第6話 小さな天魔
セラフィムは自分とベリアスを交互に見比べ、感情を宿さない緑の瞳で「なんですか」と返した。
それに対し、ベリアスが呆れたように言う。
「なんですか、じゃねぇだろ。お前もなんだかんだでこの人間に協力するんだろ、ていうか協力しなきゃ生きてけないもんな、召喚者だし」
「別に異論はありません。久しぶりにこちらの世界に現れることができたわけですし。破棄されて野魔にされたのでは、たまりませんから」
セラフィムはさっきからずっと笑わない。クールというか冷静というか。熱くなりやすいベリアスとは対照的なんだろう。
しかし対照的な性格だからこそ、犬猿の仲というものなのか、何かにつけてこの二人はすぐもめるようだ。
「とはいってもよぉ、お前のその仏頂面、なんとかできねぇのか。顔面に接着剤か米粒でもついて固まってんのか?」
「あなたみたいに風が吹けばコロコロ変わる性格をしていませんので」
「相変わらず言い方も嫌味だよな。そんなんでこいつと仲良くなろうって思ってやがんのか。無理無理、破棄されても知らねぇぞ〜」
「うるさいですね」
ヒートアップしそうな様子、ヤバいヤバい、校庭がなくなりかねない。
ミューは両腕を広げ、二人の間に入った。
「ま、待って待って……ベリーにセラ!」
意を決し、ちょっと恥ずかしかったけど、そんな名前を口にしてみた。
すると二人の動きはピタッと止まる。
「ケ、ケンカばかりしたってしょうがないでしょ。僕にとってはどっちもパートナーだ。だから僕は二人と仲良くしたい……だから君がベリアスだからベリー、君がセラフィムだからセラ……そう呼んでもいいかな? 僕のことはミューでいいから」
怒られるかな、と思いつつ、そんな提言をしてみた。二人は不思議なものを見るように自分を見ている。なんだこいつ、馴れ馴れしいな、そう思われていたらどうしよう。
しかしそんな不安を抱く必要はなかった。それに対して先に声を上げたのは、もちろんベリアスのベリーだ。
「あはは! ベリーか、いいな〜! なんか明るい感じがオレにピッタリじゃね? オレに名前をくれた人間なんてお前が初めてだ。ちょっと――いや、結構嬉しいかも」
あらためて「よろしくな」と嬉しそうなベリーとは反対に、セラフィムのセラはさっきから同じ表情のままだ。彼の態度はまだ読めにくい、というか読めない。そのうち読めるようになるのかな。
(名前、やっぱり嫌だったかな)
不安に思いつつ、セラを見ていると「指を出してください」と唐突に言われた。
「指……?」
言われた通り、セラを指差すように人差し指を出す。
するとセラは顔を近づけ、なんと差し出された指をパクッと口に含んだ。
「ひゃっ⁉」
指の腹にセラの熱い舌が当たり、スルッと舌を動かした感触があった。驚いて、またさっきみたいに変な声が出てしまったところでベリーが声を上げる。
「あぁ! おいコラ、変態天魔! 真っ昼間から何やってんだ! オレらが力をもらうのは夜でいいんだぞ!」
セラは「うるさいな」という視線を向けてから含んでいた指を解放した。
途端、指先が空気に触れて冷たくなる。何が起きたか一瞬わからなかったが。今、自分の指がこの端整な顔の魔物の口に含まれていたのかと思うと背中がゾクッとした。気持ち悪いわけじゃなく、何か別の感覚が身体中にビビッと走った感じだ。
彼は一言「甘い」と言うと、かすかに表情をやわらかくした。
「言ったでしょう、異論はないと」
セラの低い声と決定づける言葉。表情には出てないがセラも自分のことを受け入れた、と考えていいのだろう。
そんなわかりづらい対応を見ていたベリーは呆れたように息をついた。
「ミュー、一つだけ言っておく。この天魔――セラだけどな。クールぶってるけど、めちゃめちゃ変態だ。今みたいに何されるかわかんねぇから気をつけろ、別の意味で喰われる」
「別の意味って?」
忠告の意味がわからず、聞き返してみたが。べリーは「まぁ、オレが守ってやるから」と言って話をごまかしてしまった。
そんな中、ミューは自分達をジッと見ている、ある視線に気づいた。少し離れた位置にいるのは耳の下まである銀髪に銀色の瞳、その下の整った表情は、かわいらしいという印象を与える同級生のリムだった。
リムはいつもの明るい調子ではなく、難しい顔をしていた。それは彼が、とてつもなく不機嫌だ、ということを表しているのは長年の友人だから雰囲気でわかる。
そんなリムの隣には、かわいらしい白い蝶のような羽を生やした身体の小さい妖精系の天魔がいる。天魔は心配そうにリムを見ているのだが。リムはそんなことを気にもしていないようだ。自分達をジッと見た後、背を向けてどこかに去ってしまった。
「あれはスピカっていう下級天魔だな。この変態と違って、すんげぇ心の優しい天魔だ」
「いちいちうるさいですね。その代わり、力は弱いですよ。下級天魔の中でも随一に」
二人の解説の間に、スピカは先に行ったパートナーを追いかけて行ったが、その小さな後ろ姿がとても気になった。
リムは自分の幼なじみ。小さい頃からよく一緒に遊んだし、勉強もしたし、行動を共にすることが多かった。自分にとっては一番親しい友人だ。一緒に成長して同じ小中学校にも通って、ここまで来た。自分とは違って成績優秀で、いつも誰よりも一番を誇っている。
今さっきまでも『魔物ってどんなのが召喚できるんだろうな』と言って一緒に笑っていたのに。なぜあんなに、つまらなそうにしているんだろう。
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