その7 初めての戦闘
ハルルの熱いゲーマー論により、自分で刀を手に入れる事に決めた彩音ことアカネは、一通り説明を聞いたので、早速町の外に出てモンスターと戦うことになった。
町の外に出るために町中を歩く。建物や道の質感はとてもリアルに描写されており、現実の西洋風の町を歩いているような錯覚を覚える。
だが、あくまで錯覚でその理由は触覚や嗅覚などが無いので、どちらかというと映像が鮮明な【夢】に近い。
触覚は、”地面を踏んでいる”や”物に触れている”という認識を脳に情報として、伝えているだけなので武器を握っていると感じられるが違和感を覚えてしまう。
あと視界の左上に見えている三色のバーも気になる存在だ。
三色のバーは、上からそれぞれ赤がHP、青がMP、緑がSTの現在値を示している。
ハルル曰く「それもこれも、そのうち慣れて“こんなモノ”ってなって、気にならなくなるよ」らしい。
「う~ん。でも、やっぱり視界に見えるバーが気になるな~」
「オプションで消せるけど、お勧めはしないよ」
ハルルによるとオプション設定を変える事で、視界に映るバーの有無を設定することが出来るらしいが、戦闘でそれらが確認できないと戦闘難易度が跳ね上がるらしい。
町を出て草原を少し歩く。
(やっぱり、風や草の臭いを感じないから、感覚的には夢に近いな~)
アカネがそのような感想を抱きながら歩いていると、目の前に角の生えたウサギを発見する。
ウサギの上には、<ツノウサギ LV1>と表示されており、この世界がゲームの中であることを再確認させる。
「さあ、アカネちゃん! 腰のナイフを抜いて戦闘開始だよ!」
「うん!」
アカネはハルルの指示に従い、腰のホルスターから短剣を取り出して構えた!
―が、その場から一歩も動かずにツノウサギのつぶらな瞳とにらみ合いを続ける。
「何やってるの…?」
「だって、このナイフ思っていたより短いから、怖いんだもん!」
ウサギの体高はアカネの腰ぐらいまであり、およそ1メートルといったところなので、かなり大きく見え初めて見る者には威圧感を感じる。
それに加えてアカネの握っている短剣は、刃渡り刃長20-30cm程しかない現実世界にあるボウイナイフのような形状で、確かにお世辞にもリーチは長くない。
「そのため魔物と肉薄せねばならず、弱気なアカネには無理なのだ!」
「”無理なのだ!”じゃないんだよ! 早く攻撃しなよ!」
恐怖のためか解説口調で心境を語るアカネに、ハルルは呆れながら攻撃するように催促する。
「いや、無理無理! こんな短いナイフだと、あのウサギさんの角が私に刺さるほうが速いから!」
「刺さっても痛覚再現されてないから、痛くないよ!」
「そうかも知れないけど…… 」
なお渋るアカネに、ハルルは諭すように説得する。
「強い心になるんでしょう? ここで弱気になってどうするの!?」
「!!」
ハルルの言葉を聞き、アカネの心の中で何かが弾けた。
アカネは意を決すると、腰を落として右手に持つ短剣を握りしめ、ツノウサギとの距離を詰め、間合いに入った瞬間修行で得た技を放つ。
「
アカネは右足を前に出して跳躍すると、右手に持ったナイフをツノウサギの角に向けて、横薙ぎを放つ!
「えっ!?」
だが、彼女の体は想定と違う動きをして、只の横薙ぎになってしまう。
”白露”は、相手の武器に向かって横薙ぎを行い相手の武器を払ってから、空いた相手の胸に突きを入れる技であるのだが、ゲームであるために只の横薙ぎとして動きが処理されてしまったらしい。
そのために突きを入れる前に、体勢を立て直したツノウサギの角によって、腹を貫かれて地面に倒れてしまう。
「あうぅ!? 痛い…! ……あれ痛くない?」
だが、ハルルの言ったとおり痛みは無かったが、その代わりに左上の赤井HPバーが減少していくのが見える。
「ああっ! もう仕方ない… マジックショット!!」
ハルルは背中のマジックライフルを手に持って構えると、ツノウサギに狙いを定め魔力の弾丸をツノウサギめがけて発射した。
マジックライフルから発射された魔力の弾丸は、ツノウサギめがけて一直線で飛んでいき、ツノウサギに着弾して小さな爆発を起す。
ハルルは更にもう1発マジックショットを打ち込み、合計2発のマジックショットを食らったツノウサギは光の粒子となって消えていった。
―ピロン♪
<経験値を5手に入れました>
<ツノウサギの角 ツノウサギの毛皮を手に入れました>
そして、二人の前に半透明のウインドウが表示され、経験値とドロップアイテムが入った事を知らせるメッセージが流れる。
「アカネちゃん、大丈夫?」
ハルルは地面に尻もちを付いているアカネに、手を差し伸べながら無事を確認する。
「うん。HPが減ったけど大丈夫だよ」
アカネはその手を掴んで引き起こして貰うと、お礼を言いつつ答えた。
そして、癖でお尻に付いた砂を払う動作を行いながら、先程の事を彼女に質問することにする。
「攻撃した時に体が、勝手に動いたんだけど?」
「ああ、それはね。このゲームの戦闘システムの一つでもある、オートアシスト機能によるものなんだよ」
【トラディシヨン・オンライン】には主に初心者救済措置として、戦闘中の行動補助システムが搭載されており、戦闘モーションをアシストしてくれる。
このおかげで剣を振るだけで、アシスト機能が働き敵に攻撃が当たりやすくなっている。
そのため現実で体を動かすのが苦手な者でも、簡単に戦闘を行うことが出来るようになっているのだ。
だが、それは先程のような弊害もあり、アカネのように戦闘で現実の戦い方を反映させようとした時に、それを阻害して予め決められた動きを体に強制してしまう。
「アカネちゃんなら、オプションでアシストをオフにしたほうが良いかもね?」
「オフにしたら、現実のように戦えるようになるの?」
「慣れるまでは大変だけど、慣れたら現実の戦い方が出来ると思うよ。ただしアシストが無くなるから、命中させるにはそれなりの技量が必要だけど… アカネちゃんなら問題ないか」
ハルルはそう言いながら、アカネの顔を見て苦笑いを浮かべる。
「いや~、最初から言っておけばよかったね~」
「そうだよね。もっと早く教えてくれても良かったんじゃない?」
「ごめんね…。ツノウサギの角でお腹を突かれるアカネちゃんの姿を見たくなってね~。つい言えなかったんだ……」
「なにそれ!? 酷い!」
「ふふっ。冗談だって!」
アカネは頬を膨らませて抗議するが、ハルルはそれを笑顔で受け流す。
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補足
このゲームでは、銃には2種類あり物理属性の通常の銃、MPを消費する魔法属性の銃がある。
前者は通常弾を使用する通常の銃で、連射速度と飛距離は上だが、対物理耐性の高い敵には弱く弾丸にもお金がかかる。
しかし、弾丸の種類によっては、対物理に有効、対属性弾などもあるが、値段が高く“小銭をバラ撒いている”と揶揄されている。
後者はMPを消費して弾丸とするモノで、対物理耐性を持つ敵に有効であるがMP管理が必要で、発射までにMP変換のラグが生じる。だが、お金が掛からないため初心者には人気である。
こちらは対魔法耐性の高い敵には、手も足も出ない状態になってしまう。
だが、敵の攻撃範囲の外から攻撃できる銃は、戦いにおいては有利な武器であり、それは歴史が証明している。そのため多くのプレイヤーがサブの武器として1丁は所持している。
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