3. 麻酔銃? “月の側”?

 気を失った狐男は、蛙男に抱きかかえられて運び込まれた。


「細っこいように見えるが、ヤッパリコイツ、重いな。……はあ、イッパツで仕留められて良かったぜ」


 猟銃と、首から下げていた透明なポーチをカウンターに置く。ポーチには、赤い漆のようなもので縁取られた、バドミントンのシャトルを思わせるなにかが詰められていた。

 わたしがポーチを見ていることに気が付いた蛙男が、説明してくれた。


「コレはコイツを鎮めるための麻酔弾だよ。自由に変化へんげできるのはすげえが、変化するたびに理性を失われちゃ困る」

「変化?」

「シスイはこの“月のがわ”でも特に優秀な種族、狐族で、その中でもエリートだって噂だからな。シスイに助けられたってヤツは多いぜ。普通は変化しても理性は保てるハズなんだが……そのへんは知らん、本人に聞いてくれ」

「“月の側”……?」

「ソコからかよ。まあ、突然“がわ”から飛ばされてきたんだからムリもねえか。すまねえが、コイツを休ませてやるのが先だ。立ち話してちゃオレの肩も壊れちまうしな」


 彼と話して、わたしはむしろ混乱してしまった。

 わたしの常識がなにひとつとして通じないことは明白で、気味の悪い蛙男とも話さざるを得ないらしい。そう割り切ったら案外普通に会話ができた。


 彼は二階へ続く階段を上がっていった。

 わたしは二人の蛙男と兎部のほうに目を向ける。カウンターに座る彼らは、キンキンに冷えたビールを飲んでいる。

 一口飲むごとにぷはあと声を出す彼らは、父親そっくりだ。


 お父さん、わたしのこと心配しているかな。

 ばあば、腰が痛いはずなのに、今日も食べきれない量の夕飯を作ったかな。


 一緒に住む父と祖母のことを思う。

 母はわたしを産んでから体調を崩し、三歳のときに亡くなった。その代わり、母方の祖母がわたしを育ててくれた。父親は仕事で忙しいが、できる限り早く帰ってきて遊んでくれた。

 わたしは父親に似て、幼い顔立ちをしているので、実年齢よりも下に見られることが多い。それを悩んでいたけれど、今は早く鏡を見て、わたしの顔の中に父親の面影を見つけたいと願っている。


 ぼうっと家族のことを考えているうちに、目が回ったときのように気分が悪くなってきた。

 脳が冷えた感覚がして、次の瞬間、わたしは意識を失った。

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