その13  ソロで頑張る! が…






 次の日の夜11時45分

 レベル上げを終えログインしようとするアカネに、ハルルは声をかけるとこんな話を始めた。


「そうだ。アカネちゃんにこれを渡しておくよ」


 そう言って、トレード画面を開き、昨日初音から預かった打刀を渡してくる。


「これって、刀じゃない!? これどうしたの?」


 突然の贈り物に驚くアカネ。

 しかし、ハルルは平然と答える。


「これは私が以前手に入れたモノだよ」

「えっ!? 前は持っていないと言っていたよね?」


 その問いに、ハルルは苦笑いを浮かべながらとぼけ始めた。


「えっ!? そんな事言ったかな~。気のせいじゃない? 私には記憶が無いけどな~」


 この答えに呆れてしまうアカネであったが、これ以上突っ込むのは無駄だと察して諦める。

 おそらく昨日姉から渡されたのだろうと考えたからだ。


(達成感とか熱く語っていたのに… まあ、陽ちゃんらしいけど)


 アカネはそう思いながら、トレード画面を操作して武器を受け取る。彼女自身、刀は喉から手が出るほど欲しいモノで、何より達成感とか言っていたのは陽なので断る理由はない。


「ハルルちゃん、ありがとうね。これから一緒に頑張っていこうね! えいえいおー!!」


 アカネは念願の刀を手に入れた喜びから、右手の拳を突き上げて満面の笑みを浮かべる。

 だが、このようなノリが好きなハルルが乗ってこなかったので、アカネは一人で「えい、えい、おー!」とする羽目になり、急に恥ずかしくなってしまう。


「ひっ 酷いよー!」


 アカネは恥ずかしさで顔を真っ赤にして、ハルルに抗議するとその理由を申し訳無さそうに話し始める。それは打刀を彼女に渡した理由でもあった。


「ごめんね。実は明日から私はログインできないんだよ」

「えっ!? それは一体どうして!?」


 いきなり告げられた言葉に、アカネは驚きの声を上げる。

 アカネの反応に、ハルルは申し訳無い表情のまま事情を話し始める。


「実は… 8月中旬に【夏コミ】があってね。あっ【夏コミ】というのはね、【夏のコミックマーケット】と言ってね― 」


 ここからハルルは、オタク特有の早口でコミケの説明を始めた。


「(中略)―というわけで、私はそのオタクの祭典にBL漫画(もちろん18禁)で作品を販売することになってね。その執筆のために2ヶ月程、ログインできないんだよ」


「期末テストはどうするの!?」と突っ込もうと思ったが、ハルルこと陽の学校での成績は大変良いので、問題ないのだろう。


「それで、彩音ちゃんが一人でプレイするなら、打刀を持っていた方がいいと思ったの」


 ハルルの話を聞いて、アカネは不安になる。というのも、彼女は初ログインから今まで彼女と二人でプレイしており、ソロでゲームを進めることに不安を感じたのだ。


 しかし、彼女の表情を見たのか、ハルルが安心させるように笑顔で言う。


「そんな心配そうな顔しないでよ。いやなら、プレイしなければいいんだし、不安なら慣れている狩場でまったりとレベル上げしていればいいんだから」


「うん、そうだね」


 確かに彼女の言う通りだ。勝手を知る場所なら気が楽だし、嫌なら陽がログインするまで待っていればいいのだ。


「何かあったら、学校で相談してよ。家では原稿の執筆で相手できないけどね!」

「友達より、原稿が大事なの!?」


 そのアカネのツッコミに、ハルルはこう言い放つ。


「もちろん原稿に決まってるじゃない!」

「酷い!!」


 自信満々に断言されて、アカネは涙目で訴えるがハルルからは逆に説教されてしまう。


「酷くない! いい、彩音ちゃん? 原稿が完成しないということは、夏コミで新刊を落とすということなんだよ。その意味がわかっているの? あーたらこーたら― 」 


 ハルルの早口で説教が続き、アカネは辟易として精神的に疲れてしまうが、おかげでその夜は直ぐに眠ることが出来た。


 次の日の夜―


「よーし、がんばるぞ!」


 彩音はトラディシヨン・オンラインにログインすると、ソロでレベル上げをすることにする。


 そもそも彩音がこのゲームをプレイしている目的は、レベル上げをしてゲームを楽しむ事が主な目的ではなく、プレイヤーと会話したり冒険したりして、弱気な性格を治すためであった。


 だが、そんな事は意図的に忘れているのか彩音はコミュ力アップを放置して、レベル上げに向かう。


 いつもの狩場に着くと、アカネは木の陰からゴブリンを観察しながら、心の中で呟く。


(一人でも大丈夫… 一人でも大丈夫… )


 アカネが自分を鼓舞していると


「ワオーン!! ガブっ!」

「はう!?」


 足を背後からやってきた狼に噛まれてしまう。

 狼はアカネを一噛みすると、後ろにジャンプして距離を取る。


(うぅ~ いつも後方は陽ちゃんが警戒してくれていたから、接近に気付かなかった…)


 アカネは反省しながら、腰に差した打刀を抜くと同時に狼に向かって駆け出す。そして、敵の攻撃をヒラリとかわし反撃を加える。


「やあっ!!」


 掛け声とともに、彩音は刀を切り上げて狼の胴体に斬りつけ、素早く刀を返すとそのまま振り下ろして2撃目を打ち込む。


 この攻撃により、狼は光の粒子となって消滅する。


「ふ~っ」


 戦闘を終えて一息つくと、彩音は狼の初撃で受けたダメージの回復をすることにした。

 このゲームでのHP回復方法は、回復薬を使用すること、回復魔法をしようすること、そしてその場にしゃがむことでゆっくりと回復させる、この3つであった。


 因みにこのしゃがむ方法は、MPを回復させる事も出来きるのだが、回復にはそれなりの時間を要し戦闘中には向いていない。


 だが、アカネのような初心者にはお金が掛からないので、有用な回復手段でもある。

 回復を済ませたアカネは、その後も順調にモンスターを狩って、経験値を稼いでいく。


「これなら、私一人でもう少し強い敵も倒せるかも♪」


 格下の敵相手に”私tueee”したアカネは、意気揚々ともう少し強い敵が徘徊するエリアに向かう。


 だが、10分後……


「陽ちゃん~! お姉ちゃん~! 助けて~!!」


 アカネは大きい木のオブジェクトの後ろで、悲鳴をあげていた。


 彼女が隠れる木には、レベル15のゴブリン5体が交互でクロスボウから放つボルトが絶え間なく刺さっており、彼女は必死に耐えていた。


「どうして、こんな事に……」


 アカネがこの状況に陥った経緯は簡単で、油断してゴブリン一体に攻撃したら、わらわらと他のゴブリンが戦闘に参加してきたのだ。


 しかも、レベル15のゴブリンはプレイヤーの遠隔攻撃に対応できるように、クロスボウを装備しているので、逃げようとすれば背中にプスプスとボルトを打ち込まれ、死んでしまうだろう。



 アカネはこの事態に、木の陰に隠れ自分の見通しの甘さを後悔しながら、ひたすら耐えるという選択をしていた。


「“これなら、私一人でもう少し強い敵も倒せるかも♪”じゃないんだよ! 10分前の私のバカーーー!!」


 アカネは”後の祭り””後悔先に立たず”ということわざの意味をヒシヒシと痛感しながら、10分前のイキっていた自分を責めていた。



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