異世界をつくるのじゃ! 〜転生先はクリエイトが始まったばかりで、ヒロインたちもキャラメイク可能らしい〜

鈴代しらす

序章 神と使徒の世界

第1話 無垢なる青年の魂

 小学校に通っていた頃の俺は日々全力で遊び回り、両親に叱られたときには少しだけ勉強も頑張っていた……まぁ、何処にでもいる極々普通の少年だったと思う。


 そして、そんな少年が普通のレールから脱落してしまったのは、中学校の入学式を目前に控えた春休みのこと。

 と言っても、何か事件を起こしたり何かの事故に巻き込まれたわけではなく、ただ単に『原因も治療法も一切不明な難病』だと診断されただけの話だ。


 そんなわけで、小卒から飛び級で医大入りという特殊な学歴を経た俺は、真っ白な病室で悠々自適な新生活を始めることになった。

 発作的に全身を襲う激痛には流石に閉口させられたものの、一日中ゲームだの漫画だのに没頭できていたのは実に楽しい思い出だ。


 しかし、そんな日々も耐え難い激痛が絶え間なく続くようになってくると、残っている記憶は両親への恨み言や看護師さんへの八つ当たりといったホロ苦いモノばかりになる。

 まぁ、皆々様にとっては苦いどころの記憶ではないだろうが……俺のメンタルも相当荒んでいたので、一つ勘弁していただきたい。


 そして、そこからさらに先の記憶については、もはや記憶と呼んでもいいのか悩ましいほどに断片的で抽象的なスライドショーだ。

 とうとう麻薬と大差ない鎮痛剤をキメることになったらしく、その記憶が現実だったのか幻覚だったのかすらも判然としないのだ。


 そんなこんなで、ただただ『痛い』だけに埋め尽くされていた俺の記憶は、当然ながら特に何かを成し遂げることもないまま二十歳を目前にして幕を下ろした。

 ……うん、このシーンは最近なので比較的鮮明に覚えている。


 とはいえ、俺には最期の瞬間に何かを思い残せるほど明瞭な意識は無かったし、確かなのは頭の片隅で「次は健康な身体に生まれたい」と強く願っていたことくらいだろうか。


 一応、自己評価では精神年齢は大人相当に育っていたつもりなので、さすがに「どうせなら異世界に転生させてほしい」なんてイタい願いは抱いていなかったと思うのだが……


     ◇


     ◇


 いつ以来だか思い出せないほど明瞭な意識を取り戻したのを自覚した直後、辺り一帯には性別も年齢も不明瞭な声が響き渡った。


「……無垢なる魂よ、我が声が聞こえるか」


 ただし、辺りとは言っても周囲に見えるのは何処までも果てしなく続く白で、ついでに言えば五感が受け取る情報は全て白一色だ。


 にもかかわらず、この謎の声を認識できているのは……俺の魂っぽい何かだけは感度良好ということなのだろうか?


「……ならば良し、これにて汝の魂の欠片を過不足なく拾い集められたと判断しようぞ」


 謎の声が僅かに喜色を帯びる一方で、俺の魂とやらも興奮と期待に震えるのを感じた。


 コレはアレだ……いわゆる神様転生というやつで、つまり謎の声の主は神様ですよね?


「……否、然れど我は神に等しき存在。彼奴等の奴隷に甘んじるのを良しとせず、自らの望む世界を創造せんと志した精霊の一柱なり」


 神だの精霊だのが一体どんな存在なのか知らないが、少なくとも声の主が人間なんぞより上位の存在であることは疑いようもない。


 色々とダダ漏れっぽい俺の魂は何とかして敬意を払おうとするも、声の主は苦笑いするような気配を発して悪足掻きを中断させた。


「……構わぬ。我は汝に助力を乞い願う立場ゆえ、謙るべきは寧ろ我のほうであろうよ」


 どうやら、今の台詞は皮肉というよりも冗談のようで、この精霊様は崇め奉るよりも親しみを持たれるほうを好むタイプのようだ。


 何なら、ブッ壊れチートを要求してもイケるのかもしれないが……まぁ、まずは俺なんかの魂を拾い集めた理由を聞くべきだろう。


「……然り、今は我の声を聞け。なお、汝には老いや病とは無縁の器を用意し、我が権能の一端も貸し与えるつもりである。尤も、ブッ壊れと評するのは些か過分であろうがな」


 どうやら、この精霊様は思ったよりも遥かに気安く話せる存在らしく、威厳ある言葉遣いは精霊のデフォルトなだけかもしれない。


 とはいえ……そこまで破格の待遇を用意してくださる以上、それ相応に過酷な仕事が待ち受けているという覚悟が必要なのだろう。


「……我が汝に望むは、使徒の一人となりて共に世界を繁栄させること。誕生して間もない我が世界は安定には程遠く、思い描いた形へと育むには手足も知恵も全く足りぬのだ」


 つまり、この精霊様は新たな世界をクリエイトする事業を始めたばかりで、俺が転生させてもらう先は未だ初期状態に近いわけか。


 しかも、手足として働くだけではなく知恵も出せということは……使徒という仕事を務めるにあたって、場合によっては俺の意見や要望なんかも反映してもらえるのだろうか。


「……然り、我が自ら創世せんと決意したのは、住まう者の意思を尊重する世界を求めたが故のこと。神々が細部まで緻密に設計し、精霊が厳重に管理する世界など……最早、片時たりとも観測させられたくないのじゃ!」


 その荒れ狂う嵐のような感情の煽りを受けた俺は、魂が冷や汗を流す姿を幻視をしつつも吹き飛ばされないよう必死に踏み留まる。


 ……この精霊様、何処ぞにあるらしいディストピアっぽい世界に対して、酷くフラストレーションを溜めていらっしゃったようだ。


     ◇


 しばらくして大方の愚痴を吐き出し終わったらしい精霊様は、少しバツが悪そうな気配を発しながら少し早口(?)で語り始めた。


「……お主が理解できる言葉で表現すれば、儂は中途採用された中間管理職のような立場だったのじゃがな。社長に命じられた仕事は全く性に合わんかったうえ、生え抜き社員の同僚や部下とも反りが合わなんだのじゃよ」


 ……要するに、古巣の世界は社風というか『世界観』が合わなかったので、自分好みの世界を起業してやろうと決意なさったのか。


 それよりも、何やら精霊様の口調が一気に砕けてきて、語尾も人称代名詞も変化しているのは一体どういうわけなのだろうか?


「……うむ、それは意思伝達の最適化が進んだ結果じゃな。ともあれ、儂は顧客のニーズを最大限にフィードバックした世界を創造したくての。故に、元は一般人のお主にアドバイザー兼モニターの仕事を任せたいのじゃ」


 なるほど……その業務内容ならば特に何の実績もない俺がスカウトされたのも理解できるし、そのクリエイティブかつエキサイティングな一大事業を是非お手伝いしてみたい。


 ただ、もしも俺のせいで世界が破綻してしまった場合は……元々輪廻なり消滅なりするはずだった俺の魂はともかく、精霊様まで一緒にどうにかなってしまうのは心苦しいぞ?


「……ほほっ、心配は無要じゃ。さすれば儂は混沌を彷徨う精霊に戻るだけの話じゃし、お主の魂も然るべき場所まで送り届けてやるわい。然様な事より、お主が使徒を務める見返りとして儂に何か願うモノは無いのか?」


 ふむ、リスクを考慮しなくていいのは助かったが、逆にリターンと言われてもな……生前の俺が心の底から願っていたのは『健康な身体』だけだったし、それは報酬ではなく支度金として気前良く用意してもらえるのだ。


 では、実際に健康な身体を与えられたとして、それを使って一体何をしたかったのだろうか……と具体的にイメージしかけた刹那、精霊様が大笑いする気配が辺りを席巻する。


「……かっかっか、これは真に愚問じゃったな! あの歳頃で病苦しか知らぬまま生を終えれば、魂から希求するモノなどソレ以外に有り得ぬわな? いやはや、それぞ正しく生命の本懐じゃし、それでこそ儂の使徒じゃ!」


 俺の無垢なる魂がウッカリ垂れ流したピンク色のイメージは、精霊様の琴線に触れ……いや、豪快に掻き鳴らしてしまったらしい。


 ただし、その音色には嫌らしさや如何わしさは一切なく、むしろ賑々しく言祝ぐ神楽のような響きで……あの、そろそろ居た堪れなくなってきたので勘弁してもらえませんか?


「……ふむ、なるほどな。神勅で強引に召し上げるのは気が進まぬと申すならば、お主好みにゼロからキャラメイクするのが良いかもしれんな。無論、創世に用いるリソースとの兼ね合いにはなろうが、創造するヒロインは一名に限定などと狭量な事は言わぬぞよ?」


 俺の深層心理だけでなく前世世界のアカシックレコードにでもアクセス出来るのか、精霊様は実に多彩な語彙を操って俺ですら知り得なかった内なるニーズを汲み上げていく。


 いやいや、ちょっと待ってください! たしかに、俺は前世からソレを致すのに興味津々でしたけれど、ソレに至るまでの健全なステップにも多大な興味がありましてですね……


「……な、何と、儂もシークレットな攻略対象じゃと申すか。たしかに、神や精霊に性別という概念など存在せぬし、依代のデザイン次第で如何様にもなれるが……なるほど、それが『のじゃロリ』という属性の概念か……」


     ◇


     ◇


 結局、俺が創世神の使徒を拝命するという神聖な儀式は、荘厳さが欠片もない雰囲気のまま終わりを迎えてしまった。

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