第11話 <疾風怒涛>
突然に攻撃を避けられたため、ブラッディボアは困惑した様子だ。
だが、驚くのはまだ早い。真髄はここからだ。
初回だからどうやるのかわからないけど……まあ、これでいけるだろう。
「<疾風怒涛>、発動」
その瞬間、俺の体に電流が駆け巡るような感覚が走る。
これが――スキルか! まるで別人の体に乗り移ったようだ。
「ブルルルァァァァァァァァァァ!!」
「こっちだ!」
なんだこれ。ダメージを受けすぎてハイになってるのか? それとも睡眠時間が足りなくて頭が回ってないのか?
いや、それ以上に――
「ハハハハハハハ!!」
剣を振るい、ブラッディボアの体を切り裂く。血液が宙に舞うのが、目で追える。
<疾風怒涛>。期待以上だ。このスキルの効果は、自分のスピードを高めるというもの!
「ルルグゥ、ガァァァァァァァァァ!!」
突進も、牙も、当たらない。完璧に避けてしまうから。
「隙だらけだ!」
軽くなった動きで、ブラッディボアの胴体に10連続の斬撃を。幹のような体が揺らいだ。
「災難だったな。
俺は渾身の一撃をブラッディボアに叩き込む。
「グ、グ、ガ……ゴォ……」
ブラッディボアは俺のことを数秒睨んだ後、小さくうめいて倒れた。
ギリギリの戦いだったが――及第点だ。
「なんとか勝てたな……」
俺はダンジョンの壁にもたれかかって、ぜえぜえと息をする。
どうやら<疾風怒涛>には時間制限があるようだ。体感的に――多分、1分くらいだろう。
それを経過すると疲労が堰を切ったように襲ってくる。まるで全力疾走した後のように。
「アスラさーん! 援軍を呼んできましたー!!」
お……どうやらティナが来てくれたようだ。
「アスラさん、あとは援軍の皆さんに任せてください! 戦ってくださってありが……ってえ?」
倒れているブラッディボア。そして壁で休んでいる俺。それを交互に見るティナ。
彼女はしばらく硬直すると、ようやく事態を飲み込んだようだ。
「ええええええええ!? まさか、アスラさん一人でブラッディボアを倒したんですか!?」
「ま、そういうことだ。ティナのおかげでなんとか助かったよ」
「いやいやいや! 私何もしてないですし! ……っていうか、アスラさんってそんなに強かったんですか!?」
ティナが混乱して叫び回っていると、援軍の冒険者たちが続いて駆けつけてきた。
「……なんだこれ、どういう状況だ?」
「お前は最弱――じゃなくて、アスラか! 説明しろ、なぜ1層にブラッディボアが倒れている!?」
「説明も何も、俺が倒したんだ。こいつが1層にいるのは、押し付けられたからで……」
そう言おうとした瞬間だった。
「いやー、悪かったな、最弱くん!」
入口の方から遅れてやってきたのは、さっきブラッディボアを押し付けてきた4人組だった。
俺のことを最弱くんと呼ぶ金髪は、ヘラヘラと笑って反省している様子がない。
「お前……さっきはよくも!」
「まあ、いきなりやったのは悪かったよ。でも、楽しかっただろ?
「は――?」
何を言ってるんだこいつは。ブラッディボアは弱っていなかった。っていうか、お前らが逃げてきたせいで俺が巻き込まれたんだろ!?
「どういうことだ、説明しろ」
「簡単なことだよ。狩りから帰ろうと思ったら、そこの最弱くんが1層にいるのが見えたから、5層のブラッディボアを弱らせてこいつの前に
「ふざけるな! そんな理屈が通るわけないだろ!」
当事者の俺からしてみればおかしな話だと理解できる。しかし、
「なあ、何のために最弱――じゃなくて、アスラにブラッディボアを倒させたんだ?」
「だって、こいつゴブリンもまともに倒せないような雑魚なんだぜ? 可哀想だろ、才能もないくせに冒険者にしがみついてばっかりで。だからたまには勝って自信を付けて欲しいと思ったんだ」
「確かに、アスラがブラッディボアを一人で倒せるわけがないしな……」
「違います! この人が言っているのはデタラメです!」
ティナは必死に否定するが、援軍の冒険者たちは金髪の話を鵜呑みにしてしまっている。
「じゃあ、なんでこのお嬢ちゃんは俺たちに援軍を呼んだんだ?」
「さしずめ、ブラッディボアが死にかけなのに気づかないで慌てちまったか、愛しの最弱くんがブラッディボアを倒すのを皆に見て欲しかったんじゃねえか? 本当に見る目がない女だぜ」
「おい、ティナのことは悪く言うな!」
「おうおう、事実を指摘されて顔が真っ赤だぜ? 必死だな、英雄気取りの最弱くんよぉ」
金髪は仲間たちと顔を合わせて笑う。もはや援軍の冒険者たちも、金髪の話を信じ切っていた。
「――で、当然そのブラッディボアを討伐したのはお前じゃなくて、最もダメージを与えた俺たちってわけだ。そこでだ、そのブラッディボアの素材を寄こしてもらおうか」
金髪が俺に向かって手を伸ばす。
素材を渡す――というのは要するに、討伐したことの証明にするということだ。自分たちがブラッディボアを倒した証拠として。
本当ならそんなバカみたいな提案の答えはノーだ。
しかし、状況が悪い。援軍の冒険者も、金髪の話を完全に信じてしまっている。
――何より、俺がギルド最弱で通っているのが逆風になっている。
「……わかった。好きにしろ」
「物分かりがよくて助かるよ。貴重な体験が出来てよかったな、とっとと家に帰って悦に浸っててくれや、最弱くん」
俺はなるべく早足でその場を立ち去った。
「アスラさん!」
「いいんだ、ティナ」
後ろをついてくるティナの顔を見れない。俺は全身を襲う疲労感のことも忘れて、歯を食いしばりながらダンジョンの外へ出た。
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