Ouracle

イワプロ

真っ白な幽霊——AT YOUTOPIA

——現実世界での最後の記憶は、外宇宙の住人と交渉を試みて成功した場面だ。私たちがMONOPOLYと名付けたそれは、箱庭を拵えてくれた。私たちだけの理想郷。この世界が生まれ変わるためのサンプル。勝手にも己の夢を叶えるためだけに全ての人々を巻き込む形になることに呵責の念が無かったわけではないけど、目の前に夢を叶える手段があって、それに手を伸ばさずにいられる人がどれだけいるかを考えれば、私たちも結局は凡庸な人類の一部であったことに変わりなかったのだ。希望を抱いて眠りについて、それからのことは覚えてない。希わくは、胸の奥でつっかえるもやもやが、初めてみんなと出会った日のことが、後悔にならないことを——




 目が覚めるとそこには巨大な足があった。ひしゃげたソファ、散乱した工具、無情にも部屋は踏み潰され、壁に空いた巨大な穴から爛々とした陽の光が朝を伝えていた。


 足。人間のものではなく、コードや歯車が剥き出しになった機械の足。それは次の一歩を踏み出すために、私の部屋からガラガラと音を立てて抜けていった。


 目覚ましとしては最悪。開放的な新しい出入口から見下ろせる人々は驚きを隠しきれない様子だった。眠り過ぎて背中が痛いとか、朝はコーヒーだけで良いとか、そういう注文をつけられないくらいには緊急事態だ。起き上がって義手の在処を探していると、さっき空いたのとは別の、本来の部屋の扉が勢いよく開く。そこにはスーツを着た背の高い男が居た。


「君、目を覚ましたのかい!?」

「壁に風穴開けられれば誰だって目を覚ますよ、おはよう、パトリック。随分と老けたね?」

「そりゃあ、君たちが眠りについてから随分経ったからね。せっかくの再会を祝いたいところではあるが、そうもいかないみたいだ」


 風通しの良い机の上に置いてあった義手を嵌めると、地鳴りが辺りに響き渡る。どうやら首都の方向へ向けて機械兵は歩みを続けているらしい。喫緊の事態だ。パトリックと共に部屋を飛び出す。移動をしながら、パトリックに問いかけた。


「対象は?」

「外見から察するにプロト003、廃棄場から部品を漁って組み直したものだと思われる」

「ジャンクを無理やり組み立てられるくらいの知能はあるってことか。誰が操作してるの?」

「確証はないが、恐らくは石の壁教団」

「聞かない名前だね」

「そりゃ、君が寝ている間に幅を利かせ始めた団体だからね。巨大橋梁レインボーフットにおいて最大のギルド、インデクシアの王政復古を大義名分に暴れまわっているゴロツキだよ」

「なんでまたリトリヤなんて辺鄙なギルドに」

「さあね。インデクシアが手に負えなくて外堀を埋めようってんじゃないのかな」

「だとしたらリトリヤも舐められたもんだね。面積だけで国力を測ろうだなんて」

「実際、ここまでの侵入と建築物の破壊を許してしまっているからなぁ、困ったもんだよ」

「町の防衛システムは機能してないの?」

「それが今、この第2管区は計画停電中でね」

「お相手も考え無しではないってわけか」



 建物の外へ出ると、町の人々はみな右往左往しながらも避難している。機械兵に向かって行くのは私たちだけだった。しゃがみこんで義手に力を込める。天啓を集約して、石畳の亀裂に放散した。これで仕込みはオッケー。


「しかし何でわざわざ第2管区なんて片田舎を襲撃するんだろう」


 パトリックを見上げて疑問を投げかける。


「うーん、別にここを落としたところで、我がギルド長の報復によって細胞レベルまで分解されることくらい、向こうも分かっているとは思うんだけどなぁ。そのリスクを背負ってまで求めるもの、珍品名品が隠されているわけでもなし、埋蔵金なんてまやかしだったし、貴金属もとれないし、超古代兵器が隠されているわけでもないしなぁ。あるのは精々圧倒的な軍事力の礎になった機械兵の試作品の残骸と、それを開発して長い眠りについた人間くらいしか——」


「ちょっと待って。だとしたらあいつらの目的は」


 機械兵は首都へと向かう足を止めて、体を180度縦回転させる。


 こいつらの目的は私だ。


「おいおいおいおい! リトリヤの幽霊が眠っているアパート踏み潰しちまってんじゃねぇか!!」

「し、知らねぇよ! ナビゲートはお前に任せるっつったろ!」


 機械兵の頭部にある球体内でレバーをガチャガチャさせながら、随分と大声の痴話喧嘩が聞こえてきた。無免許運転の違法操縦士たち2人の声だ。



「ど、どうすんだよ。死んじゃあ居ねぇよなぁ。幽霊だからもう死なねぇよなぁ!?」


 機械兵はレゴブロックを取り外すみたいに私が寝ていたアパートを慎重に持ち上げて、瓦礫を彼方に投げていく。


「私ならここだよ」


 これ以上被害の拡大を許すわけにはいかない。機械兵に向かって呼びかける。


「死んでなくて良かったぁ。じゃなくて、のこのこと名乗りを上げやがったな馬鹿め!」

「馬鹿め! お前はお前が作った機械兵に踏み潰されるんだよ!」


 生け捕りにするんじゃなかったのか。イマイチ相手の素養を測りかねるが、寝起きのウォーミングアップにはちょうど良い。


「起き抜けにリトリヤの命運を託してしまって申し訳ない」

「これっぽっちで命運を左右されてちゃ、レインボーフットは崩落するよ」


 機械兵は両腕を振ってこちらへ向けて全力疾走してきた。だけど操作は下手くそ。小学校の徒競走でビリが定位置の子どもみたいな走りっぷりだ。せっかく人体を模倣して作ったのに、右足と右手が同時に出て、あごは地面を向いている。これならほんの少しの力で——


「このままじゃぶつかるぞ、退避を!」

「しなくても大丈夫だよ」


 義手を振り、そよ風を吹き込む。機械兵はバランスを崩して瓦礫に足をひっかけ、私たちの数センチ左で転げた。


「目ぇついてんのかてめぇ!!」

「仕方がないだろ! こんな巨大な機械操縦するの初めてなんだから! それに、幽霊のやつ、何かしやがった!」


 何やら操縦席では色々と揉めているようだ。倒れ伏した機械兵は起き上がるそぶりを見せない。



「あっけないな、操縦席を開いて捕縛しよう」


 パトリックはごろつきが内部で内輪もめをしている機械兵に向かって歩いて行った。石畳をかつかつと鳴らす足音に対抗するように、野太いトルク音が響き渡る。


「待ってパトリック、伏せて!!」


 鳴り響いた、耳が裂けるような金属音。前のめりに寝転がる機械兵は両腕を回転させながら上半身だけ跳ね上げ、私の帽子は宙に浮かび上がった。鉄の腕が頭上を薙いだのだ。どうやら機械兵は下半身を切除して、上半身だけで戦うみたいだ。


「どさくさで変形してくるとはね」


 機体の腰に当たる位置にキャタピラが生え、機械兵は戦車のように走りこちらへ向かって来る。あくまでも私を捕えるという目的は完遂するつもりか。


「どうするんだ、さっきのようにはいかないぞ!」


 すんでのところで攻撃を回避していたパトリックも、さすがに焦っているようだ。背の高い自身の上背の、およそ4倍の鉄の集積体が襲ってきているのだ、無理もない。


「大丈夫、攻撃ならもう済ませてある」


 キャタピラが石畳の亀裂を踏んだ刹那、白い光が即席の戦車を包むように円をなす。それはハエトリグサのように、あるいはトラバサミのように機械兵に食らいついた。急停止を余儀なくされた鉄の塊は部品をこぼしながらギシギシと悲鳴を上げる。

 軋みはまだスクラップになるまいと、鋼鉄の機械が意地を張っている証拠だ。


「くそ、早く動かせ! どうなってんだ!」

「今やってるけどうんともすんともいわねぇ! 最悪だよ、何がうまい話だ! お前に乗っかるんじゃなかった!」


 だというのに中ではなお、くだらない押し問答をしているみたいだ。


「武器とてんで足りてないおつむを捨てて今すぐ出て来なさい。そうすれば命までは取らないで上げる。ほら、手の鳴る方へ」


 手を叩くごとに愉快にも機械兵にトラバサミの歯が食い込んでいく。持ってあと3回。別に、動く産業廃棄物が動かない鉄くずに変わるだけの話。


 パチン。手を鳴らすとぶちぶちと機体にぶら下がっていたコードが千切れていく。


「ほら、あと2回だよ」


 パチン。叩いた手に反応してトラバサミは挟む力をより強固にしていく。これじゃあ中身も真っ二つになるだろう。


「ちくしょー!!」


 ゴロツキの叫び。あと1回だったのに。2度目のパージだ。頭部、操縦席の球体だけが飛び出して通りを転がって行った。直後にトラバサミが食らいついていた機械は想定通りバラバラの鉄くずへと様変わりした。


「一件落着だな」


 転がって行った操縦席をパトリックは右足でトラップした。サッカーだったら名ストライカーになれるだろう。生まれてくる世界を間違えたと見える。


「さ、出て来てもらおうか」


 パトリックはレーザー銃で無理やり操縦席をこじ開ける。そして、球体から2人の男を担ぎ出した。抵抗する気力はなさそうだが、念のため手錠と、トラバサミを首に嵌める。


「おや? これはなんだ?」


 パトリックは操縦席の後部座席で、何やらごそごそと布をはぎ取っている。耳をすませば、女の子がか細く呻く声が聞こえてきた。


「町を破壊するだけじゃなく、拉致監禁までしてたの?」


 先ほど捕縛した2人組に訊く。


「あ、いや、それは! 随分と珍しい生き物がいたもんだから、つい」

「これは、ハーピィだ」


 操縦席から鉄の檻を担ぎ上げて、パトリックは地上に降りてきた。


「まぁ、随分と力持ちだね」

「これでも一応鍛えているんでね、とにかく檻を開けよう」


 檻の中では目と口と手と足を括りつけられた幼気な少女——とはいえ腕があるべき場所に羽根があって、足も鳥類のそれなのだけれど——がもごもごと何かを訴えている。


 檻を義手で捻じり開けて、少女を解放した。とにかく何か言いたげなので、さるぐつわを外すと少女は第一声を街に響かせた。


「お・な・か・す・い・たーーーー!!!!!」






「——それで、覚醒の矢先に襲撃を受けた、と」

「というよりは襲撃で目を覚ました、という方が正しいですけど」


 リトリヤの首都である第1管区。そこに聳える巨大な機械の塔である第1本部には、謁見室という部屋がある。無機質なパイプが周囲に張り巡らされており、部屋の中央に鎮座する巨大なモニターが記号的な顔を映し出す。その主はフィブリウムだ。この世界の陸地面積の大部分を占める巨大橋梁レインボーフット。それを支配する5大ギルドの1つ、リトリヤの首長とあまりにも機械的な面接を私たちは行うこととなった。


「ふむ。しかしリトリヤの幽霊。貴君の家は既に73度の襲撃に遭っており、その度に貴君の覚醒を望みながら倒れたゴーレムが97体いる。この襲撃が貴君の目覚めのきっかけだとするのはいささか早計だな」

「……快適に眠りにつけるように過分なお心遣いと犠牲を支払って頂き感謝しています」

「して。そこのハーピィは?」


 もしゃもしゃとリトリヤの完全栄養食を不満げに齧るアビスを、フィブリウムは矢印で指し示した。


「えっと、この娘は」

「私、アビス!! ここにいる義手のお姉ちゃんと、背の高いおじさんに助けてもらったの!!」

「おじさんとは心外だなぁ」

「じゃあ、おじさま!!」

「敬称を改めて欲しいって言ったわけじゃなくてね」

「? じゃあ、おじ?」

「もうそれでいいや」

「……この娘は第2管区を破壊していた石の壁教団を名乗る男たちに捉えられているのを私とパトリックおじで救出しました」

「君は僕とそんなに年は変わらないはずだよね?」


 アビスはおいしくなさそうにしてはいたものの、1週間分の食料を食べつくした。どうやら石の壁教団の2人に拉致されて以来、何も食べていなかったみたいだ。


「そうか。では、その石の壁教団を名乗る男たちはどこに?」


 しばらく静寂が辺りを包む。当然その疑問は湧いてくるだろうとは思っていたけど……。


「あー、それ聞いちゃいます?」

「えっと……取り逃がしてしまいました」


 これは嘘だ。しかし、必要な嘘である。


「……なぜ? そこのハーピィの物珍しさに目が眩んだか? それかまだ寝ぼけているのか?」

「思っていた以上に奴らは用意周到でした。しかし、ご安心ください。トラバサミを彼らの首に仕掛けておきました。そう遠くへは逃げられないでしょうし、次に彼らが機械兵の残骸に触れでもしたら、彼らの頭は炸裂することになるでしょう。それに、トラバサミを探知することで石の壁教団のアジトを見つけるチャンスにもなります」

「ふむ、転んでもただでは起きぬな、リトリヤの幽霊」

「いえ、奴らの逃げ足の速さに不意を突かれてしまいました」


 どうにかなったみたいだ。フィブリウムに生身の犯罪者を引き渡すことほど後味の悪いことはない。


「なんで嘘つくの?」


 私たちの事情など露と知らない少女は、残ったぱさぱさの栄養食をごくりと飲み込むとあっけらかんと疑問を呈した。


「嘘?」


 冷徹なフィブリウムの機械音声が一層低く部屋に響く。


「アビス、しーっ!!」

「あれ、言っちゃ駄目だった? 我らがギルド長さんによる『にんげんのそんげんごとばらばらにぶんかいするきょっけい』はさすがに可哀そうだからって逃がしたんじゃなかったっけ? お姉ちゃんもおじも優しい!」


 慌ててパトリックがアビスの口を塞いだが、みなまで言われてしまってからでは手遅れだ。


「ああ、いや違うんです。これは戦略的な放流と言いますか、敵を欺くならまず味方からと言いますか」

「ほう。それはリトリヤの最高指揮官たるワタシであってもか」


 頭が痛くなってきた。例えるなら上司と部下の間で板挟みに遭う中間管理職のような。


「背信行為は百も承知です。その上で先述の通り、生かしておいた方がメリットも大きいと考えて、独断で逃がしました」

「ふむ。リトリヤの刑罰に対する私的な非難を感じぬわけではないが、今回は起き抜けの緊急事態であったとして、大目に見てやろう」


 乗り切れはしたけど、なんだか思考がぼんやりとしてきた。


「ところで、この娘はどうしましょう?」


 パトリックがアビスを指差す。


「捨ておくわけにもいかないな。パトリック、貴君の家に空きはあるか?」

「いや、僕は構わないですが、妻や暴れ盛りの息子たちがどう思うか……」

「そうか、それではリトリヤの幽霊。貴君にそのハーピィは任せることにしよう」

「ちょっと待ってください! 私の住まいは先ほどぺちゃんこにされたんですよ?」

「なればこそ都合が良かろう? 2人で暮らせる家を探せばよい」


 私には選択権がないみたいだ。アビスを見下ろす。


「私と一緒じゃいや?」


 食べかすのついた顔で見上げてきた。


「いや、じゃ、ないけど」


 頭がくらくらする。視界がぼやける。なんで私はここにいるんだっけ?


「決定だな。自主防衛ができるのであれば、第1管区で家探しをすればよいだろう。ところでリトリヤの幽霊。貴君にミドロがギルド長、トレモロから直々に依頼が来ている」


 リトリヤの、幽霊?


「よろしくね、幽霊さん」


 違う、私は幽霊じゃない。


「私の名前は——」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る