第13話 セラと……

 隣に立つのは折りたたまれた水色の双翼が背中で淡く輝く美しい魔物だ。

 そう、人間の自分とは違う、魔物という存在。笑ったりしない不愛想で、ちょっと怖い印象もある。

 けれどたまに発する気づかいの言葉。それは自分の心をほんのりとあたたかくしてくれる。


(で、でもな……)


 急に二人きりになってしまい、何を話そうかと悩んだ。彫刻のような気品ある姿を見ていると思いがけない言葉がポロッと口をついて出ていた。


「あ、あのさ……セラって、かっこいいよね」


 自分の心に抱いた正直な感想。きれいな緑色の髪と端正な表情を横から見上げていたら、そんなふうに思った。魔物であっても、かっこいいものはかっこいい。いつまでも見ていられそうだ。


「……かっこいいという概念がよくわかりませんが人間は見た目を気にするんですよね。それはなぜですか」


 セラは微動だにしないまま、よく通る低い声で聞いてきた。魔物には見た目で判断するという考えはないのだろう。それをなぜ、と聞いてくるところが知らないことを知ろうとするセラらしいが、答える方は困る。真面目なセラに変な答え方はできないから。


「そ、そうだよね。そうだね、なんていうか……ずっと見ていても飽きないというか、癒されるっていう感じかな。見惚れるとか」


 口にした後で(自分すごいこと言ってるなぁ)と思った……恥ずかしい。

 けれどセラが説明を求めてきたのだ、正直に答えるべきだ。

 気合いを入れ、ミューは拳をグッと握った。


「背が高くて強くて、きれいでかっこいい……そういうの僕らの言葉で言うとイケメンって言うんだよね。僕は背が小さいし、全然縁がない部類なんだけど」


「人間の抱く思いというのはわかりません。でも見た目だけで人間は損するとか得するとか、考え方が分かれるという無駄な一喜一憂が多いと思います」


 セラの鋭い理論にミューはうなる。そう言われるとそうだね、としか言えない。人は見た目がいいとか普通とか、すぐそんな物差しを使うものだ。


「それに人間の心はうつろいやすいです。悪いものにも良いものにも染まりやすい。だから無駄な血を流す。害がない者を害という思い込みで傷つけることがある……愚かしいです、そんな思いというものに振り回される人間は」


 セラの背中の翼がかすかに動く。やわらかい葉がこすれ合うようなカサリという音がした。


「セラって、もしかして人間嫌い?」


 今の言葉からはそう感じざるをえない。だからハッキリと聞いてみた。緑色の瞳が横目でこちらを向いたのを、ミューは逃げずに受け止める。


「人間が嫌いって言ったらどうします? 私を破棄しますか?」


 ナイフのような言葉がグサッと胸に刺さった気がする、試すような口調だ。うまく抜ければ傷は浅い。でもナイフを抜く方法を――受け答えを間違えたら、セラはもう自分を信じてくれなくなるような気がする。


 たとえ今のこの関係が、セラが自分の血や身体の一部が必要なだけだとしても。自分を守る理由が自我を失いたくないという保身だけであっても……嫌われるのは嫌だ。

 不安に唇が震えかけたが、力を入れて耐えた。


「それは……相手に対する気持ちはみんなそれぞれだから。セラが僕のことを嫌いであってもいいよ。それでもセラは僕のパートナーだ、破棄なんか絶対にしない。たとえ僕の全てがセラに喰われるとしても破棄なんかしないよ」


「なるほど、そうですか。勇ましいですね」


 セラが身体の向きを変える。緑色の瞳が逃げるのを許さないと、真っ直ぐにこちらを見た。


「では今すぐあなたを喰らいたいと私が言ったら、あなたはその身を差し出してくれるというのですか」


 その言葉の重さには息が詰まったように苦しくなった。緊張して心臓の速さが増した。

 でも今更、否定はできない、いや否定してはいけない。


 セラが人間を嫌いな理由は何かがあるんだ。それをさらに自分が失望させてしまうわけにはいかない。

 ……大丈夫だ、大丈夫。セラなら。

 僕は信じられる。


「いいよ」


 絞り出した言葉を聞き、セラの白いスーツの肩がゆっくりと下がった。肩の力が抜けたのだろうか。

 セラの両手がゆっくり伸び、自分の両頬を押さえる。冷たそうというイメージだったけど、反してセラの両手はとてもあたたかく、両頬を優しく包まれると思わず息がもれた。

 そしてセラの顔が近づいてくる。


「セ――」


 彼の名前を呼ぼうとしたけど。セラの唇によって、それは阻まれた。

 昨日のベリーとキスと同じように唇を重ね、相手のあたたかい舌が自分の中に入ってくる。


 舌が触れ合ってしまう度に全身がジワジワと熱くなり、感覚がおかしくなる。痺れるような力が入るような、何とも言えない感覚。

 これは召喚者がパートナーに力を与えるための行為の一つ、スキンシップのようなものだと考えればいい。


 だがセラの行為はベリーより上をいっていた。塞がれた唇がなかなか離れない。それどころか口の中が何度もセラの舌によって刺激され、更には自分の舌がそれによって絡め取られてしまう。


 そしてセラの、肩を押さえていた手が背中へと回る。その場から逃げ場をなくすように背中に回った彼の手は白いシャツをめくり上げ、地肌へと触れてくる。


 感じたことのない刺激に思わず「ひっ」と声が出た。セラの指先は優しく、背中をなでるように動く。背中がそんなことになっているのに、ずっとキスは続いていて。前後の動きに頭の働きがこんがらがりそうだ。このまま全てをセラに持っていかれそうで、全身から力が抜けそうになった。


(も、もうダメ……意識、飛ぶ)


 そう思っていた時、空のどこからか「こらこらこらー!」と言う、にぎやかな声が響いてきた。


「イヤーな予感がして急いで戻ってきてみれば、この野郎! 激烈最低変態っ! てめぇやりすぎなんだよ!」


 ギャーギャーと騒ぎ声だけで周囲の木々を揺らすのは、もちろんベリーだ。そんな彼を見てセラは唇を離し、チッと舌打ちをした。


「相変わらず、うるさい地魔ですね……」


 セラはそう言うが、ミューは内心で(助かった)と思った。このまま色々されていたら自分の頭が本当にどこかへ吹っ飛んでしまいそうだった。

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