り取りによってリンダさんの理解度が明らかになり、俺もハルカさんも渋い顔になってしまった。
……たとえ理解は正しくとも、その判断が本当に正しいのか俺たちには判断できない。
と、思い悩む俺たちとは対照的にニカッと清々しく笑ったリンダさんは、俺たち二人の間に割って入るなり強引に肩を組んでくる。
「おいおい……二人とも、邪魔者扱いしないでくれよ。お前らのおかげで何とか肩の荷が下ろせそうなんだから、そろそろアタイにも自分の好きな事をヤラせてもらえねぇか?」
なるほど……彼女としては先の見えない世界で子育てに一生を費やす覚悟だったのに、子供たちの今後に目処が立ったため親として生きる以外の未来が示された状況なわけか。
……困ったな、本当に正解が分からない。
ともあれ、この困ったときにタイミング良く近くに神様がいらしたので、何か良い知恵を授けてくださいと視線で頼み込んでみる。
すると、その御利益は速やかに現れて……
「ほほっ、仕方がないのう。ではリンダよ、お主を第三使徒のインターンと認め、併せて《勇者》の称号を授与する。ただし、当面の間は器の経年劣化を封印せぬまま仕事をしてもらうゆえ、もし正規雇用を希望する場合は天寿を全うするまでに申し出るようにな?」
何というか、見事なまでに判断の先送りではあるが……見事なまでの善後策でもある。
ニックから見れば「思春期に親と顔を合わせる頻度が減る」ことを代償に「親が本来の寿命より長生きする」わけだし、リンダさんにも十分に考え直す時間が与えられた形だ。
……最終的にどうするのか、実際に離れて暮らしみてから考えるのも悪くはないしな。
「ま、つーわけで……ハルカ、改めてよろしくな!」
「……はい、こちらこそ。ニック君たちのためにも、これから一緒に頑張りましょうね」
ハルカさんの内心はまだ複雑なようではあるものの、それでも突き出された拳に自分の拳を重ね合わせてニッコリと微笑んでいる。
……以前と比べて随分と仲良くなったとはいえ俺とは異性同士だし、年上の女性が近くにいてくれるのは何かと心強いことだろう。
「おぅ、ヤヒロもよろしくな! これからはハルカのためにもガシガシ鍛えてやるから、しっかり覚悟しとけよ?」
「ははっ、リンダさんが使徒になるなら俺はバトル要員として御役御免でしょうし、そもそもバトルスタイルが全然……」
続いて、俺も苦笑しつつリンダさんと拳を打ち合わせたのだが……その最中、ハルカさんが露骨にジト目をしているのに気づいた。
いやいや、待て待て。まさか、リンダさんがニックたちから離れてヤリたい事って……
「あの、ハルカさん……今のリンダさんの思念波って、いったい何色なんでしょうか?」
「……私たちは友達なんだから、べつに気を遣わなくてもいいよ?」
聖女様の婉曲な御言葉により今後の展開を思い描いてしまった俺は、無意識に胃の辺りを押さえつつ思いっきり頬を引き攣らせた。
……これで平然と過ごせるハーレム主人公って、一体どんなメンタルをしていやがる?
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