その20 初めてのボス戦前





 前哨陣地の前まで来ると、ハルルは今回のクエストの説明を始める。


「今回のクエストの目的は、簡単に言えばこの陣地内にいる中ボスを討伐することです」

「中には魔物がいっぱいいるんだよね?」


 アカネが不安そうな表情で尋ねる。


「通常時ならね」


 彼女の危惧したとおり、このオーク前哨陣地にはオークと呼ばれる豚のような亜人のMOBが、大量に配置されている。そのため通常時なら、内部の探索にはかなりの戦力と時間、もしくはカンスト(レベル上限)近い高レベルを要する。


 だが、このメインクエストを受けたプレイヤーは、クエスト用のオーク前哨陣地に飛ばされることになる。内部ではプレイヤーと同じ目的でやってきたNPC冒険者とMOBオークが戦っており、通常の陣地より敵の数が少なくなっているので、探索の難易度は下がっている。


 ただし、イベントマップのため宝箱などは設置されていない。


「 ―なので、内部ではそれほど戦闘にはならないと思うよ」


 ハルルの言葉を聞いたアカネはホッとする。


 前哨陣地内に入ると一瞬でイベントマップに飛ばされ、陣地内では既にNPC冒険者とオークMOBが戦いをおこなっていた。といっても、その戦闘はオブジェクト扱いなので、プレイヤーが加勢する事はできない。


 アカネ達はそのオブジェクトの合間を縫うように移動していくと、


「ブヒヒィー!!」


 頭上にレベル20と表示された外の敵よりも強めに設定されたオークが襲ってくる。


「やあやあ、我こそは(以下略 」


 ナオシゲが十文字槍で、距離を保ちながらオークのターゲットを取ると、そこにハルルが銃でバイオレットとA.Lが魔法で援護する。


 アカネはその後衛職の護衛をすることになった。


 それは、敵はダメージを一番与えてきたプレイヤーを狙うようになっており、後衛職がダメージを与えすぎると敵は襲ってきて、防御力の低い後衛職に大ダメージを与えることになる。それを防ぐのがアカネの役目だ。


(アテナちゃん、可愛いよ~♪)


 だが、ダメージを受けるナオシゲのHPを回復するために、健気に回復魔法を使用するアテナの姿を見て、アカネはキュンキュンしていた。


 もちろんキリッとした表情のままである……。


 無事に戦闘が終わると一同は奥へと進んでいき、その後数回戦闘を行い約1名は可憐なアテナを愛で、見事中ボスの前まで到着する。


 そして、一同はMMORPGあるあるボス部屋前での消耗したHPとMP回復、そしてトイレ休憩などを行う。


 10分後―

 ハルルが中ボス攻略の説明を始めた。


「では、中ボス戦の説明を始めます。まずは、前衛は今まで通り― 」

「ハルルちゃん! ハルルちゃん!」


 だが、その説明を遮ってアカネが彼女に呼びかける。


「何? 今説明の途中なんだけど?」


 説明を邪魔されたハルルが、アカネに文句を言うが彼女は気にせず言う。


「でも…… お姉ちゃんとナオシゲさんが、さっきから全然動かないんだけど?」


 彼女が指を指した先にいた二人は、地面にしゃがんだまま全く動かなかった。


「これはMMORPGあるある”時差による外人さん寝落ち“だね……」


 ハルルは一呼吸すると、アカネが口を挟む前に説明を始める。


「説明しよう! ”時差による外人さん寝落ち“とは、その名の通り日本と外国の時差による居眠り状態のことだよ! 海外のプレイヤーにとって、日本時間は深夜に当たることが多い、そのため睡魔に負けてプレイ中に寝てしまうことがあるんだよ」


「どっ どうしよう!?」


 アカネとアテナがオロオロしていると、ハルルはこう言い放つ。


「こういう時は、申し訳ないがパーティーからキックする!!」

「ええっ~!!」


 アカネが驚いて叫び、アテナは更にオロオロする。


「蹴って起こすのは可愛そうだよ~」


「そのキックじゃないよ。パーティーから強制的に外すという意味だよ。あざとい質問しやがって… 可愛いのは外見だけにしろ!」


「ひどーい!!」


 アカネはこれまたあざと可愛くほっぺたを膨らませて抗議するが、これは別にハルル曰くあざとくしている訳ではなく、アカネの自然な反応であった。


 しかも、その可愛らしい外見と合わさって、下手に可愛いものだから質が悪い。

 きっと、その可愛さ目的に近寄ってくる男に、何度も騙されているに違いない! と心配するハルルであった。


 そんな事を考えながらも、ハルルはキックする意味を説明する。


「キックするこっちも辛いんだよ? でも、仕方がないじゃない! どうせ起きないし何より時間が勿体ない!」


 アカネが納得していない顔を見て、ハルルは続ける。


「じゃあ、どうやって起こせばいいのかな? 例えば、耳元で大声を出すとか、ビンタしてみる? ビンタしようか!!」


 ハルルは初音にビンタできる大義名分を得た事に気付き、嬉々としてアカネに提案する。

 もちろん痛覚は再現されていないので意味はない。だが、ハルルの気持ちは晴れる。


「それはちょっと……」


 アカネは、ビンタはやりすぎだと思ったので、別の方法を考えることにした。


「うーん…… あっ! そうだ!! 私が一度現実に戻って、お姉ちゃんに電話して起こすよ!」


 幼馴染の名案にハルルは一瞬感心した後、こう答える。


「まあ、冗談はこの辺にして、ボス攻略の説明を続けるよ」

「冗談だったの!?」

「当たり前でしょう? キックなんて薄情な真似する訳がないじゃい」


 アカネが驚きの声を上げると、ハルルは真面目な表情で言う。


「まあ、今回のボス戦はメインクエストとはいえ、最初のボスバトルだから初心者でもクリアできるように救済措置があって、残った私達でも油断しなければクリア出来るんだよ」


「へぇ~ そうなんだぁ」


 アカネはそう答えながらも、ハルルの言葉だけでは信用できないので、アテナとバイオレットを見ると二人も頷いてその言葉を肯定する。


「はい。とても強いNPCが一緒に戦ってくれるんです」


 そして、バイオレットがその理由を教えてくれた。


「だから、作戦は簡単だよ。中ボスの範囲攻撃に注意しながら攻撃すること。アカネちゃん、これフリじゃないからね?」


 ハルルはこのドジっ子幼馴染に念を押しておく。


「もう~、ハルルちゃんったら~。 大丈夫! わかっているよぉ♪」


(不安しかない……!!)


 ハルルとバイオレットは、一抹の不安を覚えた。




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