第70話 この夏終わったら

 その大盛りのルーローファンを食べ終わって、暑くなったので、部屋の反対側の廊下の窓も開ける。

 風通しもよくなったし、それに気温もたしかに下がったのだろう。

 幸織さちおはさっきと同じ海側の窓縁に腰を下ろした。

 瑠姫るきは、その向かいの畳に座って、幸織の顔を見上げる。

 さっきの幸織のお母さんの話で、気になったところがあった。

 幸織にだったら、直接に聞いてもいいだろう。

 「ところで、幸織のお母さん、さっき、幸織が肉食べられなくなるとか言ってらしたけど」

 何かあったのだろうか?

 重い病気をして色白になったのではないということは、さっきわかったのだけれど。

 でも、アレルギーとか……?

 「うーん」

 幸織は口をとがらせた。

 「肉ぜんぶじゃなくて、豚肉だけだよぉ」

 ねる。

 「はい?」

 ほかの肉はよくて豚肉だけ食べられなくなるって、どういうことだろう?

 幸織は唇を閉じたままふっと息をした。

 「わたしさ」

 軽く首を傾げる。また小悪魔っぽくなりかけたところで、それを戻して瑠姫の顔を見る。

 瑠姫は畳に座っているので、見下ろすことになる。

 「この夏終わったら、イランに行くんだ」

 「はあ」

 瑠姫はきき返す。

 「イランって、どこ?」

 「だからさ」

 幸織は軽い声で返す。

 「アフガニスタンの西で、トルクメニスタンとかの南で、イラクの東で、あとサウジアラビアとかドバイとかの向かい岸? そこのトルコの近くのタブリーズってとこ」

 なに、その、東京って、千葉と、埼玉と、山梨と、神奈川のあいだで、そのうち川崎に近い蒲田かまたってところ、みたいな説明は……?

 でも、瑠姫の聞き違いでないことはわかった。

 幸織は中東のイランに行くのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る