第2話 しゃべるとアメちゃんが
印刷屋どころじゃなくなってしまった。
なんか、さっきの人(人じゃない。たぶん、女神的な何か)、怪しいこと言ってなかったか? しゃべるとアメがなんとかかんとか。
「えっと……僕はどうしたら……」
ああっ! 嘘じゃなかった。
口からアメちゃん、とびだしたー!
それも、一個や二個じゃない。ガサッと一袋ぶんくらいが、口のさきからゴロゴロ地面に落ちてくる。口のなかからじゃないのはラッキー。それだとヨダレだらけになってしまう。けど、それでも砂まみれになるじゃないか! 地面に落ちたアメなんか食べられないよ!
いや、よく見ると個包装だ。個包装なら食えるか。食えるかな……ハッ! それどころじゃない!
僕はあわてて自宅へひきかえす。豪邸の扉をあけてエントランスホールにとびこむと、兄を呼んだ。
「兄ちゃん! たいへんだ!」
「おお、かーくん。早いな。もう街から帰ったのか?」
「街まで行ってない」
「なんだ? 財布でも忘れたか?」
黒い軍服着て背中に黒い羽のあるイケメンが、階段からおりてくる。猛はいいよねぇ。異世界でもカッコイイし、ファンタジーっぽいコスプレ似合うよね。
僕? 僕はあいかわらずの可愛い属性だ。どうせね。どうせ、僕の心はぽよぽよ……。
「たいへんなんだよ! さっき、森のなかで変なおばあさんが、いや、ほんとはおばあさんじゃなかったんだけど、かなり美人な女神さまっぽい何かがいて、お水くれって言うから栄養ドリンクあげたんだよ。それとアメちゃん。そしたら、僕、呪われたー! しゃべるたびにアメちゃんが出てくるようになったんだよ! アメだよ? アメ? どうしろっての? ギャー! 玄関がアメちゃんだらけにぃー!」
ひと声で一袋ぶん出てくるんだから、これだけしゃべれば、僕のまわりはアメだらけだ。アメにうずもれてしまう。
猛は何やらあきれてたが、とりあえず、アメちゃんをひろって一個、口にほうりこんだ。
「うっ!」
「どうしたの? 兄ちゃん?」
コロン。コロコロ。
「ねえ、猛ってば? 毒? 毒でも入ってた?」
コロコロリン。コロ。コロン、コロン。
アメちゃん、ウザイ……。
「美味い! こんな美味いアメ、食ったことない!」
「えっ? そう?」
僕も一つひろって、なめてみた。イチゴ模様の包み紙はストロベリー味だ。呪いのくせに生意気にいろんな味がある。
ほ、ほんとだ。何このアメ?
めっちゃ美味い。ただ甘いとかじゃなく、ちゃんと果汁の味がして、ほどよい甘味と酸味。濃厚イチゴ。
しかもなんだろ? ハチミツみたいなトロっとしたなめらかさと、スーと舌の上に溶けてくシャーベットのほのかな冷たさ。ストロベリー味なのに、中盤、練乳かけたふうになり、最後はあと味さわやかなイチゴサイダー。
一粒で高級チョコかケーキでも食べたかのような満足感。
美味しいだけじゃない。体じゅうから元気があふれてくる! 今なら三徹くらい楽勝だ。そう言えば、元気の出るアメって言ってた。
「全回復効果のあるアメちゃんだな」と、猛は冷静に分析する。
「兄ちゃん。弟が呪われたのに、なんでそんなに落ちついてるの?」
「それ、呪われたわけじゃないだろ? たぶん、ギフトだよ」
「ヤダよ。こんなギフトー! 落ちついてしゃべれないんだけど! てか、そう言ってるあいだに家がアメでいっぱいにぃー!」
子どものころ、不思議なおばあさんに親切にしたら、話す言葉が宝石や花になる女の子の物語を読んだことがある。たぶん、ペローの童話だった。女の子はそのおかげで王子さまとめでたく結婚するんだけど……。
「くぅーっ! なんでアメちゃん? そこは原作どおり宝石にしてよー!」
アメか? アメと栄養ドリンクあげたから、二つを足したようなものが出てくることになったのか? こんなことなら、宝石あげとけばよかった! それか金貨!
「まあまあ、かーくん。いっそ、このアメ、売り物にしたらいいじゃないか。美味い上に全回復だぞ。一粒五十円でも売れるぞ」
この世界の通貨単位はなぜか、円だ。でも、僕らの世界の円とは物価が違う。最安の武器、木刀の値段が五十円だった。お土産の木刀でも僕らの世界じゃ三千円はするから、こっちの物価はそれほど安い。
「一個三千円相当のアメちゃん……ぼるね。猛」
「これ、HPとMPが全回復するやつだ。五十円の十倍でも売れるぞ」
ひこことしゃべれば、ザラッと一袋出てくるのに、一粒五百円。一袋三十個入りとして、一万五千円。その袋が今、僕のまわりには二、三百個はありそうだ。
「でも、違うんだー! 僕は愛する小銭ちゃんといっしょにお金を増やす商売がしたいんだー!」
叫ぶと口からアメちゃんが……。
前途多難。
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