ゆるふわデスゲーム。女の子達がノーペイン(痛み無し)・無限復活で一か月間サバイバル生活するだけ
浅草文芸堂
2日目 コンビニ廃墟内
海岸沿いに建つ、朽ち果てたコンビニ。
そこは昼なお薄暗い。
虫がかさかさと逃げ出していった。
その奥で配列棚に置かれた段ボール箱に手を突っ込んでいる少女がいる。
「……やったぁ! 今度はチョコバーだぁ!」
制服姿の少女だ。
両サイドの髪はまとまって揺れている。まるで少女の心の動きを表すかのように大きく弾む。
「これで少しは生き延びられそう……!」
「もしもーし! 誰かいる~?」
突然の呼びかけを耳にし、少女は身を竦ませた。
小動物のように一瞬身体を固まらせ、それから恐る恐る背後を振り返る。
「あ~! いるじゃん! ええっと、桃園さん……だったよね?」
コンビニの入り口に少女と同年代の少女が立っている。
制服の上に黄色いパーカーを羽織った少女。
長い髪を後ろで結んでポニーテールにしている。
リュックを背負い、その手にはライフル。
「……萌黄、さん?」
「なつみでいいよ! 桃園さん、どしたん? 大丈夫? お腹空いてない?」
ライフルを手にしながら、萌黄なつみは気遣わし気な口調で言った。
桃園はそのライフルから視線が外せない。
つばを飲み込む。
つい懐にある物に手を伸ばしてしまった。
それは先ほど拾ったばかりの物だ。
硬い。
その感触を確かめながら、桃園はなつみに謝った。
「ご、ごめんね?」
「うん? 何が?」
「ええっとぉ……わたし、初心者だからよくわかってなくってぇ……ここにあるもの、勝手に取ったりしたらダメだった……?」
「ううん、別に誰のものでもないから、落ちているものは何でも使っていいはずだよ。あたしだって、ほら! これ、ガソリンスタンドで拾った奴だし!」
そういうなつみは手にしたライフルを振って見せた。
銃口が一瞬、自分に向いて、桃園は息を呑む。
「え、えへへ……そうなんだ……」
「……で、桃園さんはさ? 今、何を持ってるの?」
「え?」
「今、ここで何かいいもの拾った?」
ライフルの銃口が、すー、と上がる。
ように、桃園には見えた。
「……教えて?」
「こ、ここでは、ほら。チョコバーを見つけたよ? わたし、チョコバー好きだからラッキーだったねぇ! えへへ、へ、へ……い、いりますか?」
桃園はチョコバーを取り出し、差し出す。
チョコバーは震えている。
「え⁉ いいの⁉ ……でも、これって桃園さんの好物なんだよね? せっかく見つけたのに、もらえないよ」
「い、いいのいいの! わたしはまた見つければいいし、こ、これは、お、お近づきの印に、ね? 仲良くやりましょうよぉ……」
「じゃあ、これってあたしと友達になりたい……ってこと?」
「そうそうそう! プレゼントだよプレゼント!」
「ええー? いいの? あたしなんかと友達に……う、嬉しいけど……じゃ、じゃあ、これは遠慮なくもらっておくね……」
躊躇いがちにチョコバーを受け取る萌黄を見て、桃園は深い息を吐いた。
身体の緊張が緩む。
そんな桃園の姿を見て、萌黄なつみははにかんだ様に笑った。そして、
「これだけ?」
「……え?」
「他にも何か見つけてないの? ほら、あたしみたいに」
と、萌黄なつみは手にしたライフルを構えて狙いをつけた。
「こういう武器とか……持ってる?」
「え、あの……持ってないよ?」
桃園は目を左右に揺らしながら答えた。
桃園のサイドテールも小刻みに揺れる。
こめかみの辺りを、つっと流れ落ちる汗。
それから、早口で喋り出した。
「武器とか怖いし。そんなのあったら誰かを傷つけちゃうかもしれないもん。人を傷つけたら自分も痛いんだよ? 危ないよ。だから、も、もし持ってても使わないかなぁ?」
「……そうなんだ! 桃園さんは優しいんだね!」
萌黄なつみは大きな笑みを浮かべてくる。
心底嬉しそう。
「こんな状況でも人を傷つけたくないと思えるってすごい! きっと優しいご両親に育てられたんだね! あたし、桃園さんのこと、これまでよく知らなかったけれど、こうして知り合えて嬉しいな。へへ、あたし、桃園さんのこと好きかも。もう友達……だもんね?」
「わたしも萌黄さんとあんまり話したことなかったけど、そんな風に笑うんだね。……えへ」
「萌黄さんじゃないよ、なつみだよ。……ねえ! あたしも桃園さんのこと名前で呼んでもいい?」
「え。あ、うん。……あの、笑わない?」
「? 笑うって何を?」
「……わたしの名前。……ネコっていうの。桃園ネコ」
「えー! かわいい! ネコ……ネコちゃんかあ!」
萌黄なつみは甲高い声を上げた。
桃園ネコは頬を赤らめ、もじもじする。
「……やっぱり名前で呼ばれるの恥ずかしいよ……」
「ええー? いいじゃん、ネコちゃん! すっごいあってると思う! さあ、ネコちゃんもあたしのこと、ちゃんと名前で呼んで!」
「え、えっとぉ……なつみちゃん……?」
「いいねえ~! お互い、これからはそれでいこう!」
「え、これから……?」
なつみはとびきりの笑顔で答えた。
「そうだよ! これからあたしたち2人で頑張っていこうね!」
「……それって、わたしとなつみちゃん、仲間ってこと……?」
「うん!」
力強い頷き。
桃園ネコは大きく息を吐く。
それから、両サイドの髪が弾んだ。
「……よかったぁ! 仲間になってくれてありがとう、なつみちゃん! わたし1人でずっと心細かったから、でも、なつみちゃんと一緒ならもう怖くないねぇ!」
「あたしこそありがとうだよ、ネコちゃん! そうだ! これあげる!」
と、なつみは地面に缶詰を置く。
まともな食料に、ネコの喉がごくりとなった。
「ネコちゃん、お腹空いてるんじゃない? 取りな取りな!」
「い、いいのぉ?」
「ほら、これもこれも」
カップ麺やレーション、水入りのペットボトル、それに何かを焼いた肉が置かれていく。
ネコは恐る恐るまず1個。それから、夢中で拾いだした。
「じ、実は昨日から何も食べれてなくて……! こんなに……い、いいんですかぁ~?」
「防寒具なんかも必要だよね? あとジャンクも。それにこれとか」
パーカーが置かれ、その傍にねじやギアといった鉄くずが置かれる。そして、その横にはなつみが持っているのと同型のライフル。
缶詰を一瞬で平らげたネコはパーカーを着込み、ジャンクと呼ばれる鉄くずを拾った。
ライフルも手に取る。
一気にまともな装備を手に入れ、ネコの声は弾んだ。
「わぁ~! やったぁ! ありがとう、なつみちゃん! 大好き!」
「……拾ったね?」
「うん♪ ……え?」
なつみの手にしたライフルの銃口は、まっすぐネコの頭に向けられている。
なつみの瞳には光がない。
笑顔も、だ。
「ライフル、拾ったね? ……武器とかいらないんじゃなかった……?」
「へ、えへ……こ、これは違うじゃん……?」
「ネコちゃん、これでわたしを殺せる力を持ったねぇ?」
「え、ええ⁉ なつみちゃんのこと、こ、殺したりしないよ⁉」
ネコは手にしていたライフルを放り出す。
床に転がり、重い音を立てるライフル。
「ほら、たまたま勢いで拾っちゃっただけで、別にいらないからぁ……! だから、なつみちゃんも落ち着いて? ねぇ?」
「……あたしのこと、殺さない? ……あたしのこと、好き?」
「……す、好きだよ? 色々食べ物をくれたり……ありがとうの気持ちしかないよ! そんななつみちゃんを、わたしが撃ったりするわけないでしょぉ⁉ ねぇ、こーわーい! 絶対、そんな悪いことしないから許して!」
ネコは両手を上げ、懇願する。
床にへたりこんで、じりじりと後退り。
どん、と背中をコンビニの配列棚にぶつけてしまった。
棚から段ボール箱が落ちてきて、ネコの真横に転がる。
なつみはそんなネコの取り乱しぶりを見、それから放り投げられたライフルに目をやり、にっこり笑った。
「……そっか……。なら、よかった! ネコちゃん、わたしのこと好きでいてくれるんだね?」
「好き好き大好き!」
「……じゃあ、ちょっと身体検査していい?」
「え⁉」
「ネコちゃんが本当は何を持っているのか、確かめさせて?」
「ひぇ……でも、それは」
「大丈夫、女の子同士だもん! 少し触るだけだから! 変なことしないよ?」
「ちょ、ちょっと待って!」
ネコはもたもたおどおどと立ち上がろうとして、手を滑らせる。
バランスを崩し、片手を『待て』をするように差し出して、半身になった。
「て、手持ちの物なら今全部差し出すから、ちょっと待って……」
ネコはその手を自らの懐に入れる。
ドーン!
なつみのライフルが火を吹いた。
ネコは衝撃で打ち倒され、ダウン状態となる。
「なんでぇ⁉」
ネコは悲鳴を上げた。
「なんで撃ったの⁉ どうしてぇ⁉」
「ダウン中だと持ち物漁れるから、この方が身体検査するには確実なんだよ」
「今、荷物全部見せようとしてたじゃん⁉ 撃つことないでしょぉ⁉」
ダウン中で、応急処置してもらわないと30秒ほどで死ぬネコは声を張り上げた。
と、ネコの所持品を確認していたなつみが首を振る。
「あれ? ネコちゃん、これ何?」
「え? なぁに?」
「ネコちゃん、リボルバー持ってるねえ? 武器は持ってないんじゃなかったの?」
ネコの懐から出てきた拳銃を、なつみはこれ見よがしにネコの前にぶら下げた。
ネコはぷっと膨れる。
「それぇ!? もう、よく見てよ! リボルバーだけで弾ないでしょ⁉」
「……ほんとだ」
「でしょぉ⁉ だから、そんなの持ってても撃てないの! 撃つ気なんかなかったのに、ひどいよぉなつみちゃん!」
「ありゃりゃ、ごめんて、今すぐ処置するから」
なつみはネコにすぐさま処置を施した。
ダウンから回復するネコ。
ぷりぷりしながら、リボルバーを取り返す。
なつみはそれを見て、邪気のない顔で微笑みかけた。
「ねえ、ネコちゃん? 友達なら撃たれても許してくれるよね?」
「ちょ、もう! 信じられない! わたし身体検査されたんだし、今度はわたしに身体検査させて!」
ネコは傍らに転がる段ボール箱に手を突っ込む。
そこには、先ほどネコが咄嗟に隠したリボルバーの弾丸があった。
全部で3発。
それらを素早く手の内に収めると、今度は親指で素早く3発とも弾き上げる。
そして、それぞれ落下してくる弾丸を回転するシリンダーの中にすぽっすぽっすぽっと装填。
「友達なら撃たれても許してくれるんだよねぇっ⁉」
ダンダンダンッ。
ドーン。
「あーあ、撃つから……撃たなければ撃たなかったのに」
「ひどいよぉ⁉ なぁんで!? なぁんでわたしのこと殺したの⁉ うええええん!」
桃園ネコは自分の所持品をその場に残して、リスポーン地点へと飛んだ。
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