王は夢を見た。その夢のお告げの通り、怪しい占い師がやってきた。


 占い師は王に告げた。


「もうすぐ呪いの子が生まれる」


 その頃、王の妻である王妃は子を身籠っていた。


 王妃の腹の子が呪いの子だと占い師は言った。王は怒り、占い師を切り捨てようとしたが、それを思いとどまり最後まで話を聞くことにした。


「幼くして亡くなるのなら幸いである。しかし、十度目の夏を迎えた時、その子はこの国に災いをもたらす者となる」


 占い師は生まれてくる子供が男の子であり、体が弱く足が不自由だと王に告げた。それを聞いた王は、やはり聞くべきではなかった、と後悔した。そんな後悔など知る由もなく、占い師は最後にこう告げた。


「『神呪の子』、神に呪われし子供が生まれる。王よ、覚悟しなされ」


 そう告げて占い師は去っていった。


 そして、予言の通り男の子が生まれた。その子供は足が不自由で体が弱く、五歳になるとき生死の境を彷徨うこととなった。


 だが、死にはしなかった。その子は死の淵から舞い戻った。


 母である王妃は息子が生き返ったことを大いに喜んだ。体が弱く足が不自由な子であったが、そんなことなど関係なく王妃はその息子を愛していた。


 だが、王は違った。その子供が呪いの子だと知っていたからだ。


 王は占い師から告げられたことを誰にも言わなかった。息子が神に呪われた子供であるということは王しか知らないことだった。


 王はどうしていいのかわからなかった。


 王は予言など信じてはいなかった。しかし、占い師の予言の通りになるにつれ、王は息子を恐れるようになっていった。


 愛していないわけではなかった。むしろ、体が弱く足が不自由なその子の未来を親として心配し、辛い人生になるだろうと心を痛めてもいた。そして、いつ何が起きてもいいように側で見守るため、その子を王宮から外に出さず、体が良くなるようにと様々な治療を受けさせた。


 そして、十度目の夏を迎えた。死の淵から蘇ったその子は――治療のおかげなのかそれとも別の要因のせいなのか――信じられないほどに元気になり、もう命の心配をしなくてもよいほどになっていた。


 王はそれをも恐れていた。父としての愛よりも恐怖のほうが上回るほどに、王はその子を恐れていた。


 殺してしまおう、と思ったこともある。


 その感情は息子が生死を彷徨い死の淵から舞い戻ったあの日を境に強くなっていった。愛と恐怖とが入り混じり、好意と殺意が心の中に渦巻いていた。


 王は気が付いていた。息子が奇跡的に息を吹き返したあの日から、息子は息子ではなく別人になっていることに。


 息子は無気力な子供だった。自分の足で歩くことも立つこともできず、体が弱く自室からほとんど出ることもできないうえに、日増しに症状はどんどんと悪くなってゆき、そんな自分に希望など持てるはずもなく、幼いながらに絶望していたのかもしれない。


 しかし、生き返ったあの日を境に自分の息子は全くの別人になっていた。病に苦しみ、うつろな瞳で天井を見上げているような少年はどこにもいなかった。


 王はそれが不気味だった。見た目は自分の息子なのに中身は知らない誰かに変わったようにしか見えなかったのだ。


 そして、何かに取り憑かれたように絵を描き始めた。今まで全く絵などに興味を示さなかったのに、突然だ。


 性格も明るくなった。その目には生きる気力が溢れていた。絵と言う生きる楽しみを見つけ、充実した毎日を送っているようだった。


 それは喜ばしいことのはずだった。しかし、王にとっては全てが恐ろしく、不気味だった。


 日増しにその恐怖は大きくなっていった。息子への愛がちっぽけになってしまうほどに。


 そして、十度目の夏が来た。彼は息子を殺すことができず、かといって恐怖を振り払い息子を受け入れることもできず、その時が来た。


 災いの子。神に呪われた子供。


 それは苦渋の決断だった。息子を殺すことができなかった彼が下した、できうる限りのことだった。


 息子に領地を与え城から追放する。今まで王宮に閉じ込めていた息子を別の場所に幽閉しようと考えたのだ。


 これが正しいのか彼にはわからなかった。息子を殺すことができなかった彼にはこうするしかなかった。


 王としては処分するべきであるはずだ。だが父である彼は息子を殺すことができなかった。


 恐ろしかった。生かしておくのも、殺してしまうのも、自分の側に置いておくこともできず、王は息子を自分の目の届かないところへ遠ざけるしかなかった。


 今はまだその時ではないのだ、と王は自分に言い聞かせ、言い訳をし、誤魔化し、先延ばしにした。しかし、いずれ時が来た時のための対策はしてあった。


 息子には王に忠実な老執事を付き添わせている。


 もし、息子が災いのタネとなるならば、その執事が王の代わりに手を下すだろう。手を下すように命令してある。


 それでいい。それでいいはずだ。と、王は自分を納得させる。


 いや、本当にそれでいいのか? それで本当にいいのか? と、王は不安と疑念を抱く。


 王は今日も苦悩する。

 

 息子を怖れ、悩む。

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