第5話 怖くないかも

 前に向かって伸ばされた二体の手の平から、キラキラと光る無数の小さな玉のようなものが放たれ、地面へ吸い込まれていった。


 何が起こるのか。ミューが離れた位置で息を飲んだ、間もなくのことだ。地面が地盤沈下が起きているかのように上下に動き始めた。周囲の生徒達も小さく悲鳴を上げ、驚いている。


 それは最初、校庭の一部分でしかなかったが。あっという間に校庭の三分の一ほどに広がった。だが自分や生徒達のところは何も起きていない。ベリアスが力を調整しているのだろうか。安全地帯にいる自分達人間は周囲に起こっているとんでもない事象を、アワアワしながら見守るだけだ。


 地面はボコボコと動き続け、一部が陥落した。そして陥落していない地面は巨大な土柱となってグンとせり上がり、生徒達が見上げる形になった時、低い音で爆発した。


 生徒達に向かって巨大な土の塊が飛んでくると思われた時、セラフィムの力がみんなを守った。セラフィムが手を上げると大きな光の膜が現れた。それはミューを、その場の生徒全員を包み、どんな攻撃からでも守ると言わんばかりに、ふんわりとやわらかい膜であるのに確実にすべての土塊を受け止めていた。


 セラフィムが再度、大きく腕を横に振り払うと、漂っていた土塊が元の位置に戻り始め、隆起が静まる。陥没した地面が持ち上がり、瞬く間に全てが元の位置へと戻っていく。まるで早戻しのような鮮やかな光景。


 場が土煙を上げて静まり返ったところで、セラフィムが静かに息を吐いた。


「あなたは本当に壊すしか能がないですね。毎回毎回、元に戻す私の身にもなってほしいんですが。なんなら対価が欲しいくらいです」


「ははは、まぁ、今回は見本だしよぉ! だから派手にやった方がいいじゃん。久しぶりに力出せて楽しかったしよ!」


「頭がお気楽すぎです、おバカ」


 二体はなんだかんだと旧知の仲のように言い合っていた。先程の冷たく言い放たれた言葉が嘘のように感じられ、ミューが何も言えないで立っていると。

 トト先生が自分の近くまで歩いてきた。


「天魔セラフィムに地魔ベリアス……二体とも強大な力を持ち、多くのものを守ってきた。しかし、その反対で多くのものを破壊したとも言われていますね」


 トト先生のその言葉に、セラフィムとベリアスは互いを指差した。


「言っておきますが主な破壊者はこちらです。このおバカ地魔。壊すしか脳がないので」


「んなことねぇよ。大体、天魔の方がずる賢くて腹ん中では何考えてるか、わかんねぇんだ。オレなんかより、こっちの変態天魔の方が手に負えねぇよ」


 仲が良いと思ったのも束の間、今度は反対に罵り合った。


「オレとこいつは、もう何十年も前から知り合いなんだけどさ。こいつと気が合うことって一回か二回? とにかく滅多にねぇんだよな。だって性格悪すぎ、最低、陰険」


「それはこちらも同じことです。こんな野蛮でおバカで能無しの地魔と、なぜ何十年も一緒につるまなければならなかったんでしょう。最悪ですよ、気は合うはずがない」


(嘘だ、さっき一つだけ気が合っていたじゃないか。僕を“喰おうとしている”っていう点では……)


 あんなものすごい力を見せた後でも旧友よろしく、いがみ合う二体を見て。トト先生は苦笑いを浮かべながら「ミューくん」と呼んだ。


「大丈夫でした、でしょ?」


 先生の言葉に「えっ」と声が出た。


「君はとても不安がっていましたが力は暴発しませんでした。一瞬、君の言葉にこの二体は傷ついたようですけど。でも君を、周りにいるみんなを傷つけるようなことはしませんでした。君はこの二体を使役する力がある。まぁ、この二体にもそれぞれの目的があるようですけど。それはすぐに君に害を及ぼすようなものでもないと思います」


「……そうですか? さっき喰いたいとか言ってましたけど」


「それについては君がこの二体との交流を深めて確かめてみるといいかもしれませんね」


 先生の言葉が終わると同時に授業終了を知らせるチャイムが校内に響いた。


「はい、じゃあこの授業は終わりになります。次はまた講義に戻りますので休憩が終わったら教室にいてくださいね」


 そう言われ、生徒達は、わらわらと教室に戻って行ったり、校庭に散って、それぞれの思う場所に移動していった。

 中には引き続きパートナーの力を見せてもらったり、会話をしたり。スキンシップを楽しんでいるような生徒もいる。


 いつの間にか言い争いを止めて目の前に立っている二体を見上げ、ミューどうしようかと思った。


 不安はある、けどこの二体――いや、この“二人”は、れっきとした自分のパートナーだ。なら同じ生きる存在として、自分もきちんとした態度を示さなければならない。


「さ、さっきはごめんなさい、失礼なことを言って……二人だって生きてるんだ。それなのに生まれてきた意味を問うなんて、そんな失礼なことないよね、ホントにごめんなさい。僕、不安だったんだ。なんでこんな強くてすごい存在が僕のパートナーなんかにって。だって僕、特に秀でたものなんかないのに……」


 そう言うと、自分の頭の上にポンッとあたたかい何かが置かれた。見ればベリアスの大きな手で、頭の上に置かれてポンポンと優しくはずんでいた。


「お前、そんなに自分を見下すなよ。そんなんじゃ自分がかわいそうだろ。お前だってこの世に生きる一つの命なんだ、自分が大事にしてやらねぇとな」


 そんなベリアスの言葉で、胸の中がふわっと熱くなるのを感じた。見た目は怖いのに、見た目とは全く違う言葉や態度、仕草。

 これに対して自分が虚勢を張るわけにはいかない、一歩踏み出さなきゃ、怖くない、と。


 でももう一人はどうなのだろう。

 もう一人に恐る恐る視線を送った。

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