Prat4:幼馴染と添い寝
耳かきが終わった後、紗季と二人でテレビを眺めた。
沈み込むソファーの真ん中で、肩をくっつけながら眺めた番組は、なんだか、いつもより集中して見ることができなかった。
ずっと俺の腕に抱きつきながらケラケラと笑う紗季に合わせて、俺も微笑む。
そして、その番組も終わり、時刻は23時を迎えた。
「ん〜! 面白かったぁ! やっぱりこの番組を見ると、あと3日がんばろー! ってなるよね」
「あぁ、そうだな……」
そう短く返して、小さく息を吐く。俺からすると、あと3日もこの疲労を繰り返さなくてはいけないのか……と、現実を見せられている気分になるのだ。
本当、ガッコーダリィーって言ってたあの頃に戻りたい。
すると、こちらを覗き込む紗季は「ん〜!」と頬を膨らまし、眉間に皺を寄せた。
「そうだなって……お兄さん絶対にそんなこと思ってないでしょ?」
そんな彼女の言葉に、思わず生唾を飲み込む。俺の喉仏がぐるりと音を立てたのを見て、紗季はふふっと鼻を鳴らした。
「もぉ〜、私に嘘は通じないよ? お兄さんと何年ぐらい一緒にいると思ってんの? 私を見くびりすぎぃ〜」
と、イタズラな笑みを浮かべ、俺の頬を人差し指でツンツンする。
やめろ。と彼女の手を振り払うと。あはは! と楽しそうな声を上げた。
「お兄さんのほっぺた、ぷにぷに〜。なんかウケる〜」
「いい加減、揶揄うのやめろ」
「あはは! ね、お兄さん」
そこで一息つくと、紗季は俺の耳に顔を近づける。そして、囁くように、
「ほっぺにキス、してもいい?」
そう、息を吐いた。
どくりと心臓が変な跳ね方をして、思わず顔をのけぞる。そんな俺を見て、紗季は笑い声を上げた。
「お兄さんびっくりしすぎ! 冗談だよ幼馴染ジョーク! もしかして本気にしちゃった?」
いたずらで挑発的な視線を俺に向ける。
だがその瞬間、そんな彼女に抱いていた、俺の中の憤りが溢れた。
「もう寝る」そう短く言葉を吐いて、俺はソファーから立ち上がる。すぐ隣から、「え……お兄さん?」と戸惑ったような声が聞こえたが、それに反応することなく俺は寝室のドアを開ける。
そのまま、ベッドに倒れ込むと、横を向いて布団を被った。
明日の仕事のことを考えながら、そっと目を閉じた。
……。
……ゴソゴソ……。
「……よいしょ……」
静かな部屋で布団が少し持ち上がると、小さな声が聞こえた。
やんわりとした温もり。石鹸とどこかで嗅いだことのある甘酸っぱい匂いに、うっすらと目を開ける。
すると、
「……あ、ごめんね、起こしちゃった?」
息のかかるような近さに、紗季の顔があった。綺麗な瞳がパチパチと、瞬きを繰り返し、元上げた頬が瞳を細くする。
その瞬間、俺の意識がハッとし、思わず上体を起こした。
「——っ! お前何やって」
「さっきは、ごめんね」
俺の言葉を遮るように、紗季が口を開く。ゆっくりと彼女も上半身を起こし、こちらに顔を向ける。
窓の外から差し込んだ白い街灯が、彼女の顔を照らした。
「お兄さんとは、ずっと昔から一緒だったから、距離感近いままで、これぐらいなら大丈夫って思いながら喋ってた。それがダメだったんだよね? だから、ごめんね」
そう言って一息つくと、紗季はベッドの上に正座をして話を続ける。
「でも、本当にお兄さんのこと悪く言ってるつもりはなくて、なんていうかさ……お兄さんのことが……好きだから、揶揄いたくなっちゃったって言うか……」
そう、少しずつ口ごもっていく紗季は、俺から視線を逸らすと、体の前で手をいじり始める。昔から何か恥ずかしいと思っている時に出る、紗季の癖だ。
そして、それは彼女が心から本心を言っている証拠でもあり……。
すると、その瞬間俺の心臓はキュッと締め付けられた。気恥ずかしさと、心地良さが胸の中を埋め尽くしていき、ふとした時に彼女のことを抱き締めそうになるのを必死に耐えた。
とりあえず、何か言わなくては……。
こくりと生唾を飲み込んで、俺は口を開く。
「いや、ダメとか嫌だとかじゃなくて……なんていうか、ずっと俺もドキドキしてて……」
……。
いや、何言ってんだ俺。
勝手に口が動いたかと思えば、なんかすごい恥ずかしいことを、サラッと言ったぞ。
その瞬間に顔の熱が急上昇し、俺も彼女から視線を外す。もう恥ずかしくて顔を見られなかった。
すると、
「……お兄さんも、ドキドキ……したの?」
静かな部屋に、華奢な声がぽつんと溢れる。
それに対して、こくりと頷いた。
「それって、今も、ドキドキしてるの?」
「うん」
「——っ! そう、なんだ……」
そんな言葉の後に、少しだけ静寂が訪れる。まるで初めて告白をしたときのような、恥ずかしさと、その後ろ側に隠れる期待感。
それに駆られて、ゆっくりと顔を上げる。
すると、こちらをまっすぐに見据える、綺麗な瞳がニッと細くなった。
紗季の薄い唇が動き出す。
「ふふっ、嬉しい。私、お兄さんと同じ気持ちだったんだ」
すると次の瞬間、彼女は腕を伸ばし、俺に抱きついてきた。そのまま再びベッドに倒れ込む。
密着した彼女の体は、柔らかくて、温かった。
「……本当だ。お兄さん、すごいドキドキしてる」
「……恥ずかしいから、言うな」
「ふふっ。ね、私の心臓の音は分かる?」
「……いや、分からない」
そう、体と体が密着しているのだが、紗季の心音は分からなかった。きっとその原因は、彼女のタワワに実った胸のせいなのだろう。
すると「じゃあさ……」と、紗季が口を開く。息のかかる距離で目が合った。
「触って確かめてみてよ、お兄さん」
「いや、でも……」
「……あ、そっか。言い方変えるね。ね、お兄さん、私の心臓の音、触って確かめて欲しいな。その大きな手で同じ気持ち、確かめて?」
紗季の手が俺の手を掴み、ゆっくりと上へ持ち上げていく。
大人として触れてはいけない、それは理解しているのだが、なぜか腕に力が入らなかった。そして、俺の手は柔らかいものに触れた。
「んっ……どう? 感じる? わかるまでしっかり触って」
手のひらにに伝わる、早いテンポの鼓動。
「……紗季の心臓、早い」
「……うん。お兄さんに触られたら、もっと早くなっちゃった」
そう魔性的に息を吐くと、彼女の手が俺の頬に触れる。その華奢な人差し指が少しずつ下に下がっていき、俺の唇をなぞった。
「……ねぇ、お兄さん。キス……しよ?」
俺の視界の先で、彼女が唇を舐める。唾液で濡れた唇は、テカテカとしていた。
「今とキスした後、どっちの方が心臓早いか、確かめて?」
艶やかな声と、うっとりした瞳がゆっくりと近づいていく。鼻先にかかる甘い吐息が、少しずつ熱を帯びていき、そして……。
「……え、お兄さん?」
唇が触れる瞬間、俺は紗季の肩を優しく押した。
戸惑った顔に俺は言う。
「ごめん紗季。でもこれは超えちゃダメな線だ」
「——っ! そう……だよね……あはは、ごめんね、お兄さん」
「でも、なんて言うか、紗季が高校卒業したら、その時は……」
「……え、いいの? 私が高校卒業したら、キスしてくれるの?」
「まぁ、その時は」
「絶対! 絶対だよお兄さん! 約束だよ!」
「あぁ、約束な」
そう言って、俺はやんわりと微笑む。目の前の彼女は嬉しそうに目を見開くと、「やった!」っと、再び俺に抱きついてくる。
ふわりと舞う石鹸の香りと、紗季の匂い。
「お兄さん、大好き!」
「俺も好きだよ、紗季」
「うん。……ふぁぁ……なんか嬉しすぎて、眠くなってきちゃった……ねぇ、今日はこのまま一緒に寝ちゃお? 朝が来たら絶対起こすから、だから……」
紗季のトロンと下がった瞼が閉じる。そして寝落ちする直前。
「おやすみ、お兄さん……大好きだよ……」
紗季の寝息が、心地よく耳に残った。
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