怪物
轟音。石灰の煙と破片が一面に舞い上がる。さっきまで自分が居た場所に、直径六〇センチメートルのクレーターが完成していた。
ビル風がびゅうっと吹き荒び、煙の向こうに居る巨躯が顕わとなる。
第一に目についたのは、潜水艇のパーツを寄せ集めて作ったような装甲と、機械の顔の真ん中に嵌められた、真っ赤な光を撒き散らすガラス窓。
拳は指の先まで鉄を張り巡らせて武装しており、背中に背負った緑色の液体を抱えたタンクから伸びるチューブが、血管のように全身に
その怪物は、生き物と評するには余りにも奇妙で──同時に、機械と呼ぶのも
まるで、生命と機械の中間に在るモノとしか、言い表しようがない。
「────────」
鳴き声は、至近距離で聞くと不愉快なぐらい喧しく、不明瞭だった。
全身を機械で覆った怪物はその単眼のガラス窓で十成を捕捉したまま、左の拳を上げる。
十成はそれを回避しようと立ち上がり──急にその場に倒れ込んだ。
「っ……こんな時に!!」
眩暈と不快感に押し倒され、地面に縫い付けられたように動けなくなる。十成が逃げようとしたタイミングで、
「
叫び、地面に潜った。そのままコンクリートの中を突き進み、怪物から数メートル離れた背後の壁まで回り込み、浮上する。
しかし、
「────!!」
怪物は首根っこを掴み、十成を持ち上げる。肺から押し出された空気が行き場を失ったまま、十成は柱に背を押しつけられた。
ズシン、と鉄とコンクリートの板挟みにされる。今の一撃だけで肩甲骨にヒビが入ったのを、静かに感じた。
首にかかる握力が増していく。万力で締めるように、ゆっくりと気道と脈が押し潰されて、視界に灰色がかった
どこまでも逃がさない追跡者。平衡感覚を狂わせる空間。
二重の壁に押し潰されながらも、酸欠の頭で思考を続ける。
どうすればいい。
どうすればこの状況を打破できる。
どうして怪物は追いかけてくる。
どうして感覚がおかしくなっている。
元より自分の命に執着などないし、死の恐怖もない。そんなものはとっくに自分の中から抜け落ちている。
世界が灰色になり、ピントが合わなくなる。鉄でできた指が喉奥まで食い込む。
鉄でできた指。
人間の手のサイズとしてはあり得ない大きさの手と指。
「っ……
もう空気なんて残っていない喉を無理矢理動かして、十成は背後の柱に手をやり、
そのまま、怪物の腕ごと柱の中に連れ込んだ。
「────?」
怪物は自分の指が柱の中に沈んでいく様を、不可解そうに眺めていた。
そして、その期待は見事に的中した。
「そこでじっとしてな」
怪物は柱に手を埋め込まれたまま、何が起きたのかわからない様子で叫んでいる。
十成は地面に潜る。幸いにも前後左右はともかく、上下の感覚は狂っていない。
しかしこの空間では、どの道逃げ場はない。ビルから脱出できないよう意図的に感覚を操作されている以上、真っ先に考えるべきは、逃走ではなく怪物、及びこの結界の無力化だ。
「────────!!」
怪物もただ見過ごすつもりはない。逃げる十成を、水の中を泳ぐ魚を捕捉するように赤い視線で追いかけながら、拳を柱から引っこ抜く。
既に十成は遠くにいる。だが怪物には、十成がどこの階に居座っているのか、手に取るように探知できる。
泳いでいるのは、五階の中央階段の踊り場。そこで方向を見失い、ぐるぐると同じところを回っている。
怪物は排熱処理も忘れて、頭に血の昇ったままビル内を突き進んでいく。ドアを突き破り、地面にヒビを入れながら、踊り場へとたどり着く。
その目線を上に向け、狙いを定めた。十成は階段の踊り場の、その天井に潜んでいるのを見てとった怪物は、そのまま天井ごと十成を粉砕しようと拳を掲げる。
それこそが、十成の狙いだった。
「────────!?」
瞬間、天井から大量の粉が雪崩れこみ、頭上を覆った。
怪物が動揺しているうちに、十成は階段を駆け上る。何度も壁にぶつかりながら、かろうじて渡り切ると、再び
十階。怪物が十成を発見した階まで戻ったのを確認し、追いかける。
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