#2 黄色の鬼①
「
壁に背中をつけてへばりこんだ僕に摩耶先輩が立ったまま説明を始めた。
僕達は青い鬼の死体から離れた後、摩耶先輩の先導で1号校舎3階の南側の角――階段と廊下を一望できる位置に移動していた。
「鬼道本式はさっきも言ったけど、鬼と人間による『ガチの鬼ごっこ』と言えるものなの。ある作法に則った呪詛を唱えることでこの世界から切り離された結界を作り、その中で鬼と人間が命を賭けて追い追われる。基本、追いかけるのは鬼なんだけどただの鬼ごっこと違うのは、『追われる側の人間が鬼を殺す』事が出来て、人間側にしてみれば、それこそが鬼道本式を行う目的となっているのよ」
ナイフを拭い終えると、摩耶先輩は刃の状態を確認しながら言葉を続ける。
「何のためにそんな事をするのかって? それは……鬼道本式を三回成功させると、自分の願いを叶える事が出来るからよ。それは巨万の富でも、愛しい人を手にすることでも、どんな願いでもと言われているわ」
摩耶先輩は太腿のホルスターにナイフを収めると、僕の隣に腰をおろした。
「あまり信じてないっぽいね。でもね、私の『嵯峨野』の家の名は
それでも僕は感じた疑問を口にしてしまう。
「ああ、なら尚更そんな危ない事をする理由がわからないって? そうね……『盛者必衰の理をあらはす』って古文で習ってない? 名家と言われてるけど、当代のやらかしのせいで実はけっこうウチはマズい状況なのよ。だから――」
不意に摩耶先輩が口元に指を立てて言葉を止める。
微かに、遠くで空き缶が転がるような音がした。
摩耶先輩は僕の耳元に口を寄せて囁く。
「私、この1号校舎に出入り出来るところ全部に空き缶を置いておいたの。もし目が見えているならわざわざ蹴らないような目立つところによ。それに引っ掛かったということは、目が見えてない何者かが来た可能性が高いわ」
摩耶先輩は僕の腕を掴むと校舎中央の階段付近まで移動した。
「たぶん、今度のは目が潰れた状態の黄色の鬼だと思う。目が見えない代わりに聴覚が異常に優れているみたいなの。さっきの青いのは視界にさえ入らなければ一人でもやれたけど、今度の鬼は――累君、君の協力が必要だわ」
先ほど青い鬼を一撃で葬った摩耶先輩がそこまで言うのならおそらく本当なのだろう。
「累君にしてほしいこと? そうね……それじゃこのテグスをあの壁のパイプに結んでくれるかな。床から30センチ位のところにしっかりとね。大型の魚用だから簡単には切れないと思うけど」
摩耶先輩が腰に巻いているタクティカルベルトのポーチの一つから、丸くまとめたテグスとニッパーを僕に手渡す。
「随分と用意がいいって? うん、それは……何度もやってるしね。いいかな? これから私は下に行って鬼を誘導してここに戻ってくるわ。累君は音を立てずにここに潜んで、私が廊下を走り抜けたタイミングで思いっきりテグスを引き上げて欲しいの。鬼を転倒させたらその隙に私が止めを刺すから」
僕が作業に取りかかるのを見届けると、摩耶先輩は「それじゃ行ってくるね」と言葉を残して、足音を殺しながら階段を降りていく。
僕は先輩の指示通りにテグスを壁のパイプに括り付けると、その一端を手に巻いたハンカチの上から何度も巻き付けて身を隠す。
シンとした校内には僕の呼吸音だけが静かに響いていた。
しかしその静寂は、突然階下で鳴り響いた何かが倒れる大きな音で破られた。
僕は耳を澄ます。
何度か同じように大きな音が響いた後、階段を駆け上がってくる軽快な足音が聞こえた。
「累君っ、来るよ!」
速いリズムで疾走する足音が廊下に響き渡り、僕はテグスを握る手に力を込める。
摩耶先輩が目の前を駆け抜けていった。
続いてズン、ズンという重量感のある足音が近づいて来る。
僕が力の限りにテグスを引いた瞬間、黄色の異形のものが視界に入った。
ビシッという音がして、鬼の足の指先にテグスが掛かる。
だが、手応えが浅い。
黄色の鬼は体勢を崩して止まりはしたが転倒はしなかった。
這い出して廊下を覗くと、僕に背を向けた鬼が再び摩耶先輩を追おうとしていた。
「累君! 失敗したわっ。すぐ言う通りにして!」
摩耶先輩は口の前に人差し指を立てながら懸命に声を上げている。
おそらく、鬼の注意が僕に向かないようにしているんだろう。
「その階段を降りれば2階から2号校舎に繋がる渡り廊下があるよね。そこを渡りきった先、丁度3―C組のところでもう一度同じ事をして! 私は時間を稼ぎながらそこに向かうからっ」
摩耶先輩が手拍子を打つようにして鬼を挑発しながら走り出していた。
僕は大きく頷くと、足音を殺しながら階段へ向かった。
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