電球

第1話 暗闇

 もう寿命らしい。寿命というよりは、出来が悪く、すぐ駄目になってしまった、というのが近いかもしれない。

 時折、予兆があったので、物は用意してある。しかし、こんなに早く使うとは思わなかった。少し残念な気持ちになる。ただ、清々するという気持ちのほうが強い。ずっと煩わしいと思っていたのだ。

 さて、どこにしまってあっただろうか。意外と思い出せない。唯一わかるのは、買った時のビニール袋に入ったままだったはず、ということのみ。ホームセンターの、白地に緑色の模様がついている、あのレジ袋だ。収納場所に心当たりはない。つまり、部屋のあちこちを探すしかない。

 手探りで部屋を進む。部屋はそこまで広くないが、こんな状況で探し物は苦労するだろう。太陽はとっくに沈み、部屋は真っ暗なのだ。そうして、そこそこの苛立ちと、かなりの鬱陶しさが胸中で渦巻いていく。


「……あああ、めんどくさ。」


 言葉が漏れる。それはぶちぶちと千切れて、部屋に散らばる。そして、こちらをちくちくと刺して攻撃してくる。しかも、気づいたら増殖しているのだ。不愉快な気持ちになる。身から出た錆、というかウイルス。なんて想像をし、馬鹿馬鹿しいので考えるのをやめた。そうして、ぼんやりしていた。

 考えを巡らせていないと、胸がぞわぞわして、ムカついてくる。


「いってぇ……くそが。」


 ほら、こうやって足をぶつけてしまう。挙句に悪態まで。本当に馬鹿みたいだ。いちいち文句を言う自分が嫌になる。ぶつかったのは椅子。家具ごときに、こんなに怒るなんて。ひとまず落ち着こう。

 きちんと考えてみる。自分が物を買ったらどこへ置くか。普段はすぐに整理して収納している。ならば、そこを探せば見つかるだろう。しかし、収納した記憶が一切ない。無意識に片づけたのだろうか。

 とりあえず、収納棚を見てみよう。流石に、床や椅子の上に放置はしていないだろうし。

 本当に真っ暗だ。何も見えない。自分を導いてくれるものはない。当然、助けもない。どうして自分はこんなにうまくいかないのだろう。きっと、もっと要領よく動けただろうに。運のせいか。自分は常に運が悪すぎたのだ。

 少しだけ目が慣れてきた。

 棚の戸を開き、上から下の段まで見た。百均のかごで整理されている。なので、なんとなく物の位置はわかる。今できる最大限で、全体を見たところ、目当てのものは見つからなさそうだ。かごを引き出し、漁ってみる。他のかごでも繰り返す。ない。もう一度行う。やはりない。ここではなかったのか。がっかりだ。


「……まじでどこだ。」


 探し物はエネルギーの消費量が意外と多く、かなりしんどい。とりあえず、探す場所を変えよう。最後にもう一回だけ見た。なさそうだった。

 他にそれらしい場所はあっただろうか。暗い部屋を見回す。瞼が開いているのか、閉じているのか、わからなくなりそう。何とか近くにある本棚の白色で判断している。本の背表紙とは思いのほか明るいものだ。どうでもよい新発見。

 作家ごとに分けれれ、左から一巻の順で並べてある。そうすれば、こんな状況でもお気に入りの本が見つかるのだ。

 今、心惹かれた本。大好きなあの本。それを衝動的に手に取った。パラパラとめくるが、文字は一切読めない。表紙すらもほとんど見えない。それを眺める。

 後味の悪い話が好きだ。最後に衝撃が待ち受けているような。この話もそうだ。


 あ、そうか。思い出した。


 買った時は今すぐ使おうとしたのだ。そのときは明らかに力尽きていた。そこから、なぜか部屋の整理を始めてしまって、そのまま疲れて後回しにしてしまったのだ。

 なぜ整理をしていたのか。

 確か、床がかなり散らかりすぎて、イライラしたのだ。椅子を使っていないと届かないのに、置けないくらい物で溢れていた。だから、床の物を退かそうと思ったのだ。その時に、椅子の上に置いて、とりあえず一緒にしておいた。それで、そのままだ。そのままの位置にあるのだ。自分で思っている以上に、粗雑で中途半端だったらしい。そんなときもあるか。

 はっきりとした心当たりを思い出した瞬間、心がスッと穏やかな気持ちになった。暗くても、そこにあると分かれば、迷いなく歩いて行ける。足場が悪くても、冷静に歩いて行ける。これが希望というものかもしれない。なんとなく口角が上がる。

 椅子にたどり着く。白のビニールが置いてある。やはりあった。思わず鼻で笑ってしまう。収納したと思っていたら、全然そうでもなかった上に、無駄にイライラしながら違うところを探し回っていたのだ。これが自分だ。そうだった。

 自分は案外無知だ。どうやるのかほとんど知らない。おかしなことをやって失敗するより、冷静に調べて成功させたい。失敗したら無駄に大変なのだから。

 スマホを取り出す。圧倒的なブルーライトがきつい。なんて検索をかければよいのだろう。普通にそのままだろうか。それらしく調べてみるが、よくわからない。関係のない相談窓口の電話番号などが出てくる。目を傷つけながらも、何とか正答に近しいものを見つけることができた。うまくいくだろうか。正直不安だ。まあいいか。

 大事なことを忘れていた。程よい紙とペンはないだろうか。偶然近くにペン立てがあった。紙は何らかの裏面でいいだろう。遺すことが大事なのだ。

 何を書き留めておくべきだろうか。後が困らない程度にはしておきたい。現状を書く。といっても、暗くてかなり大変なので、必要最低限の情報だけにした。あまり見えないが、自分は満足なので良しとする。遺すべきことは遺せていると思うのだ。

 椅子を持ってくる。その上に立ち、部屋を見た。少しだけ高い、少しだけの非日常。自分の鼓動を感じる。何とか見上げながら、調べた通りにしていく。背伸びして作業をしていると疲れてしまう。でも、それももう少し。きっとすぐに解放される。

 あと、すこし。


 もうひと踏ん張り。


 頑張れ、自分。

 

 やればできるじゃないか。 

 なんとかできた。

 ここまで来たら、もう終わりだ。

 目の前のそれを見る。円い円い、魅惑を放つ、それ。希望とかそういう明るさすら感じてしまう。寿命が切れる瞬間をもう少しで手に入れることができる。

 とっても明るく、清々しい。

 スイッチを無感情にオンにして、虚無のままオフにする。そんな自分。ずっと気持ちが張り詰めていた。どんな時でも、どんな状態でも。いつしか、どのように切り替えていたのか、今はオンかオフのどちらか、そんなことも分からなくなっていた。

 しんどい。

 もうずっとオフでいいじゃないか。でも、それがうまくできないのだ。

 疲れた。

 暗くなって、明るくなって。オンにして、オフにして。

嫌なことばかり見えて苦しむくらいならば。もういっそ、見ることをやめてしまおう。

 そうして、諦めた。それでよかった。それがよくなってしまった。

 それは自分の中でフィラメントが切れた瞬間だった。どんな電球もフィラメントが切れているのなら、意味を持たない。明るくないのだから。


 それが自分だ。


 目の前の輪へ首を通す。少しだけ緊張する。

 そうして、椅子を蹴倒した。足が宙を漂う。

 体重と、重力と、この世の不条理さを感じた。


 椅子が倒れる音、縄が軋む音を聞いた、気がした。

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