#4 鬼道本式

「さすがに疲れたね。ちょっとだけ休もうか」

 

 僕と摩耶先輩は黄色の鬼の死体から離れ、見通しの効く2号校舎3階の角で壁を背にして腰を下ろした。

 

「鬼はあと一匹いるはずだけど、まだ結界が解けないところをみると他の組に倒されてはないみたいね。ん? 他にも参加者がいるかって? いるよ、今回はもう一組。『今回は』ってことはこんなことを何度もやってるのかって? あはは、いっぱい質問してくるね。でもかさね君はもう当事者だから知る権利はあるかな。丁度いいから今のうちに話しておこうか」

 

 僕がリュックからペットボトルを取り出して口に含むと、摩耶先輩がそれに熱い視線を送ってくる。

 戸惑いながらも差し出したペットボトルを摩耶先輩は躊躇なく一口飲むと「はいっ」と僕に返してきた。

 先輩の目の前で再びそれを口にしていいものか迷ったが、結局僕はもう一度飲み込んだ。

 

「鬼道本式はね、二人一組で参加するのが決まりなの。参加する組の数に制限はないみたいだけど、一組に対して一匹の鬼が現れる事になっている。今回は二組で儀式を行ったんだけど、何故か鬼が三匹現れたのよね。今まで試した事がなかったからこれは推測なんだけど、奇数人で参加すると余りの一人にペナルティ的に鬼が追加されるんじゃないかと思うわ。つまり、五人目がたまたま学校に忍び込んでいた累君だったってこと」

 

 僕だってまさか学校でそんな事が行われていたとは……。

 

「今日は創立記念日の休校で部活もやってないから丁度いいと思ったんたけど……。なぜ学校を選んだか? 鬼道本式を行うには建物とか洞窟とか、上下、前後左右全てが閉じられた場所が必要だからよ。でも、ある一定以上の広さや複雑さががないと人間側が著しく不利になるの。戦ってみてわかったと思うけど、鬼は力や身体の強さでは人間を圧倒してる。人間が鬼に勝つためには地形とか建物の構造を利用して不意打ちに持ち込めるような空間が必要になるの」

 

 そういうことだったのか……。

 ん? でもさっき鬼道本式は二人一組で参加すると言ってたけど、摩耶先輩は会った時には一人だったはず。

 

「私のパートナー? ……そうだね、ちゃんと確かめに行かなきゃいけないわね。うん、それじゃそろそろ移動しようか」

 

 摩耶先輩は一瞬顔を曇らせた後、無言で立ち上がった。

 僕も摩耶先輩の後ろに続く。

 摩耶先輩は階段を降りて2号校舎の1階へと向かった。

 2号校舎1階の中央階段の横には普段は鍵のかかった通用口がある。

 そこを前にして、摩耶先輩は足を止めた。

 摩耶先輩の肩越しに奥を覗くと、通用口のドアとその前の床が、ぶち撒けたような赤黒い液体で染まっていた。

 その液体の所々には何かの赤い塊が散乱していて――。

 僕は思わず口を押さえた。

 

「これが私のパートナーの因幡美南いなばみなだったもの。今回、予定外の三匹目の鬼が現れたことで混乱していたのか、普段は慎重な美南が誤って青い鬼の接近を許してしまったの。動揺した美南は逃走中に1階の中央階段の通用口に逃げ込んでしまった。そこは結界で閉ざされているからドアは開かない。つまりは袋のネズミ。私が駆けつけたときには、既に美南の頭はになっていた。……鬼に振り向かれた私は一度その場から逃げざるを得なかったの。累君に会ったのはその後よ」

 

 摩耶先輩が何かに気づいて血溜まりに手を伸ばす。

 その指先には細い鎖でできたネックレスのようなものが握られていた。

 

「短い間だったけど今までありがと」

 

 摩耶先輩は少しの間悼むように目を閉じる。

 

「美南? ああ、同じ学年だったの。ううん……友達とはちょっと違うかも。美南には美南自身の叶えたい望みがあったし。そうだね、同志というのが正確かな。美南とは何度か鬼道本式をやってるけど、どちらかが死んだ場合は残った方が生き残る事を最優先して行動するって決めてあったから」


一度言葉を切った後で、摩耶先輩は「だから累君に会えてよかったわ」と呟いた。


「こういう状況が想定されているのか、パートナーを失った者同士で組み直したり、場合によってはパートナーそのものを交換することは有効となっているわ。それは鬼道本式の成功条件とも大きく関わってくるからなんだろうけど」

 

 そういえば、この恐ろしいは、いったいどうすれば終わらせられるのだろうか。まだちゃんと聞いてなかった気がする。

 

「うん、それも途中になっちゃってたね。人間側の勝利条件は一つだけで『制限時間内に鬼を全滅させる』こと。制限時間は一時いっとき、現代の時間で約2時間ね。ただし、これとは別に成功の条件としてが必要よ、一人だけ生き残っていても『成功』にはならないの。人間側の敗北条件は時間内に鬼を倒しきれなかった場合。敗北したら? 結界とともに取り込まれて二度と元の世界には戻れないらしいわ。あと、言うまでもなく自分が鬼に殺されてしまったら個人的にはそこで終了ね」

 

 何だか人間側にかなり不利で危険な条件に思えるのたが……。

 

「そうかもね。でも何でも願いが叶うのだとしたら仕方ないのかもしれない。あ、あともう一つ大切な事があるわ。引き分け……というか脱出の手段。結界内には一箇所だけ現実世界に繋がる場所があって、そこを抜けられれば無事に戻れるの。時間内に鬼を倒す事が出来ないと判断したら早めにその場所を探すことも必要よ」

 

 摩耶先輩はチラリと腕の時計に視線を落とすと小さく息をついた。

 

「その判断をするべき時間になってきたかもね。今回の鬼道本式を始めて1時間20分が過ぎたわ。残りあと40分、もう一組の方が期待薄なら脱出も視野に入れないと……」

 

 口元に手を当てて、摩耶先輩は考え込んでいる。

 

「プラン? そうだな、私の考えでは最後の鬼は3号校舎にいると思ってる。理由としてはこれまで1号校舎と2号校舎で全くその存在を感じなかったこと。それとその鬼は目と耳が両方とも潰されているの。今回初めて見た種類だからどんな動きをするか確証はないけど、たぶん動き回らずに待ち伏せて襲う戦法を取るんじゃないかな」

 

 そして、摩耶先輩は「脱出口も3号校舎にある可能性が高いわ」と付け加えた。

 摩耶先輩のこれまでの経験では、脱出口は、鬼道本式を始めた場所――今回は1号校舎横に位置する体育館から最も遠い場所にある事が多いらしい。

 いずれにせよ、脱出するにしても討伐を目指すとしても、まだ未踏査の3号校舎に向かわなければならないのは確定のようだった。

 僕が頷くと、摩耶先輩は3号校舎の渡り廊下へ足を向けた。

 

【続く】

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鬼道本式(きどうほんしき) 〜僕と先輩のガチ鬼ごっこは即死グロありの鬼退治〜 椰子草 奈那史 @yashikusa

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