それぞれの道、そして真実



「いただきます」


「……なぁ、なんでこんなクソ寒い真夜中にテメェと膝突き合わせて飯食わなきゃいけねェんだよ」


「文句があるなら外で食え」


「はいはい、いただきやーす」


 真上を走る電車の轟音を聞きながら、十成と犬飼は薄暗い部屋の中でカップラーメンを頬張り始めた。

 ……ダンボールで囲われただけの、小学生の秘密基地みたいなその空間を部屋と呼べるのかどうかはいささか疑問が残るが、どちらもそこにはツッコまずに無言で麺を啜る。お湯は、隣のホームレスと交渉してお裾分すそわけしてもらった。


「ずずずっ……あー、ラーメン美味ええ〜」


「……美味いって言いながら僕のを取らないでくれるかな」


「美味え美味えすっごい美味え」


 犬飼は無視してブロック肉を強奪していく。いちいち怒るのも億劫になった十成は、それに目を瞑りながら別の事を訊ねる。


「それで、異能の方はどうなんだ。暴走は制御できそうか?」


「無理」


 即答し、十成のカップから今度はメンマを奪う。


「けど、そう何度も発動はできねェっぽいな。出力が高い分インターバルが長いんだろうよ。あとしばらくは魔壁もアレコレ出来ねえだろ」


「わかるのか?」


「まァ、大体な。けど俺の勘が正しけりゃ、明日までだ」


 つまり暴走するまでのインターバルそのものが、十成達のタイムリミットでもある。ここから二十四時間以内に暴走への対策を講じながら、同時に岸風、ファングへの突破口を切り拓かなくてはならない。

 ファングを切り崩す算段なら、一つ気になる事があった。


「シルバーバレットの件。雲村から聞いたよ」


 橋が止まり、犬飼はカップを床に置いた。鋭い目付きには疑念が滲んでいる。


「チッ……なんでテメェが」


「岸風がシルバーバレットの構成員を撲殺して、その尻拭いの為にお前はファングを退しりぞいた。けどその事件自体が、魔壁の罠かもしれない」


「んなモンどうやって調べんだ。証拠ねェだろ」


「ああ、連中も物証を残すようなヘマはしない。となると、当時の関係者に直撃する他ないだろうね」


 仕事柄、近隣の半グレやカラーギャングの溜まり場は把握している。シルバーバレットの本拠地に乗り込み、当時を知る者に洗いざらい吐かせる。それぐらいしか手段はない。


「事は一刻を争う。君にも色々と手伝ってもら──


「その事だけどよ」


 犬飼は唐突に啜るのを中断して、その前に二百円を叩きつけるように置いた。

 珍しく食事代を払う気になったのかと思った矢先──犬飼はなんの脈絡もなく、宣告した。




「辞めるわ、隣人倶楽部ここ




 突然の辞表に、十成もまた箸を止めた。

 実のところ、完全に予想外という訳ではなかった。彼の無機動さには毎度苦心させられるが、仮にも数年共に修羅場を潜った中だ。


「どうせテメェは『だから岸風と喧嘩するな』とかかすつもりなんだろ?」


「戦う必要はない。お前らを殺し合わせて得するのは誰か、よく考えろ」


 無駄と分かりつつも、十成は引き留める方便を模索してみる。案の定、犬飼はウザったそうに上を向いて溜息を吐く。


「そんなんで今更戻れたら誰も苦労しねェよ、バーカ。もうこれしかねェんだ」


 犬飼は拳を握り締めながら、段ボールの部屋の外へと出ていく。十成も追い縋るように続き、呼び止めた。


「今のお前じゃ誰にも勝てない」


 行手をさえぎられたように、犬飼は道の真ん中で立ち往生した。


「今の岸風はもう今までのアイツじゃない。本気でお前を殺して、組織を変えようと足掻いている。けど今のお前には、岸風の覚悟を超えるだけのものはない」


「……だったらどうした?」


 辛うじて出てきた反駁はんばくも、十成は容赦なく打ち消す。


「繰り返すようだが、ここでお前らが殺し合っても、得をするのは魔壁達だけだ。少し頭冷やして考えれば馬鹿でもわかる」


「頭のよろしい探偵さんにはわからねェだろうなァ」


 犬飼は深呼吸して、今一度自分の置かれた状況を考える。

 わかっている。今の岸風と自分とじゃ、その実力も精神力も雲泥の差だ。何も背負うものがない野良犬に、プライドも何もかも捨てて戦う岸風が負ける道理などない。


「……だからこそ、これしかないんだよ」


 だが、それは犬飼が尻尾を巻いて逃げる動機には至らない。


「勝敗なんざクソ喰らえだ。ここで逃げたら、俺そのものが終わる。自分テメェが終わるぐれェなら死んだ方がマシだ」


 舌を出しながら中指を向けて、犬飼は足早に闇の中へと去った。これ以上の説得は茶番にしかならないのは、その背中を見れば明らかだった。


「……ま、こんなんだろうとは思った」


 別れの挨拶も無しに消えた犬飼を眺めつつ、十成はぼやく。

 だが、これしかない。お互いのやり方で真相に近づくしか、自分の過去を解き明かす手段はないのだ。

 お湯を分け与えてくれたホームレスに感謝をした後、犬飼とは別方面に歩み始める。

 二人の男が、それぞれの真実を目指して進み始めた。

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