第4話 揺蕩える男子の魂
そんなこんなで幕を開けた俺とエニシ様の創世事業は、色々とバタバタしながらも少しずつ軌道に乗っていった。
当初、腕が届く水深には動物プランクトンくらいしかおらず大いに冷や汗を掻くも、その動揺により生じたリソースでマジカルな釣り竿を創造してもらい無事に小魚をゲット。
それと併せて、幸いにも比較的安定した釣果が望めそうなポイントを発見できたので、以降は垂らした釣り糸を眺めながら筋トレするのが俺の日課となる。
一方、俺が安定的にリソースを稼げるようになったところでエニシ様も環境整備活動を本格化させ、ある程度の面積まで拡げた岩石プレートの上に様々な施設を建設していく。
具体的には洞窟風で半地下構造の住居を中心に、その周囲に岩造りの物置きや炊事場、貯水槽やシャワールームなどなど。
もちろん、個室タイプのトイレも建ててもらったのだが、岩造りの便器の中心では謎のゲートが渦巻いている時空洗式だ。
……アレを世界の構成材料としてリサイクルするのもアレなので、概念レベルまで分解して混沌に還すシステムが採用されたのだ。
まぁ、どれも創世神話の一場面とは思えぬ酷い描写ばかりだが……とにかく、それなりに快適な生活環境が整った頃には、気づけば早くも約288時間ほどが過ぎ去っていた。
◇
◇
「おっと……そろそろ昼メシの時間だな」
エニシ様から貸与された<絶対時空認識>で正確無比な体内時計を有している俺は、おもむろに立ち上がって5本並べた釣り竿の前からガーデンテーブルのほうへと移動する。
すると、同じ能力を保有するエニシ様も当然ながら完璧なタイミングで食事の準備を終えており、ガーデンテーブルの上に載せられた予備の箸置きに着座して俺を待っていた。
「ヤヒロよ、早う座るがよい。今日のメニューはトビウオっぽいヤツ尽くしじゃぞ」
エニシ様の依代は基本的に食事を必要としていないそうなのだが、熱運動を加速させたり空間ごとミンチにしたりするのがお得意なので料理係を担当してくださっている。
なお、食材となった魚については俺が『トビウオっぽいヤツ』と知覚しているだけで、実のところ同等サイズのクリーチャーである可能性も捨て切れないのだが……そのあたりは気にしてもキリがないので追及はしない。
「それでは、糧となるトビウオっぽいヤツの生命と偉大なるエニシ様の御業に感謝の祈りを捧げ……有り難く頂きます」
「ほほっ、殊勝な態度の割には大して『理』のリソースが発生しておらんようじゃが……まぁ、温いうち食してたもれ」
また、共同生活を続けているうちに俺とエニシ様の距離感も変化しており、今では無遠慮な若者と近所の御隠居といった雰囲気だ。
……自分も攻略対象だと露骨にアピールしたところで、却って距離が開くだけだと気づいてくださったらしい。
まぁそんなわけで、俺は普段どおりに適当なコミュニケーションを取ったのち、ズッシリと重い岩造りの箸と椀を手に取った。
◇
俺がトビウオっぽいヤツの塩たたき・一夜干し・つみれ汁(潮仕立て)を残さず平らげたところで、エニシ様は苦笑しつつ先日から何度となく繰り返している質問を口にした。
「のう、ヤヒロよ……毎日毎日、全部塩味ばかりで本当に飽きぬのか? どうせ必要な栄養素は『有』のリソースで創って添加しておるのじゃから、ついでに味噌でも醤油でも◯覇でも創ってやると言うておるじゃろうに」
この料理に使われた塩は無から創造された物ではなく、海水から真水を精製してもらう過程で副産物として生じる上質な自然塩だ。
……なお、条件設定したゲートで分離しているので、燃料の類も一切消費していない。
もちろん、どれだけ上質かつローコストであろうが、摂り続ければ飽きるのに変わりはないのだが……先日から何度も繰り返しているように、俺は即座に首を横に振るのみだ。
「エニシ様、我々にとって贅沢は敵ですよ。住人を何の不安もなく迎えられる世界を創り上げるまで、たとえ僅かであってもリソースを無駄使いすることなど許されないのです」
昆布っぽいヤツを煮出した茶で塩味をリセットした俺は、テーブルの上で両手を組みつつ真面目な面持ちで力強く宣言する。
しかし、箸置きの上で脚をブラブラさせていたエニシ様は、相変わらず薄味な顔貌で苦笑を深めるばかりだった。
「……ヤヒロがヤル気満々なのは儂も嬉しく思っておるが、まさか斯様な効率厨になってしまうとは思っておらなんだわ。件の見返りについては、事細かい注文を付けねば遠からず創造できるようになると言うておろうが」
「いやいや……まさかリセマラするわけにもいきませんし、そんなガチャみたいなノリで気軽に創造してもらえませんって。それに、今すぐヒロインに登場してもらっても、デートスポットなんか一つも存在しませんから」
その気になれば心が読める相手に取り繕っても仕方ないのでオープンにしているが、俺がストイックな暮らしを続けるモチベーションは『まだ見ぬヒロインと出逢うため』だ。
もちろん、ヒロインと出逢う以上は最終的に深い仲になることを期待しているものの、まずはソレより先に仲を深めていく過程のドキドキ感というやつを初体験してみたい。
だから……
「うーむ、やはり儂は暫定ヒロインを創造するべきじゃと思うぞよ? アレを致せば的中せずとも各種リソースが発生するゆえ、精々励んでからSSRなヒロインを創造すれば良いのじゃ。ほれ、未だ存在しておらんのじゃから、浮気だの何だのと気にせずとも……」
……そんな悪魔のような囁きでオトコノコの気持ちを揺さぶるのは勘弁いただきたい。
◇
空の器に手を合わせた俺が食後の運動に向かおうとしたところ、エニシ様は応援する代わりに自席へ留まるように言い付けられた。
「ところで、ヤヒロよ。お主が今の暮らしに満足しておるのは分かったが……あいにく、儂のほうは少々飽きてしもうたわ。こうも変わり映えのせん毎日じゃと、わざわざ古巣に喧嘩を売ってまで創世した甲斐が無いわい」
そして、そんな溜息混じりの愚痴を聞かされた俺は、随分と自分勝手な振る舞いをしていたことに気づかされてハッとする。
喧嘩までしたというのは初耳だが……エニシ様が創世なさったのは、ディストピア的な古巣に嫌気が差したからだったのだ。
「あー、待て待て。お主の懸命な仕事振りには何の文句もないし、責められるべきは一重に儂の見通しの甘さじゃよ。自由な環境に不慣れなお主に一つの目的を与えれば、それだけにシャカリキになるのも当然じゃろうて」
……ふむ。特に意識はしていなかったが、言われてみれば確かにそうかもしれないな。
ヒロイン創造という大いなる目標を掲げてはいても、自由に身体を動かせること自体が楽しくて思考停止気味になっていたようだ。
「まぁ、そんなわけでじゃな。ここ数日、儂は世界を拡げながら梃入れ策を練っておったのじゃよ。そして、思い至ったのは……世界観の説明や内政パートばかりでは、どう工夫しても盛り上がりに欠けるという結論じゃ」
「何を参考にして策を練られたのか想像できますが……まぁ、身も蓋もない結論ですね」
書き手的には序盤だからこそ丁寧に描写したくなるのだろうが、あまりモタモタされるとブラバしたくなるのは前世で実感済みだ。
とはいえ、現在の環境で実行できそうな打開策は、せいぜい異世界グルメのバリエーションを増やすくらいしか思いつかないが……
「さてさて、そこでじゃな。本来の予定よりも随分と前倒しじゃが、お主には初の冒険パートにチャレンジしてもらうぞよ。無論、対象となるフィールドは儂等の世界ではなく、他の神が創造した此処とは別の世界じゃ!」
「うおっ、マジですか?!」
さすがエニシ様、早くもオトコノコの魂を昂らせる術を学習していらっしゃるぞ。
◇
◇
テーブル上の食器を転移で片付けたエニシ様が両手を翳すと、爛々と輝く俺の両眼の前に半透明の地図のような映像が表示される。
……地図と言っても、経緯線の他に描かれているのは横長の楕円形が一つだけだが。
「此処に示しておるのは、儂等の世界から目と鼻の先……と言うと少々語弊があるが、とにかく容易に移動可能な別の世界じゃ。形態としては儂等の世界と同じ平面単層世界で、面積は概ね四国全体と同じくらいじゃな」
「ははっ、分かりやすい表現で助かります」
正直、前世の感覚を引き摺っている俺としては、四国と同程度のスケールで世界を名乗っているのは違和感アリアリだ。
……とはいえ、俺たちは25mプールと同程度のスケールで名乗りを上げているので、他所様の世界をとやかく言う資格など無い。
「ただし、この世界には神や精霊が存在せんようでな、外周部の大半は時空が滅茶苦茶になって殆ど崩壊しかけておるのじゃよ。それゆえ、お主が実際に冒険できるのは、だいたい香川県と同程度の中央エリアだけじゃな」
「えっと……たしか、四国全体と比べて一割くらいの面積でしたっけ?」
もちろん、一割と言っても文字どおり都道府県一個分の面積を冒険できるのだから、フィールドのサイズに対する不満は一切ないのだが……それより何より、サラリと語られた不穏な情報のほうが気になって仕方がない。
神や精霊には見捨てられ、九割方が崩壊してしまった世界なんて……果たして、探索スポットなんか残されているのだろうか。
「ちなみに、ちょいとばかり覗き見してみたところ、僅かながら文明の痕跡が残っておったのじゃ。また、その際に植物や動物の存在も感知できたゆえ、文明を築いた知的生命体が生存しておっても不思議ではないぞよ?」
「…………」
……うん。見所っぽい事物が残っているらしいのは有り難いが、どう考えても初めての冒険で赴くレベルの世界じゃない気がする。
説明された状況から察するに、生き残っているのは文明を滅ぼした元凶である可能性も否定できず……下手をすれば、ソイツが神や精霊をも滅ぼした可能性だってあるのだ。
「ほほっ、色々と脅かしてしもうたが、この儂がおれば何が現れようとビビる必要など無いぞよ? お主を緊急離脱させる事など鼻糞を指で弾くよりも容易いし、そのついでに最後っ屁で時空ごと消し飛ばしてやるわい!」
俺が次第に不安気な表情になっていく一方で、エニシ様はシャドーボクシングを始めるほどにノリノリなご様子。
なるほど、コレはアレか……RPGの最序盤でよくある、師匠的なNPCがナビしてくれるチュートリアル的なクエストってわけか。
◇
一先ずの不安を払拭された俺が前向きな意思を表明すると、エニシ様の説明は今回のクエストにおける具体的な達成目標へと移る。
当然ながら、それは崩壊した世界に秘められし謎を解くというもの……と、思いきや。
「いやいや、達成すべき目標など何も無いゆえ、お主の好きに冒険して構わんぞよ? 儂と観光を楽しんで『理』のリソースを貯めるのもアリじゃし、世界ごとブッ壊して『有』や『命』のリソースを稼ぐのもアリじゃな」
「えぇ……」
たしかに、世界の終焉というのは『物質の循環』や『生命の循環』の極致だろうが……たとえ滅びかけた世界であっても、自分の手でトドメを刺すのは後味が悪過ぎるだろう。
新人に初仕事として振るにはヘビー過ぎるクエストに、俺は思わず上司にジトッとした視線を向けてしまうも……
「ほほっ、そういう手段を選ぶ神も少なくないというだけじゃから、お主はお主が思うがままに行動すれば良いのじゃよ。どんな決断を下そうが儂は全面的に協力するし、何を為さんとしても全力でサポートしてやるわい」
……そういや、俺に期待されているのは超人的な能力ではなく、ごくごく平凡で一般人的な価値観だったな。
エニシ様の可愛らしくも頼もしい御姿を眺めているうちに、ずっしりとした重みを感じていた俺の肩から自然と力が抜けていった。
「かっかっか、やっとオトコノコの顔に戻ってきたな。それで、出発は何日後にしようかの? ゲートを開くのは一瞬じゃが、旅に出るとなれば色々と準備が必要じゃでな……」
「いえいえ、幸いコンディションは常にバッチリですから、今すぐ出発で大丈夫です!」
すっかり気負いが無くなった代わりに冒険心がムクムクと膨らんできた俺は、元気良く諸手を挙げてみるも……今度はエニシ様が俺の身体をポンチョ越しにジロジロと眺め回す。
もしかして、修行パートを挟まないと冒険には耐えられないという判断なのだろうか?
「しかしな、ヤヒロよ……お主、そんな装備で大丈夫か?」
「あ、じゃあ一番いいのを……というか、とりあえずパンツをお願いします」
……オトコノコな部分を平然と丸2週間もブラブラさせていた俺は、ちょっとだけ一般人的な価値観を見失っていたかもしれない。
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