その25 空の敵






 最初に動いたのは、ハルルだった。彼女は背負っていたライフルを構えると、そのままゴブリンに狙いを定めて引き金を引く。


 これはMMORPGの<釣り>という行為で、遠距離攻撃で攻撃して他の敵がいないところまで誘引して、安全に戦闘するというテクニックであり、その誘引してきた敵のターゲットを取るのが、タンク(盾役)の役目だが今回アカネが引き受ける。


「はあっ!!」


 アカネは剣を振りかざすと、迫ってくるゴブリンに刀で横薙ぎを繰り出して、その胴体に横一線の斬撃を繰り出す。


 すると、そのダメージによってゴブリンの敵対心は、ハルルからアカネに移る。


「アカネちゃん、ナイス~」

「えへへ」


「そのまま死んでもターゲットを維持してね!」

「うん、任せてよ!」


「アカネちゃんの”任せて”ほど、頼りにならないものはないからなぁ……」

「ちょっと、ハルルちゃん! 聞こえているからね!」


 そして、次に動いたのがバイオレットであった。


(アカネさんは本職のタンクではないので、ターゲット固定力は低いからダメージを抑えないと…)


「魔力の矢!」


 バイオレットは、初期の魔法である魔力の矢でゴブリンの敵対心を抑えながら、ダメージを与えていく。


 だが、彼女の心配は杞憂に終わる。


「やあっ!」


 何故ならば、アカネはゴブリンの攻撃を受け流しては、それによって生じた隙にクリティカル斬撃を叩き込み大ダメージと共に敵対心を稼いでいく。


(このゲームの敵って、斬撃パターンが決まっているから、受け流しやすいんだよね~)


 そう思いながらも、次々と繰り出される攻撃を捌いていくアカネ。

 祖母や母親に鍛えられたアカネにとって、プログラム通りの決まった攻撃モーションでしか斬撃を繰り出してこないMOBなど、その動きを覚えてしまえば敵ではない。


 ザコ敵相手ならば強いて言うなら、敵は彼女の油断と慢心であろう。


 こうして、ハルルとバイオレットの予想を裏切り、アカネの活躍で道中のモブ敵は楽勝で倒すことができた。


 そんなアカネを憧れの目で見るアテナ。


(アテナちゃんが私のことを憧れの目で見ていよ~! なんか凄く嬉しい~! お姉ちゃんの気持ちが解ったかも~。これで、アテナちゃんともっと仲良く慣れたら… デュフフフ……)


 そんな事を考えているアカネの表情には、自然と笑みがこぼれてしまう。


(あ~、また碌でもない事を考えているな…。このまま無事に終わると良いけど…)


 それを見たハルルは不安を感じるが、流石にそう毎回毎回やらかさないだろうと楽観視することにした。


 4人は順調に進んでいき、遂に目的の山の頂上に到着した時、このクエのボス的な敵が姿を現す。


 その敵は、ハゲタカのような細く長い首を持つ鳥類型の“ワイルドバード属”と呼ばれる魔物で、その“ボス版“のヘルバード”という雑魚より一回り大きい個体であった。


 敵はクエの目標である薬草ポイントの上空で旋回しており、ノコノコ下に行くと襲って来るという寸法だ。


「じゃあ、私が銃で釣るから、アカネちゃんあとよろしく」

「うん、任せて。天原天狗流には対空技もあるからね!」


「ゲームじゃあるまいし対空技って…… 」

「本当にあるんだから!」


 アカネが説明を始める。


“天原天狗流・薄雲”…… 天原朱音が考案した剣技であり、昔の日本は屋根や壁が低く幕末の京都では、屋根の上から奇襲してくる者がいると聞いた彼女が、頭上からの攻撃に対抗するために開発した対空の剣技だ。


 ”薄雲”を完成させた朱音が、意気揚々と京都を目指して心細くなって帰ってきたことは、以前語ったとおりである。


「うん。アカネちゃんのご先祖様らしいエピソードだね」

「ハルルちゃん! それ褒めてくれてるんだよね!?」


 突っ込む朱音に対して、ハルルは優しく微笑む。


「そんなことより、戦闘を開始するよ!」


 ハルルの合図で全員が戦闘態勢に入る。


「魔力弾!!」


 ハルルのMPを変換した魔力弾が上空の敵に命中すると、ヘルバードは降下しながらこちらに向かってきた。


 アカネは上空にいるヘルバードを睨みつけながら、脇構えで刀を構えると” 薄雲”のタイミングを測る。


「今だ! 天原天狗流… 薄雲!」


 それは一瞬の出来事だった。

 アカネは斜め前に跳躍すると、刃を下向きから外側に向けヘルバード相手に横薙ぎに振るう。


 アカネの放った横薙ぎはヘルバードの脚を斬りつけたが、たいしたダメージを与られずヘルバードはそのままハルルに向かって行き攻撃する。


「見える…… そこっ!」


 だが、彼女はローリング回避して事なきを得ると、そのままアカネの方に走ってくる。

 ターゲットを擦り付けるためだ。


「こら~、アカネちゃ~ん!!」

「うわ~ん、ごめんなさい~」


 予想以上にしょぼい技にハルルはお怒りで、アカネ自身も思った以上にダメージが出なかったので素直に謝る。


 しかし、それは仕方が無いことであった。“天原天狗流・薄雲”とは、頭上から襲ってくる敵の空いている部位を軽く斬りつける技だからだ。


 がっつり斬ろうとすれば、落下してくる相手の体重がこちらの刀に掛かることになり、折れてしまうだろう。


 そのため相手の皮、もしくは肉を少し斬るつもりで斬撃を放つのだが、人間同士であればその程度のダメージでも相手に痛みを与えられるので十分なのだ。


 だが、ゲームのモンスターなので怯んでくれる訳もなく、大したダメージにはならないのだ。


 薄雲の名前の通りうすーくといった感じの威力であり、この技の本当の目的はこの技の存在により、常に頭上にも気を配れという注意喚起の意味合いの方が強かったりするのだ。


 ハルルの後ろを低空で追いかけてくるヘルバードに対して、アカネは地面を力強く踏み込むと下段に構えた刀をその細い首を目掛けて切り上げる。


「天原天狗流… 三日月!!」


 彼女が放った斬撃は地面近くから、三日月のような軌道を描くとヘルバードの首にダメージを与える。


 わざわざ細い首を狙ったのは、そこを斬るのが一番刀に負担が掛からないからであったが、もちろんゲームなので刀に強度も耐久値もないので意味はないのだが、それでも狙ってしまったのは現実でも剣士である彼女の性であろう。



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