告白してくる彼女達の事を絶対に信用しない僕 〜嘘告を繰り返された僕は『嘘告マイスター』になった〜

鷺島 馨

Ep.1:相坂 響の場合

 僕は小さい頃から良く告白されてきた。

 それはもう小学校の頃でさえ週に何人かが告白をしてきた。

 ただ、その子達に僕のどこが好きなのと尋ねても『ん〜?なんとなく?』そう返される。そんな事が続けばこれは『嘘告』だろうと気づくものだ。

 だって、好きなところを訊いて『なんとなく』は無いだろ。

 何かしら好きになる所があるのなら分かるがその返答だと信用できない。

 もし僕が誰かに告白して『私のどこが好き?』なんて訊かれて『なんとなく』って返した場合、十中八九『酷い男』のレッテルを貼られて学校に来れなくなる。


 小学校の頃は最初の何人かと馬鹿正直に告白を真に受けて付き合った。

 いや、あれを付き合ったと言って良いものか?

 これについては俺は否定しているのだが、相手が付き合ったと言い張っているのだから仕方がない。非常に解せぬ。

 大体、その子達とは二週間から三ヶ月で別れている。

 そして進級した頃には僕も学習した。

 『相手がいない時に告白をしてきた相手の告白は全て受ける』ただしなので一切の恋愛感情を相手に抱かない様にした。

 中には一週間くらい経ってからちゃんと『嘘告』だったと告げる子もいた。

 まあ、わかっていた事なので傷つく事もない。

 僕は彼女達の遊びに付き合ってあげただけなんだから。


 そんな僕、かすり 恭一きょういち、16歳は今日も告白されていた。

 今日の告白相手は相坂あいさか ひびき、16歳。

 学年でも指折りの美少女と噂の彼女(知らんけど)。

 そんな彼女も嘘告をさせられる様な事があるんだなあ。(しみじみ)


かすりくん、あなたの事が好きです。付き合ってくださいっ!」

「ん、いいよ」


 緊張した演技まですごく美味い。まあ、僕に嘘告は効かんけどね。

 僕の気のない返事に一瞬ポカンとした表情を相坂あいさかさんは浮かべた。美人はそんな表情も可愛く見えるなあ。


「ありがとう、かすりくん。これで私たち恋人同士だね」

 ああ、なんて可愛らしい笑顔だろうか、これが本心なら良かったのに。


「じゃあ、これからよろしく」

 でも、百戦錬磨の嘘告マイスター(そんなもん無い)である僕には通用しない。

 とりあえず返事は普通にする。

 僕が嘘告に気付いてるって知ったら慌てるだろうからな。


 彼女とは二ヶ月で別れた。

 ほら、やっぱり嘘告だった。

 僕の心はなんら波打つ事なくその事を受け入れた。

 嘘告マイスターは騙されない。

____________________________________


 私は今日、勇気を振り絞って彼、かすり 恭一きょういちくんを放課後の校舎裏に呼び出した。

 男子からは学年屈指の美少女と持て囃されていても本当に好きな人に告白するのは勇気がいる。


 かすりくんとは通学途中の電車が一緒になる事がある同じ学校の生徒という関係だった。

 外見は爽やかな感じで顔立ちは整っている。ずば抜けたイケメンでは無いけれど顔はいい方だと思う。背は175cmくらいで高め、体型はスラリとした感じ。

 学校でも彼がモテているのは知っている。でも、それだけ。どうしてそんなにモテるのか分からない。


 そして今朝も一緒の車両に乗り合わせた。

 彼との間には会社員が数名いる。二駅も過ぎれば車内はぎゅうぎゅうになってしまう。これもいつもの事。

 ただ、今朝はいつもと違う事が起きた。


 電車が揺れた際に後ろの人が私の背中に倒れかかってきた。

 満員状態なので体を離せないのだろうと思っていたらお尻に何かが当たった。

 それでも満員だから不可抗力だろうと考えていた。

 電車が揺れるたびにお尻に何かが当たる事を不快に感じていると、明らかにお尻のカーブに沿う様に手が触れた。

 痴漢に遭ってるとそう思ったのに声が出ない。

 そのうちに弄る様な動きをとり始める。

 『怖い、誰か助けて』そう言いたいのに恐怖で喉が思うように音を発してくれない。少しでも逃れようとするが扉側に追い詰められて逃げ場を失う。

 ついにはスカートの中にまで手が入ってきた。

 太ももを撫で上げられた時に喉の奥から悲鳴にならない空気が漏れた。

 周りの人はスマホを見たり、音楽を聞いていて誰も気付いてない。

 下着越しにお尻を撫でられる。えも言われぬ不快感が体を襲い、体が固まってしまった様に動けなくなる。

 『嫌だ、誰か助けて』声にならない叫びをあげているのに、その手は非情にも下着の中に潜り込もうとしてくる。

 トンネルに入った車両の窓に身動きの取れない私の顔が映った。恐怖に引き攣り涙を流す顔。初めて見た自分の顔。少し離れたところでそれを見て緊張した表情になる男の子。ああ、同じ学校の子には見られたくなかった。こんな汚されているところを……そう思うと涙はさらに溢れてきた。


 トンネルを抜けたとき、私のお尻を蹂躙していた手が離れた。

 安堵に力が抜け扉にもたれ掛かる私の後ろから、

「痛い、離せ、このやろぉ!」と喚く声。

「黙れ、痴漢!恥を知れ!」

「ちが、俺はやってない!」

「嘘をつくなよ。次で降りろよ、駅員に突き出してやる!」

「ちょっ、やめろ!い、痛え」

 振り返るとかすりくんが男の手を後ろに捻りあげていました。

「ごめん相坂あいさかさん、気づくのが遅くて」

「ううん、ありが、とう、助けて、くれて。こ、わかった」

 安堵から涙が止まらない。

 かすりくんは窓に映った私の顔を見て助けに来てくれた。満員状態の中、私のところにくるのも大変だったと思うのに。


 次の駅で私とかすりくんは痴漢男を駅員さんに引き渡し、状況説明をすることになった。学校には私が連絡を入れた。


 あの後、お礼を告げようとする私を振り切って彼は去っていった。

 照れ屋さんかなあ。

 まあ、おんなじ学校で学年も一緒だからすぐに会える。

 そう思っていました。


 学校に遅れて登校した私はまず担任に説明に向かい、

 教室では遅れて来た理由を訊かれて彼の元へ向かえなかった。

 ようやく周りの質問攻めから解放され彼の元に向かった時にはその姿はなかった。

 翌日は通学の電車でも彼を見かけず、真っ先に彼の教室に向かったがその姿を見る事はなかった。彼のクラスにいる友人に尋ねて見たけれど『今日はまだ見てないよ。それより、昨日何があったの?』と、逆に質問をされた。

 あまり触れて欲しくなかった。思い出すと体に怖気が走る。

 ニヤニヤとした表情を浮かべていた彼女だが私が体を震わせ始めると表情を変え保健室まで送ってくれた。

「ごめん、なんか怖い事があったんだね。もう無理に訊かないから」

 そう言って彼女は戻って行った。

 ひとり保健室のベットに横になっていると昨日の光景が思い返され身体が震える。それでも最後にかすりくんが助けてくれることだけが救いだった。

 凄くドキドキして胸が温かくなってる気がした。

「ちゃんとお礼を言わないとね」

 その日の昼休みに食堂から戻る彼と出会い、お礼を告げる事ができた。

 胸のつかえがとれたそんな気がした。


 かすりくんは『お礼をされるようなことはしてない。むしろ気づくのが遅くなってゴメン』そう言ってくれるような人だった。

 ホントは少しだけ何か見返りを求められるかもと思ってはいた。

 『周りの男子と彼は違う』そう思うと何故かまた胸が温かく感じた。


 あれから一週間以上経ったけど、私はかすりくんの姿を目で追っている。

 彼の事を考えてる時がある。

 仲のいい友人・田所たどころ 響子きょうこちゃんに相談したら『それは恋してるんじゃないかな?』と言われた。

 『恋』という言葉が私の胸にストンと落ちてきてすごくしっくりと収まった。

 響子きょうこちゃんにお礼を言ってこれからの事を考える。

 どうしたいかは決まった。『彼に告白する』それで『彼女になりたい』

 初めて告白するその日、いつもより早く起き出して丁寧に時間をかけて身支度をした。少しでも彼に好印象を持ってもらいたくて。

 いつもより早い電車に乗り、祈る様な気持ちを込めて、彼の下駄箱に手紙を入れる。


 先に校舎裏に来て彼を待つ。

 来てくれると信じているけど、もし、来てくれなかったらどうしようと不安な気持ちもある。約束の時間まで後10分。


 彼、かすり 恭一きょういちくんが来てくれた。

 ホッと安堵の息を吐き彼の目を見て想いを告げる。

かすりくん、あなたの事が好きです。付き合ってくださいっ!」

 返事があるまで緊張が走る。私に告白してきた男子もこんな気持ちだったのかな?どれぐらい時間が過ぎたか、凄く時間が過ぎた様にも一瞬にも思えた後、かすりくんの返事が私の中に響いた。

「ん、いいよ」

 あまりに呆気ないその言葉に私の表情も同じものになる。

 気を取り直してかすりくんに笑顔を返す。

「ありがとう、かすりくん。これで私たち恋人同士だね」

 これで私はかすりくんの彼女になり、かすりくんは私の彼になった。


 嬉しくてそのまま彼と一緒に下校した。

 彼の方が一駅早く電車を降りる。そこまで幸せに包まれて彼と過ごす。


 最初は恋人同士になれた事が嬉しかった。

 彼はさりげなく私に気を遣ってくれるしとても優しい。

 でも少しだけ不安になる。

 勇気を出して手を繋ごうとしたのに私の手をとってくれなかった。

 照れてるのかなと思ってその時は諦めた。

 モテるという噂と違って奥手なのかな?

 きっとそうに違いない。照れてるんだろう、そう思うことにした。


 電車で帰っている時に私がバランスを崩した。彼はそっと背中に手を添えて私を支えてくれた。凄く自然な感じで嬉しかった。でも、不安にもなった。

 いつもの駅で彼と別れた後、さっきの事を思い返す。

 彼は私に触れる事に躊躇わなかった。

 咄嗟だったから?

 じゃあ、どうして手をとってくれなかったの?

 分からない。

 思考の渦に囚われていると乗り過ごした。二駅先で引き返した。

 響子きょうこちゃんに相談しよう。

 彼女には無事に告白できて彼氏彼女の関係になった事は話している。

 響子きょうこちゃんにその事を話したら『う〜ん、もう少し彼と親密になってからもう一度頑張ってみたら』と助言された。

 お礼を告げて相談を終える。私が嬉しさの余り先走ったのかな?


 彼との会話を振り返ってみると私は自分の事ばかり話していた気がする。

 彼はそれを穏やかな表情で見つめて聞いてくれる。

 聞き上手な彼は私が話す言葉に相槌を打ってくれるし、話の先を促してくれる。

 その事が嬉しくてもっと自分の事を話した。

 そう、自分の事だけ。彼の事は付き合う前と同じ事しか知らない。

 彼と付き合っていると思っていたのに彼の事を知ろうとしなかった。

 それに気がついた時、私は彼に別れを告げる事にした。


 付き合い始めてちょうど二ヶ月。

 今日、私は彼に別れを告げる。

恭一きょういちくん、私たち別れましょう———」

「はい、嘘告お疲れ様です」

 えっ!?嘘告って何!?

 彼の言葉に驚き伝えたかった言葉の続きを話す事ができなかった。

 彼は踵を返すと振り返ることもせず立ち去っていった。

 私を残して。


 私が本当に伝えたかったのは『恭一きょういちくん、私たち別れましょう』の後に続く言葉。

 『今まで私は恭一きょういちくんと付き合えたことで舞い上がってあなたの事が見えていなかった。一度、距離を置いてあなたと付き合っていきたいんです。もっとあなたの事を知った上で改めて告白させてください』

 ホントは別れたくない。でも、距離をおかないと同じ事を繰り返すと考えてこの言葉を伝えようと思った。

 今までの彼なら落ち着いて聞いてくれると思ったからだ。


 それなのに彼は『はい、嘘告お疲れ様です』と言って私の元を去っていった。

 彼には私の告白がだと思われていたのか……

 そう思うと彼が私の手をとらなかったことを理解した。


 ああ、おかしいなあ景色が滲む。

 空を見上げた私の頬を涙が流れた。

 人目も憚らず泣き続けた。

 私は失恋したんだ……


 泣き続ける私の元にきた響子きょうこちゃんに失恋した事を告げた。

 響子きょうこちゃんは恭一きょういちくんに対して凄い剣幕で怒っていたけど、なんで彼は『嘘告』って言ったのかその事に疑問を投げかけてきた。

 私も冷静になって考えればどうして恭一きょういちくんはそう思ったのかが分からない。

 その日、響子きょうこちゃんは私を家まで送ってくれた。

 彼女が友達で良かった。




 数日が過ぎ、私は恭一きょういちくんに会いに行く勇気が持てずにいた。

 彼の誤解を解く事ができずに今日まで過ごしている。

 響子きょうこちゃんは別の高校に恭一きょういちくんと同じ学校の出身者がいる事を調べてその人に話を聞いて来てくれた。

 その話を聞いて彼がなぜ私の、いえ、誰が告白しても嘘告と思うのか理解してしまった。

 付き合う相手が彼の事をちゃんと見ていない。

 自分のどこが好きと訊かれて『なんとなく』と答える。

 彼女が彼氏に答える最低な理由。

 人並み以上にモテて告白されている彼、そんな事をずっと繰り返していれば人間不信にもなる。イジメられないためには嘘告を受け入れるしかないだろう。私がその立場なら同じようにすると思う。

 彼にとって全ての告白が嘘告に思えているのだろう。


 私はもう一度、恭一きょういちくんと向き合って今度こそ私の言葉を信じてもらう。信じてもらえる様に頑張る。


 そう思って恭一きょういちくんに会いに行く。

 あの時伝えたかった本当の言葉を伝えるために。

 恭一きょういちくんは体育館の方に歩いていた。私も靴を履き後を追いかける。


 そうして私の行動が遅かった事を目の当たりにした……

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