第35話 孤独の存在

「人間も魔物も結局、一緒なんだよ。自分以外の種族に気を許すことなんかない、受け入れようなんてしない。お互いの利害関係があるから成り立つ関係なんだ。そうでなければただの敵ということさ」


 タナトスの言葉を否定すべく、ミューは首を横に振った。


「そんなことないよ。魔物も人間でも理解してくれる人は必ずいる。数は少なくても必ずいるよ。そしてその人達が受け入れてくれるなら、つらいことがあっても大丈夫だと思える。だから僕は怖くない、孤独なんか感じない、君と違って」


 ミューの言葉を聞き、そばにいたベリーとセラは事態に気づいたように視線を送ってきた。

 ミューはうなずいて答えた。


「そうだよ、二人とも。タナトスも僕と同じ混血、元は人間なんだ。でもずっと昔のこと……そのことは誰も知らない、タナトスとつながった僕以外は」


 タナトスは立ち上がると、ゆらりと細身の身体を気怠そうに斜めにかまえて「だまれ」と低く言葉を吐いた。

 しかしミューは怯まなかった。


「タナトスは混血になって世界をさまよっていた。けれどタナトスのことは誰も受け入れてくれなかった。人間も魔物も彼のことを受け入れなかったんだ。受け入れていたのはこの世界だけ……でもいくら世界が受け入れていても誰かの“情”がなければ生きている意味を感じられない。あたたかくないし、楽しくもない。だからタナトスはずっと孤独だった。孤独の中で傷ついて、もがいて苦しんで。彼を満たすのは食欲だけだったんだ」


「うるさい、だまれっ!」


 タナトスは声を荒げ、腕を伸ばした。その手からはパチパチと黒い稲妻のようなものが放たれようとしていた。


「くだらないことを言うな! 君ごときに何がわかる? 何百年もずっと独りだった。この孤独のつらさ、むなしさ。のんきな君にわかってたまるか!」


 タナトスの放った稲妻はミューに向かって飛んできた。だが傍らにいたセラの光の玉によってはじき飛ばされ、紫色の空間のどこかへと消えていった。

 怒りを宿したタナトスは身体全体から刺すような負のオーラを発している。


「人間も魔物もボクにとってはただの食料だ。この渇きを癒すための、ただの喰い物だ。君のような喰い残しがボクを理解したようなことを言うなっ、耳障りだ。お前を喰ってそこにいる二体の魔物も喰ってやる、全部喰ってやるよ!」


 タナトスは黒い翼を広げ、飛翔した。

 すぐさま「させるかっ」と足元の瓦礫を蹴ってベリーも飛び立ち、セラも水色の翼を強く羽ばたかせると、振った腕から弧を描く風の刃をタナトスに向けて放った。


 ベリーも激しく咆哮を上げるとタナトスに向かって空中で突進し、当たったら骨が砕けそうな勢いの膝蹴りを放った。


 だがセラの攻撃はタナトスの放った黒い稲妻に。ベリーの攻撃は細身の体格から信じられないが、タナトスの手によって攻撃を受け止められていた。


「忌々しい、忌々しいよ、みんなみんな忌々しいっ!」


 タナトスはベリーの腕をつかみ、ベリーを紫色の空間に向かって放り投げた。

 すぐさまバランスを整えたベリーは「くそっ」と呟き、今度は腕を大きく振り払って赤黒い炎の弾を数個放ったが、タナトスはそれを手で叩き落とした。


「生半可じゃないですね、全く」


 セラがもう一度、風の刃を放つ。さらには反対の手で光の剣を作り出し、タナトスに向かって接近すると剣を振り下ろした。


 すごい光景、すごい戦い。ベリーもセラも。

 二人を相手に嘆き、叫ぶタナトス……そんな姿が追い込まれている獣のように見えて、少し胸が痛くなる。


(でも自分も攻撃しなければ)


 ミューはこの前と同じように手の平を広げ、タナトスに向けた。刹那、手の平がまた燃えるように熱くなり、火の玉が生じた。それをタナトスに向けて放つ。


「そんな攻撃なんかっ!」


 タナトスは叫ぶと、そばにいたセラとベリーを衝撃波で吹き飛ばした。

 そしてミューが放った火の玉に真っ向から突っ込んでくると火の玉を蹴散らした、火の粉が飛ぶ中――タナトスは無傷だ。


「ミューッ!」


 ベリーとセラが同時に叫ぶ。目前にタナトスが迫っていた。鋭い爪が自分に向かって振り下ろされようとしていた。


「君を喰ってやるよ、喰って一つになろう!」


 タナトスの言葉にミューはハッとした。気づいてしまった。きっとここでタナトスを倒したとしても、 その魂はまた魔界の門の向こうに帰るだけだ。今回みたいに肉体は残らないかもしれないけれど、なんらかのきっかけでまた召喚され、生まれ変わるかもしれない。その時はまた悲劇が生まれてしまう、タナトスの再生は繰り返されるだけだ。


 ならばタナトスを完全に消滅させる方法はあるのか。タナトスという存在を孤独から解放する方法は。


 一つあった。タナトスと自分は同じだ。

 ならば――。


 ミューは両腕を広げた。タナトスの爪が振り下ろされる。ベリーとセラが名前を呼んでいる。


 ミューは自らの身体を用いて、タナトスの攻撃を“わざと”受け止めた。爪はちょうど自分の心臓のある胸の上を突き刺していた。


 遠くにいるベリーとセラが言葉を失っているのがわかる。大丈夫だよ、二人とも心配しないで。心の中でそう返す。


 ミューは前にいるタナトスを見据えた。

 そして自分の右腕もタナトスの胸に向かって突き出した。

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