世界迷作劇場

森嶋貴哉

第1話 桃太郎

 むかしむかし、ある村にお爺さんとお婆さんがいました。

 ある日、お爺さんは森へ芝刈りへ行き、お婆さんは川へ洗濯に行きました。

 お婆さんが川で洗濯物を洗っていると、川上から、やけに大きな-というか、巨大な-桃が流れて来るではありませんか。

 幸い川の流れは緩やかなので、お婆さんは体当たりで受け止める事なく桃を引き上げる事が出来ました。

 腰をいわせたくなかったお婆さんは、とりあえず大きな桃をゴロゴロと転がしながら我が家へと運んで行きます。

 お婆さんが桃に食い込んでしまった小石を取り除き、茶色くなった表面を洗っていると、お爺さんが山から戻ってきました。


「婆さん、こんなでっかい桃どうしたんじゃ!?」


「実はカクカクシカジカで……」


 驚くお爺さんにお婆さんは川で桃を拾った経緯を説明しました。


「不思議な事もあるもんじゃな。新種の桃なんじゃろか」


「私たちで食べようかと思っていましたが、売った方が良いでしょうか」


 お婆さんは首をかしげますが、そうすると話が進まないので、お爺さんが反対して食べる事になりました。

 早速お婆さんが出刃包丁で桃を割ると、なんと、中から赤ん坊が出て来たのです。

 桃ごと赤ん坊をかち割らずに済んでホッとしたお爺さんとお婆さんは、何処ぞに養子へと出す事なく、二人の子供として育てる事にしました。

 名前は桃から産まれたので『桃太郎』に決まりました。安直と言うなかれ。

 それから時は流れて数年後、拾われた赤ん坊はすくすくと育ち大きくなりました。


「おじいさん、おばあさん、私は鬼退治に行こうと思います」


 そしてある日、桃太郎はお爺さんとお婆さんにこう宣言しました。

 どうやら巷で鬼が暴れているという話を聞いたようです。


「急に何を言い出すんだい、桃太郎や」


「そうですよ、危険です桃太郎」


 驚いたお爺さんとお婆さんは慌てて桃太郎を止めようとしますが、正義感に燃える桃太郎は譲りません。


「いえ、私は鬼の非道を見過ごすことなどできません!」


 意見を覆すのが無理だと悟ったお爺さんとお婆さんは早々に諦め、桃太郎の鬼退治の準備を手伝います。

 お爺さんが昔使っていた武具を倉庫から引っ張り出すと、刀は研ぎに出し、鎧や具足は調整に出します。

 何やかんやで数日後、桃太郎が鬼ヶ島へ向かう日となりました。


「では、お爺さんお婆さん、行ってきます!」


「桃太郎、これを」


 全ての装備を整えた桃太郎に、お婆さんが二つの袋を渡します。

 一つは旅費の入った袋です。鬼ヶ島までは距離があるので、ずっと野宿で過ごすわけには行きません。

 もう一つはきび団子です。お婆さんが手ずから作った桃太郎の好物です。


「お爺さんお婆さん、ありがとうございます」


 お爺さんとお婆さんの愛情と年金が詰まった袋を腰に下げ、桃太郎は旅立ちました。

 鬼退治への道すがら、


「ワンワン!」


 犬と、


「キーキー!!」


 猿と、


「ケーンケーン!!!」


 雉ですね。

 きび団子を餌に仲間へと引きずり込んだ三獣士をお供に、桃太郎は鬼ヶ島へと進んでいきます。

 野を超え山を超え、港町に来た桃太郎一行。一人と二匹と一羽が乗れる小さな舟を手に入れると、海へと漕ぎ出しました。

 鬼と戦った事もなく、その規模も実力も知らないのに、本拠地である鬼ヶ島へ戦いに行くという信じられない行動に出る桃太郎たち。

 波に揉まれながらも、迷いのない瞳で舟を漕ぎ続ける一行でした。


 一方、鬼ヶ島では、


「アニキ! アニキ!」


「どうした、おめぇら!」


 鬼の大将である親分鬼の所へ、子分鬼が走って来ました。


「見た事もねぇ舟が島へ向かって来やした」


「あ〜ん?」


 砦の窓から外を覗くと、小さな舟が鬼ヶ島へ近づいて来るのが見えます。


「ハッハッハ! どうやらお客さんが来たみてーだな。もてなしに行くぞ、お前ら!」


「「おーっ!!」」


 相棒の金棒を手に船着場へと集まった鬼たちの前には、桃太郎一行の姿がありました。

 人間と獣の寄せ集め感たっぷりな様子に鬼たちがニヤニヤ笑っていると、人間が一歩前に出ました。


「お、鬼どもよ、この、もっ…も太郎一行が、成敗、してくれ…るぅ」


 恐怖によるものなのか、握った刀の刃はフラフラ、顔色は真っ青、足はガクガク。

 おまけに呂律が回らない口上に、鬼たちは大爆笑です。


「あぁ〜ん、なに太郎がオレ様たちに何しに来たって?」


「うっ、も…も太郎が、おに…退…治だぁ」


 雉に翼で扇がれ、猿に背中を撫でられ、犬に肉球でぷにぷにされながら何とか口を開きます。


「ハッハッハ、戦う前からもう虫の息じゃねぇか。良いぜ、相手してやるよ」


 かかって来い、とばかりに親分鬼が金棒を天にかざすと、桃太郎は勢いよく走りだす-ことは出来ず、ヨタヨタと歩いて行きます。


「よーし、来い来い!」


 親分鬼は桃太郎が自分の間合いに入ると、金棒を右から左へと振り回しました。


「うぷっ、やっぱりダメ」


 ブォン


 頭を狙った一撃はしかし、桃太郎が急に膝をついた為に空振り、外してしまいます。


「ちっ!」


 ならばと今度は縦に金棒を叩きつけようと真上に振り上げ、いざ降ろそうとした瞬間、


「オロロロロロロロロロロロロロロ…………」


 桃太郎が、吐きました。

 びちゃびちゃと石畳に吐瀉物が広がります。

 実は桃太郎、ここに来るために乗った舟で盛大に船酔いを起こしていたのです。

 まだ桃の中にいた頃、お婆さんに桃ごと転がされて揺らされたのが原因かもしれません。

 とにかく酔いやすい体質なのです。これまでは馬に乗る事なく、徒歩中心の生活をしていた桃太郎は、自分の体質などまったく知ることなく生きてきました。

 なので、これが人生初の乗り物酔いです。

 ものすごく気持ち悪いし、頭がぐらぐらします。地面に立っているのに足元がおぼつきません。

 正直、鬼退治どころの話ではありません。

 ですが、鬼の集団を目の前にして「船酔いで倒れそうなので、ちょっと待ってね」とは言えません。

 ですから、胃のむかつきを抑えながら鬼へと歩いて行ったのですが、とうとう我慢出来ずに吐いてしまったわけです。


「喰らえっ!!」


 そんな事は親分鬼には関係ありません。もう一度桃太郎の頭へと金棒を叩きつけようとします。


 が、


「オロロロロロ……うっ」


 吐き終わった桃太郎は横へと倒れ込んでしまいました。

 またも空振りする金棒は、その真下にある桃太郎の吐瀉物が広がる地面を力一杯に叩いてしまいます。


 びちゃぁ


 飛び散る吐瀉物に、辺りに地獄絵図が広がってしまいました。


「うわ、クセぇ!」


「なんだ、この臭いは!?」


 周りへ扇状に広がり集まっていた子分鬼たちへも容赦なく降り注いでいました。

 親分鬼に至っては金棒や全身に満遍なく張り付いています。

 何故か甘ったるい桃のような匂いが周辺に漂っています。桃が苦手な鬼にとっては最悪の事態です。


「なんつー臭いさせやがる。ちきしょう、ふざけんな!」


 手やら金棒やら足やらをぶんぶん振り回しますがまとわりつく桃臭はちっとも薄れません。


「ど、どうした、鬼、よ。勝負は……まだ、これからだぁウプっ」


 鬼どもが阿鼻叫喚と騒ぐ中、いつの間にか桃太郎は立ち上がっていました。片手で刀を握り、片手で口元を押さえながら親分鬼へと近付いて来るではありませんか。


「うわっ、こっち来んなテメェ!」


 子分鬼たちの手前、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない親分鬼は金棒を出鱈目に振り回しながら桃太郎を牽制します。


「わ、わたしはぁ、勝つまで、は……逃げ、ない」


 言っている事はかっこいいのですが、船酔いで残念な見た目が全てを台無しにしていました。


「聞こえねぇのか、来んなっつってんだろうが!」


 えずくようにしながらも歩みを止めない桃太郎に対して、桃臭にやられた親分鬼はどんどん平常心を失っていきます。


「さ、さあ、うぅ……行く、ぞ」


 全身に気合いをいれ、両手で刀を握り構える桃太郎。

 いざ、と親分鬼を見据えた途端、


「やっぱりムリ……オロロロロロロロロロン」


 どうやら余計な所へも気合いが入ったようです。

 刀を杖に棒立ちになる桃太郎。親分鬼にとっては絶好の機会だったが、それどころではありません。

 さらに強まる桃臭に耐え切れなくなった鬼たちは我先にとこの場から逃げ出して行く。


「やめろ、分かった、オレの負けでいい。鬼の財宝をくれてやるから、さっさと帰れ!」


 ついには親分鬼も逃げ出し、砦の前に財宝を積み上げると扉を閉めきってしまいました。

 吐くだけ吐いてスッキリとした桃太郎は、犬猿雉の三獣士と共に鬼の財宝を舟に積むと、お爺さんお婆さんの元へと戻って行きます。

 その様子を窓からこっそりと覗いていた親分鬼は、桃太郎一行の姿が見えなくなるまで、子分鬼たちとひっそりと息をひそめていたそうな。

 水浴びで体に付いた物が落ち、雨で船着場の地面は流れてきれいになりましたが、こびりついた桃臭はしばらく消えなかったという。

 人間に手を出すと碌なことにならないと学習した鬼たちがその後、巷を騒がせる事はなくなったそうな。




 めでたしめでたし。

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