メシアの逃避行
遠宮ナギ
第1話 18年前の悲劇
「――全国民に告ぐ、人類は今、2度目の運命の岐路に立たされている。18年間続いてきたこのアマテラスの平和はいつ失われてもおかしくない状態にあるのだ。
18年前に生き延びた、いや、選ばれた我々ならばきっとこの危機も乗り越えることができる、我々はこれまで外界から目を背け、偽りの平和を謳うだけだった。今こそコロナウイルスに立ち向かおうではないか。我々は旧首都・東京への調査を決行する!ついてはその調査隊を国民から募集・選抜することにした!」
今から26年前の2019年、人類は中国で発生したコロナウイルス「covid-19」の感染拡大に苦しめられていた。解決の糸口を見つけられぬまま月日は過ぎ、2026年、コロナウイルスの突然変異株「イプシロン株」がヨーロッパで発生した。従来のウイルスを遥かに凌ぐ感染力と危険性を併せ持ち、致死率は90%を超えた。
この異常事態に対抗する術などなく、世界人口の8割が死に絶えた。
日本でもイプシロン株の感染は拡大、これに歯止めをかけるべく政府は3年前から秘密裏に制作していた超巨大ガラスドーム「アマテラス」に6000万人の国民を避難させ日本は囚われの平和を手に入れた。
殆どの国が無政府状態に陥り暴動が相次いだという。かろうじて政府の秩序を保てたのは日本含め、たったの5カ国だけであった。
「先生、演説お疲れさまです。しかし全国の街頭モニター、テレビのチャンネルをこの演説のみに制限するなんて大胆に出ましたね」
秘書らしき男が語りかける。
「今は国全体の士気をあげることが急務だからな」
男は足早にステージから去りながら返した。
「ところで先生、総理がお呼びだそうです」
「演説ご苦労、君の耳にもすでに届いているだろうが先刻インド政府が崩壊したとの通達が入った」
「ええ、原因はやはり、食料不足によるものでしょう」
男は表情ひとつ変えず淡々と返した。
「ああ、インドの日の届かない地下都市にあれだけの人口、逆によく18年も耐えられたものだな」
総理は口角だけ上げて不気味に笑った。そしてさらに続ける。
「食糧不足は我が国も抱える深刻な問題、この件は君に一任していたが順調かな天王寺大輔コロナ対策担当大臣」
「はい、お任せください、現在着々と準備を進めております」
天王寺は声のトーンを上げて強く言った。
「ほう、頼もしいものだね、期待しているよ」
天王寺は深く頭を下げた。肩の少し上まで伸びた茶髪が彼の横顔を隠した。
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