転生したら神絵師でした。
甘栗ののね
第1章
トラブルで死んだ少年
頭の上に光の輪を浮かべた天使にしか見えない謎の二人組が少年に深々と頭を下げている。
「この度はご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございません」
「ご、も、申し訳、ありません」
背の高い人物と背の低い人物。二人の天使のような姿の二人が一人の少年に深々と腰を折り謝罪している。頭を下げているので表情は見えないが、背の低い方は肩をかすかに震えており、どこか怯えているようにも見える。
「私共はこの宇宙を管理しております、そちらの言葉で言いますと、天使、のようなものでございます」
二人の『天使』が顔を上げる。背の高いほうの天使は申し訳なさそうな顔をし、背の低いほうの天使は涙目になりながらズビズビと鼻をすすっている。背の低いほうの天使が肩を震わせていたのは、どうやら泣いていたようだ。
しかし、そんな謝罪する二人の天使を前にした少年はというと、一体何が起こっているんだろうと呆けたような顔で目を瞬いている。
少年は、ここはどこなんだろう、と困惑した様子であたりを見渡す。
少年がいる場所はまるで雲の中のようだった。上を見ても下を見ても真っ白で、遠くを見ても先が見えない。見える物と言ったら二人の天使とそのかなり後ろの方に大きな階段があるぐらいだ。
本当にここはどこなのか、と疑問符を頭の中に浮かべている少年に二人の天使が話しかける。
「この度は誠に、私共の不手際で、大変なことに――」
天使が何事かを言っている。だが混乱しきった状態の少年は天使の話が頭に入ってこない。
そんな混乱し困惑した頭にも入ってくる言葉がいくつかあった。そして、その理解できる天使の言葉の中にとても重要なことがあった。
「……僕、死んだんですか?」
天使は言った。あなたは死んだのだ、と。
「はい。様々な事象が重なり、本来なら死ぬはずではなかったあなた様が、このようなことに」
そう言うと背の高い天使は再び深々と頭を下げ、それに合わせて背の低い天使も深く深く頭を下げる。
「申し訳ございませんでした」
「もうじわげございまぜんでじだ!!」
先ほどから背の高い天使ばかりが説明している。どうも背の低い天使は説明できる精神状態ではないようだ。自分がとんでもないことをやらかした、と自覚しているのだろう。
どうやらトラブルを起こしたのは背の低いほうの天使のようである。
「あ、あの、えっと……。なんていったらいいのかな」
気にしないでください、とも言えない。なにせ人がひとり死んでいるのだ。だとしたらどんな言葉をかければいいのか、と少年は考える。怒ればいいのか、泣いたらいいのか。
「それで、これからのことなのですが。あなた様を転生させていただきたいと思っております」
「……転生、ですか?」
そうだ、と言うように背の高い天使がうなずく。
「今回のように本来死ぬ予定ではない方が何らかの理由で死亡し、かつ蘇生することが難しい場合、新しく生まれていただくか、もしくは同じ時刻に亡くなった方に転生していただくことになっておりまして」
そう言うと背の高い天使は背の低い天使に指示を出す。背の低い天使は慌てた様子で腕をわたわたと動かす。すると何もなかった少年の目の前にいくつもの映像が浮かび上がる。
「今回、あなた様と同じ時刻に亡くなった方はこちらの六名となっております。この中からお選びいただくか、まったく最初から人生を始めていただくかのどちらかになります」
少年は目の前に浮かんだ映像を眺めながら、ひとつひとつに指をさして天使に説明を求めていく。それに背の低い天使が答える。
一人目は八十九歳の男性。死因は老衰。
二人目は五十六歳男性。死因は糖尿病による合併症。
三人目は二十八歳男性。死因は麻薬による中毒死。
四人目は二十歳の男性。死因は自動車事故だが、窃盗犯であり事故も盗んだ車を電柱にぶつけたことによる事故死だった。
そして、五人目。
「この方は三十五歳。火事による一酸化炭素中毒死です」
五番目に説明された男性の映像を見る。身なりの良い男性で、住んでいる家も大きくかなりの資産家のようだ。
続いて六人目。
「五歳の男性です。死因は、肺炎、となってます」
少年は六人目と説明された映像に目を向ける。その映像にはベッドの上で静かに息を引き取った小さな男の子と、その男の子にすがり付くように泣く母親らしき女性が映っていた。
「……もし、この中から選ばなかったら、どうなるんですか?」
「先ほどもお伝えしました通り、新しく生まれなおしていただきます。その際は前世の記憶を一切消去させていただきますが、今回の謝罪といたしまして特殊な力をひとつ差し上げることとなっております」
生まれなおす。つまりはまた赤ん坊から始めるということだ。その場合、前世の記憶はさっぱり消え去るが、何か特殊能力を持って生まれることができるらしい。
少年は映像を眺める。それからその視線を自分の両手に移す。
じっと手を見る。少年は自分の手を見つめる。まだ、自分が死んだということが信じられない。気分はどこかふわふわとしていて、考えもよくまとまらない。
「あの、ぼくはどうして、死んだんですか?」
「転落死、です」
「……転落死」
背の低い天使から自分の死因を聞いた少年は思い出す。確か、病院の屋上へ出ようとして階段から足を踏み外した、というのが自分の持っている一番最後の記憶をである。
(そうか、あの後、僕は……)
階段から転落して死んだ。しかも病院で、である。
「助からなかった、んですか?」
そう口に出してから少年は、なんて馬鹿な質問なんだろう、と思う。助からなかったからここにいるのだから当然助からなかったのだ。
「助けることはできました。ですが、先ほども説明しましたが、あなた様が転落した時間と同時刻に『時空震』が発生しまして、その影響で一時的に――」
と説明されたが先ほどと同じく、少年の頭には説明があまり入ってこなかった。
頭が悪いということではない。天使の説明は丁寧ではあったが、聞いたことのない単語や知らない言葉に対する疑問のほうに気を取られて説明が理解できないのだ。ただ、なんとなくではあるが説明の内容はわかった。
どうやらこれは『事故』。突然発生した『時空震』という現象のせいで一時的になんだかのシステムが乱れ、それを修復している間に少年は死んだようだ。そのトラブルを解決している間にいろいろと手遅れになり、そしてここにいる、と言うわけらしい。
そんなトラブルの処理や何やらをやっていたのがこの背の低い天使で、背の高い天使はその上司のようだ。この天使たちは魂の管理をする仕事をしているらしく、背の低い天使は少年の世界を担当する天使のひとりらしい。
「すでにご遺体は火葬されておりますので、ご遺体が残っていれば蘇生も可能だったのですが……」
「申し訳ありません!」
またまた背の低い天使が地面に頭が付きそうなほどに腰を曲げて謝罪の言葉を述べる。その声は先ほどの涙声ではなくはっきりとしており、その声には罪悪感がにじみ出ているようだった。
「本当に申し訳ありません! 本当に」
「あ、あの、頭を上げてください」
今にも土下座しそうな背の低い天使に少年は慌てながら頭を上げるようにお願いする。
「な、なんだかよくわからないですけど、あの、えっと」
本当になんだかよくわからない。よくわからないが、はっきりとわかったことがある。
もう元の世界には戻れない、ということだけははっきりと理解できた。
(結局、かなえられなかったなぁ)
少年は思う。目を閉じて自分の夢を想う。
少年は絵を描くのが好きだった。病弱で、小さい頃は自分の家にいるよりも病院にいる時間ほうが長いというぐらいによく体調を崩して入院していた。階段から足を滑らせた死んだ病院も、少年がよく世話になっていた病院である。
そんな体の弱い少年にも夢があった。絵を描く仕事に就きたい、という夢である。階段で足を滑らせたのも屋上で絵を描くために向かったのが原因だ。階段を上がりきったとき眩暈がして、そのまま後ろへ倒れ、そこで少年の記憶は途切れている。
「時間はありますので、ゆっくりと考えていただいて構いません。何か質問がありましたらお答えできる範囲でお答えします」
質問。何か質問、疑問はあるだろうか。
「もう一度聞きたいんですけど、この中から選ばなかった場合は生まれなおし、赤ちゃんから始めるということで、あってますか?」
「はい」
「その場合は、記憶を全部消してしまうんですよね?」
「はい。その通りです」
少年の質問に天使が答えていく。少年は背の高い天使の回答を受けて、嫌だな、と感じた。
(記憶が無くなっちゃうのは、嫌だな)
思い出す。少年は今までのこと、生まれて十五年ほどの記憶を思い返していく。その記憶のほとんどは病室か自宅の映像ばかりだし、いつも体調を崩して苦しんでいる記憶しかないが、それでもいいこともたくさんあった。
そんな記憶の中でもはっきりと鮮明に残っている記憶がある。それは少年に絵を教えてくれた人物の記憶だ。当時五歳だった少年と同じ病院に入院していた『お姉さん』の記憶である。
少年が五歳だった時、そのお姉さんは十五歳ぐらいだっただろう。そのお姉さんはとても絵がうまく、少年と同じ病院にいた子供たちにたくさん絵を描いてあげていた。
お姉さんは、戦隊ヒーローの絵を描いて、と頼まれればスラスラと描いて渡し、魔法少女の絵を描いて、と頼まれればあっという間に描き上げて、周りの子供たちからは、すごいすごい、と尊敬され慕われていた。
当時五歳だった少年もそんなひとりだった。お姉さんに絵を描いてもらい、喜び、彼女を尊敬し慕っていた。
少年の記憶がよみがえる。五歳の少年がお姉さんと交わした言葉を思い出す。
「どうしてこんなにえがじょーずなの?」
「いっぱい絵を描いたからだよ」
「いっぱいえをかけばまほうがつかえるの?」
「魔法?」
魔法。そう、魔法のようだった。
お姉さんは子供たちからいろいろなものを描いてと頼まれた。その頼みを彼女は一度も断ったことがなかった。描けないと言った姿を、少なくとも少年は一度も見たことがなかった。
「うーん、そうだね。いっぱい絵を描けば、魔法みたいになんでも描けるようになるかもね」
五歳だった少年はその年上のお姉さんに憧れた。まるで魔法のように何でも描くお姉さんのようになりたい、とそう思った。
それが絵を描き始めたきっかけだった。絵を描くことが好きになった理由でもある。
少年はたくさんの絵を描いた。入院中、病室でできることなど限られていたので、とにかく絵を描き続けた。
最初は下手だった。けれどだんだんと上手くなり、上手くなっていくと周囲の人たちから「上手だね」「すごいね」と褒められるようになった。まだ小さかった少年はそうやって褒められるのがとても嬉しく、さらに絵を描き続けた。
お姉さんから絵を教わることもあった。彼女が絵の師匠だった。そんな彼女からはいろいろなことを教わった。
それから月日が経ち、絵が上手なお姉さんは別の病院へ転院していった。彼女がいなくなったことはとても寂しかったが、それでも少年は絵を描き続けた。
とにかく少年は絵を描いた。描くのが楽しくて楽しくてたまらなかった。そして将来は絵を描く仕事に就きたいと、それを目標にするようになった。
画家でもイラストレーターでも、ストーリーを考えるのは苦手だが漫画家もいいなと思っていた。
とにかく絵を描きたかった。自分は絵を描くために生まれてきたんだ、とそう思うようにもなっていた。
だが、もうその夢を追うことはできない。十五歳。十五年。ここで少年の夢への道は終わりなのだ。
終わり。
「……もし、この六人の中から選んだら、記憶は持っていけるんですか?」
少年は空中に浮かぶ死人たちの映像を見る。映像を見ながら天使に質問をする。
「はい、記憶を引き継ぐことはできます」
記憶を持ったまま転生することができる。それを聞いた少年は映像を見つめながら力強く頷いた。
「この子にします」
そう言うと少年は映像のひとつを指さした。それは先ほど説明された病弱な五歳の男の子の映像だった。
「よろしいのですか? この子は体が弱く、それに足が不自由で人の手を借りなければ生活することができません」
「はい。この子で、いえ、この子がいいです」
少年はもう一度映像をしっかりと眺める。目を閉じたまま動かない体の小さな男の子と、それにすがり付き声を上げて泣く母親の姿を見つめる。
かわいそうだ、と少年は思う。同情、哀れみ、そんな感情が湧いてくる。
映像の中で泣いている母親はきっとこの男の子を愛していたのだろう。体が弱くても、足が不自由でも、愛していたから、きっと泣いているのだ。
もし、この子が生き返ったら、この母親は喜ぶだろうか。
(うん。これが正しいんだ、きっと)
少年は決意を固めると改めて二人の天使に告げた。
「ぼくはこの子に生まれ変わります」
「承知しました」
背の高い天使と背の低い天使は頭を下げる。今回は謝罪ではなく少年の言葉に了解したことを意味するお辞儀だ。
「では、転生作業に移らせていただきます」
背の高い天使がそう言うと背の低い天使が何もない場所を掴むような仕草をする。すると少年の体が眩い光に包まれる。その光がだんだんと視界を覆ってゆき、最後には何も見えなくなった。
その時だった。
世界が震えた。
「時空震!?」
「作業を中断し――」
「ダメです! もうま――」
世界が光に包まれていった。天使たちの声もはるか遠くに消えていった。
そして。
「か、は……」
目を覚ました。
「エインスフェルト!!」
目覚めた。息を吹き返した。
「奇跡だ……」
少年は見た。見えたのは天井と、自分の顔を覗き込んでくる女性の顔だった。
「お、かあ、さん?」
少年は声を発した。とても息が苦しかったがそれでも絞り出すように声を出した。
「そうです! 母は、母はここにいますよ!」
そう言うと女性は少年の手を強く握りしめる。泣きはらした顔には涙の跡が無数に残されており、今も新しい涙が女性の目からこぼれだしていた。
転生は成功した。こうして少年は病弱で足の不自由な少年に転生を果たしたのである。
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