第二章 人形の王子

キラゴ・カシナラ


第二章

人形の王子


 豪華な装飾品に色取られた子供部屋、私はここに居る。

「坊ちゃま、お喜び下さいませ!マギアの書第七巻の貸し出しが許され今届きましたよ!」

侍女のクリノが小さな装飾に飾られた箱を持ち嬉しそうに部屋に入って来た。

「やぁクリノ、それは嬉しい知らせだね早速読み聞かせてあげよう」

ギア・ジウラはそう無表情で答えると、ぎこちなく振り向いた。


 ギア・ジウラはジウラ家の次期領主であるが正確にはそうとは言えない複雑な存在である。

彼は人形であり尚且つ現ジウラ領領主の契りの法のつがいである。はたして彼とも呼べる物なのかとても複雑な存在である。

「あとクリノ…二人きりの際は坊ちゃんはやめてくれるかな?私はまだ女性だった記憶を失いたくはないんだよ…無理にとは言わないけれども」

ギアはクリノに首を垂れてお願いするとクリノは慌てたようにギアの謝罪をした。

「申し訳ございません!姫との約束を忘れてしまうとは侍女として失格であります。つい嬉しさのあまり外での呼称を使ってしまいました」

「はは、大丈夫だよ、クリノもマギアの書の続きを楽しみにしていたものね、その気持ちは理解しているよ」

ギアはマギアの書の入っている箱を見つめ、力強く握りしめた。

「学術都市マギア…」


 ジウラ家領主プラテイユ・ジウラ、彼は138歳と長い年月を生きジウラ領領主として君臨している。

彼はジウラ領が独占するユニコーンの角の薬を使い長寿を維持していると共に、契りの法と呼ばれるフィディラー大陸の呪い、他者との命を共有する呪いのつがいを強制的に生物から人形に移し長い寿命を手にしている。

 契りの法とは、太古の西の王と東の王が交わした和平を理由にした儀式であり、それが呪いとなり大陸全土に蔓延した物である。契りの法に犯された者はそのつがいの者と命を共有することとなり、つがいの相手が死を迎えればそのつがいの者は絶命するものである。

 ギアの体は人形であるが元は人間の女性であった。彼女はプラテイユに見つかると大陸の中心にある底の塔と呼ばれる島の都市マギアにて呪詛を施され人形へと魂を移された。

そんな彼女はジウラ領領主の息子として現在白き蹄の城にて幽閉されている。


 ギアは過去の記憶が薄く自分が女性であったという記憶しかもっていない、クリノは隠しているようだがギアの過去を知っているようで今でもその欠片を見ることがあると不思議なことを言うことがある。

「クリノ、私の欠片について教えてくれないか?」

「あ~それは、うーん…」

クリノはギアが信頼し専属の侍女として使えさせている者である、彼女を信頼する理由は嘘が下手なのだ。

「私は一度しか見たことがないのです、姫様の欠片を、ご自身で見るべきでは無いと断言致します。プラテイユ様はあれらを処分出来ないのです自身の命とも呼べますからね」

「抽象的過ぎて良くわからない、何を隠す必要があるのかそこをまず聞きたいな、父からの命令なのかそれとも違う理由なのか?」

「隣の部屋なのです、あれらは今も生きているのです。プラテイユ様の命と言うより私自身の思いで姫様には見せたくございません」

「…そうか」

歯切れが悪く確信も無い返答に理解が及ばないギアであったが、クリノの不器用な心遣いを汲んでこれ以上は聞かないようにした。また今度日を開けて聞いてみよう。

彼女は記憶のある頃から幽閉されており外の世界も知らず、生きる喜びや苦しみも知ることなく唯の人形として生き続けて来た。彼女が今執着出来るのは絶望的な未来では無く、希望に満ちていたであろう過去でしかなかったのだ。


 プラテイユ・ジウラ、彼はジウラ領領主になる前遥か昔、啓示を得た。それは学術都市マギアの北に位置する底の神の火山と呼ばれる場所で太古の王達が交わした棺の中で契りの法を解く儀式をした際であった。

儀式は失敗に終わったが、彼は棺の中で夢を見たのだ。その夢はドラゴンが舞う城の中で声も体も自由に出来ない老いた姿のままで、ドラゴンを操り大群の軍勢を迎え撃ち戦に勝つと、配下の民衆が城下を埋め尽くし城を揺さぶる雄たけびを上げるのだ。

「西の王!西の王!西の王…!」

彼はこれを啓示と受け、そののち父を殺し、領土を広げ、莫大な富を得た。しかし肝心なドラゴンはいない、

夢が啓示なのなら、ドラゴンを我が物にしなければもうじき死がやって来てしまい、西の王となる夢が夢散してしまう。彼は一日一日を焦り苦しみもがき続け、いつか人ではなくなっていた。

プラテイユ・ジウラは狂人だ、人々はそう囁いた。


 プラテイユの息子であるギアはクリノからたまに真実を聞くことがあった。

「プラテイユ様はご家族を亡くされております…」

クリノは嘘が苦手な為、隠したい真実に触れる際は歯切れが悪くなる。

「クリノ、私には嘘はつかない約束でしょう?私の兄弟達は何故死んだの?」

「…はい、それは聞かない方がよろしいかと…」

「私は人形の体、知識だけが唯一の生きがいなの、わかるでしょう?」

「…そうですね、姫様」

クリノは思いを改めてギアに真実を語り始めた。

「プラテイユ様には正室の他に5人の奥方がおり、次期領主後継者であるシュネイシス様以外に15名のお子様がおられました。彼女彼らは一夜にしてこの世を去られる結果になってしまたのです」

「それは処刑されたと言うことなのですか?何故?」

クリノはギアを見つめ、少し考えたあともう一度ギアを見つめ直した。

「ギア様がお生まれになったのです。プラテイユ様は永遠の命を手にいれたと歓喜しておりました」

ギアは不可思議な思いの中で笑いがこみ上げた来た。

「そうか、ふふ…それはなんと言えばよいのか、父には言えないが、甚だしいとしか…」

クスクスと笑うギアに対して、クリノは複雑な表情を浮かべ、表情の無い人形を見つめるしかなかった。


 自室の窓から見える城下を眺めているとリオス神殿の窓から光が見えた。

窓を開けて眺めているとその光はきらきらと瞬きをする。どうやら太陽に照らされて光をちらつかせているようだ。ギアはその光が自分に向けられているような気がして、部屋の中に光を反射出来るものはないかとゆっくりと見渡した。するともう忘れかけていた手鏡を思い出した。

その手鏡を見ることはギアにとって苦痛であり、自身の無機質な姿を改めて知ることになる自傷行為の道具でしかなかった。故にギアはそれを戸棚の奥底に布を被せてしまっておいたのである。

「そうだ鏡があったな…あれを使おう」

ギアは自分で封印したはずの忌まわしい手鏡を何の躊躇もせずに戸棚から取り出した。長い年月がそうさせたのか、ギアは過去のトラウマを気にしない程に心を壊しつつあったのだ。

鏡の布をとるとそこには顔に赤いあざと赤い目をした美しい人形がこちらを覗いていた。

「やぁ…こんにちは」

ギアは早速鏡を窓の外に向けた。リオス神殿の光はしばらく何の反応も見せなかったが、光を消したり照らしたりと明らかにこちらへメッセージを送るようになった。ギアはそれをうれしがり日が暮れるまで続けた。

「姫様、姫様?」

クリノの声で目を覚ますと窓際で寝ていたことに気づいた。

「夢?」

「はい?」

「あれ、手鏡が無い、やっぱり夢だったのか…」

ギアは先ほどまで持っていたはずの手鏡を探したが見つけることが出来なかった。

「手鏡?手鏡なら戸棚にしまってあるはずですが?お持ち致しましょうか?」

「いやいいのよ、そのままにしておいて、…クリノ一つ頼みがあるの」

「何でございましょうか?」

「私は夢を見ないの、今までは見たことが無いというべきか…でも先ほど見たの、これがどういうことかわかる?」

「うーん、えーと、…わからないです」

「…そうよね、それはそう、私にもわからないのだけれどもこうは考えられないかしら、…啓示」

「啓示?一体どんな夢をごらんになられたのですか?」

「リオス神殿の光と交信するそんな夢、だから少し確かめたいの、遠眼鏡を用意出来る?」

ギアがクリノに書物以外の要求をすることはとても珍しかった。しかも高価な物であった。

「遠眼鏡でございますか、わかりました!このクリノにお任せ下さい!」

クリノは少し嬉しくなった、今までの彼女がどういう理由であれ欲を出すことなどなかったから、そう、ギアの人間性を感じることが出来たからだ。

「しかし、啓示ですか…吉兆であれば良いですね」

「どちらでも良いは、闇も光も私にとっては価値が変わらないもの」

クリノは一言多かったことを後悔した。


 ジウラ領領主の居城、白き蹄の城、そこは導きの目の一人が作り上げた見事な白い城であった。しかし、光輝く白き城も夜の闇に染まれば本来の姿に戻る。

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