第12話 不安と緊張
「ねぇ、ベリー、セラ。君達の言ってる“アレ”とか“あいつ”って誰のことなの?」
リムのことも気になるが。二人の会話から、ただならぬものを感じ、たずねてみた。もしかしたら今の人間離れした青年と関係あるのではないか。
二人は顔を見合わせ「どうする」と言った感じで互いに目で確認し合っている。すんなりとは話し難いことなのだろうか。
“アレ”とは。
でもそんな二人の様子は見ていて気持ちのいいものではない。
「……教えてくれないと僕、君達のことを信じられなくなっちゃうよ。パートナーなのに隠しごとなんて、ちょっと悲しいじゃない」
ミューの訴えにベリーは「そうだな」と、うなずいた。
「そうだよな、ミューはオレらのパートナーだもんな」
ベリーはセラに視線を送る。すぐに納得したらしく、セラもうなずいた。
「いや、別に何があったわけじゃないんだ、もしかしたらオレの思い過ごしかもしれない……でもオレらが何を恐れてるか、お前も知る権利があるからな」
よほど気合を入れる事柄なのか、ベリーは「よし」と言って肩を回した。
「オレらが“アレ”と言っていたのは……“タナトス”という魔物のことだ。人間の世界でもわりと有名なヤツだと思うけど」
タナトス……ミューがその名前を反復すると、セラが口を開く。
「非常に力が強い天魔です。普通の上級よりもさらに上級と言ってもいいぐらいの上級天魔。そして残虐非道でその力の強さゆえに、タナトスはパートナーがいなくても自我を保て、そして自分の欲のままに人間を喰い散らかします」
その話に背筋がスッと冷えた。欲のままに喰い散らかすと聞き、過去に両親が喰われた時のことを連想した。
「けどそいつは昔、オレとセラで魔界の門に帰したんだ。オレら魔物は死ぬとまた生まれ変わるために魔界の門に一度帰るのは授業で習っただろ。だけど生まれ変わっても召喚されない限りは、こっちには来れないんだ」
「ですが先程、彼はアレの気配を感じたと言うんです。だから勝手にあなたのそばを離れて、その気配を探しに行った。そうしたらあなたが何者かに襲われていた……私も油断して離れてしまったのは謝ります、申し訳ありません」
意外と誠実な姿勢を見せるセラに、ミューは「い、いいよ大丈夫」と引き気味に応えた。セラに謝られるのはだいぶ年上の偉い人に謝られているみたいだ。それに何事もなく終わったのだ……リムが助けてくれたから。
セラはそんな自分を見て、かすかに笑ったような気がした。気がしただけ、かも。実際は無表情だから。
「それより、あなたを襲っていたのはどんな存在でしたか?」
「あ、うん、襲われたというか、あのね――」
二人に先程の青年のことを話した。突然現れ、力が封じられていると言っていたこと。リムが現れ、助けてくれたこと。人間ではないような気がしたこと。
その話を聞いた二人は難しい顔をした。
「黒い格好の男か」
先に口を開いたのはベリーだ。
「うーん、話を聞く限り、そいつは確かに怪しい。けどタナトスの容姿は見た目でもわかる。禍々しい気がムンムンだし、全身が黒い毛皮に包まれて鋭い牙が生えていて。背中には黒い翼が生えている。黒い魔物だな。オレの方がイケメンよ?」
「こんな時に変なウソはいりませんよ」
「あ、ウソって言いやがった、ひでぇ」
先程の青年は確かに黒いイメージはあった。けれどベリーの示す特徴とは似つかない。
「だけどわからねぇもんな、生まれ変わったとしたら姿形が変わるかもしれねぇ……あ、でもオレとセラは変わってねぇか。まぁいいや、そいつが何かしら関係があってミューを狙ったのなら今後も危ねぇことが起こるかもしれねぇ。セラ、オレちょっと学校の周りを飛んでくる。気になる、その男の言葉、封じられたとかな」
熱くなったベリーが拳を握りしめる。
セラは面倒くさそうに「わかりました」と返した。
「ただし本当にタナトスが現れたなら。私一人では手に負えませんからね。まぁ、タナトスがいるならば、この学校にいる全ての命が終わるでしょうが」
急に飛んできた物騒な言葉にギョッとしてしまう。タナトスってそんなに強いのか。上級魔物のこの二人でも一人では敵わないのか。それがさっきの青年とどう関わっているんだろう。そしてリムのことも。
『君は、あの時の』
さっきの青年はリムを知っているようだった。リムとはずっと一緒にいるのに僕が知らないなんて。いや……覚えていないだけかも。
「じゃあオレは周りを見てくるからな。セラ、言っとくけどミューに手を出すなよ。お前、真面目なふりして変態なんだから」
「ふりとはなんですか、ふりとは」
ベリーはへへへと笑うと空を見上げ、足に力を入れ、彼方に向かって飛んでいった。そういえばベリーは翼がないけど飛べるようだ。さすが上級地魔。
ベリーがいなくなったことで辺りが急に静かになった。木々に囲まれた中庭は先程までの緊張感はなくなり、静かな風の流れる憩いの空間となった。
ミューは、ハッとした。
(そういえばセラと二人だけになるなんて初めてだ……何を話せばいいんだろう)
そう思うと緊張した。
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