鬼道本式(きどうほんしき) 〜僕と先輩のガチ鬼ごっこは即死グロありの鬼退治〜

椰子草 奈那史

#1 摩耶先輩

「あれ、君なんでこんなとこにいるの? ……ああそうか、君だったのね、予定外の参加者は」

 

 日の傾きかけた校舎で、突然廊下の角から現れたその長い黒髪の女子生徒は戸惑った表情を浮かべていた。

 

「え? 忘れ物? 明日テストで使う副教材を取りにこっそり学校に入った? そうなの……それはタイミングが悪かったね」

 

 女子生徒は背後を振り返ると僕の胸ぐらを掴んで引きずるように歩き出す。

 

「とにかく、このままじゃマズいわ。一緒に来て。……死にたくなければね」

 

 僕は訳もわからずに女子生徒に引っ張られ、校舎中央の階段付近までやってきた。

 そのまま女子生徒は階段横の掃除用具入れとして使われているロッカーの扉を開けると、僕を中に押し込んで自分も一緒に身体をねじ込んで扉を閉めた。

 

「ちょっと狭いけど我慢してね。どうしたの? ん? 当たってるって? 何が……ああ、男の子ねぇ。大丈夫よ、私は気にしてないから。君は……2年生だね。名前は? 八巻やまきかさね君か。私は3年の嵯峨野摩耶さがのまや、よろしくね」

 

 嵯峨野摩耶と名乗った女子生徒はわずかに光が差し込むロッカーの中で笑みを浮かべた。

 

「え? いったい何してるかって? 実はね、鬼から逃げてるの。鬼ごっこ? ……そうね、やってることはそれに近いけど『ごっこ』じゃないかな。例えるならホントに。……累君は『鬼道本式きどうほんしき』って聞いたことある? ま、ないよね。本式というのは、正当な形式とか本来の正しいやり方って意味なんだけど、つまりは『遊びではない正式な鬼ごっこ』ってこと」

 

 摩耶先輩はサラッと言ってのけたが僕の理解が追いついていない。

 

「アレ? やっぱりわからないか。そうだよね、じゃあ実際に見たほうが早いかな。この扉に開けられた隙間から廊下のほうを見てみて。もうすぐそこを通るはずよ」

 

 僕はロッカーの細い隙間に顔を寄せて廊下を窺った。

 陽が傾きかけて薄暗くなった廊下の遠くから、ビタッ、ビタッという足音が聞こえてくる。

 

「ほら、聞こえてきたでしょ」

 

 摩耶先輩が頬が触れるような距離まで顔を寄せてくる。

 僕の心臓は謎の足音と真横に感じる摩耶先輩の体温とで激しく鼓動を打ち鳴らしていた。

 ビタッ、ビタッという足音は更に大きくなり、確実に近づいて来ている。

 

「来るよ」

 

 摩耶先輩が囁いた直後、目の前に蒼黒い肌をした異形のものが現れた。

 異様に長い腕に細い身体と脚。

 しかし腹部だけはボッコリと不格好に突き出ている。

 落ち窪んだ眼窩と大きく切れ込んだ口の中には肉食獣のような犬歯が並んでいた。

 

「落ちついて。声を上げても大丈夫だから。でも外には出ちゃだめよ。アイツの耳、見えるでしょ。そう、潰れてるの。あの青鬼は耳が全く聞こえない」

 

 青い鬼の耳の辺りは鋭いものでメッタ突きにでもされたようにグズグズに血にまみれていた。

 僕たちが至近距離で会話を交わしているにもかかわらず、青い鬼は気づく素振りもなく、ゆっくりと眼前を横切っていった。

 

「アレが私――ううん、もうを追っている鬼よ。信じられない? でも見たでしょ。アレは本当にこの場にいる。だから覚悟を決めて。ここから生きて帰るには――累君、君が必要なの」

 

 摩耶先輩が吐息が触れるくらいの距離で囁いた。

 鼻先を甘い香りがくすぐる。

 僕は夢を見るような心持ちで思わず頷いていた。

 

「そう。なら今から私達はパートナーということでいいわね。……それじゃ行こうか。どこへって? もちろん、

 

 そう言うなり、摩耶先輩はロッカーの扉を開けた。

 外に出て壁伝いに青い鬼が去っていったほうを窺うと、スカートを手繰って太腿の辺りに手を忍ばせる。

 その光景から視線を外す事が出来ない僕の前で、摩耶先輩は太腿に巻いている革のホルスター状のものから20センチはありそうな大型のナイフを引き抜いた。

 

「累君は初めてだし、ここまで来たら獲ったも同然だから今回は見てるだけでいいよ」

 

 そう言って摩耶先輩はタイミングを図るように何度か肩を揺らすと「行ってくる」と口にした瞬間に廊下へ駆け出した。

 僕は急いで廊下の角から摩耶先輩の姿を目で追う。

 摩耶先輩は既に十数メートル先の青い鬼の背後に迫っていた。

 そのまま勢いを殺さずに先輩が跳躍する。

 ズブッという肉を抉る音とともに鬼の口からおぞましい絶叫がほとばしった。

 同時に摩耶先輩は鬼の背中を蹴って廊下を転がりながら後退する。

 やがて、青い鬼はフラフラと数歩歩いたところでグシャリと膝から崩れ落ちた。

 

「累君、もう出てきても大丈夫だよ」

 

 立ち上がった摩耶先輩が手招きをする。

 僕は恐る恐る摩耶先輩の元へと向かった。

 青い鬼は廊下にうつ伏せに倒れている。

 後頭部の当たりにはナイフで抉られた傷口が開き、どす黒い血のようなもの流れ出していた。

 

「これが鬼の殺し方。後頭部のところに直径10センチくらいの骨がない部分があるの。そこに深い傷を負わせれば鬼は死ぬ。でもそれ以外の部分は柔らかそうに見えてけっこう硬いから致命傷を負わすのは困難ね。そもそもこの鬼って――あ、説明は後にしようか。累君、吐くので忙しそうだしね」


【続く】

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