第5話 商業都市ヨールティ

「あっ!あの壁、ヨールティだよね!」

「ピッピピー!」


 約一週間の旅の果てに、ようやく都市の外壁が見えてきた。やっと街で休めるのね……!

 うにぴーと空間魔法で負担は軽減されていたけど、それでもかなり疲れがたまってきたわ。

 アイシャも元気に見えて、出発当初より動きが鈍い。早く休ませないと、また大ケガをしそうで心配……。


 都市の外壁は堀に囲まれていて、大きな石橋がかけられている。その上を冒険者や旅人に加え、大小様々な荷馬車が行き交う。

 王都にも人や物は多く集まっていたが、ヨールティは商業都市なのもあってか、人々から賑わいが感じられた。

 通行人たちの今日泊まる宿や食事の話、家族に頼まれた土産の話などが耳に入ってくる。


「ヨールティに来るのは拝命式のお祭り以来だよ。街のあちこちにお店があって、夢中になってるうちに迷子になっちゃったんだよなぁ」

「ふふ……十歳くらいだと、まだそんなものよね」


 商業都市ヨールティは、街の中心に大きな教会を有している。数え年で十歳になる者は、夏の祭典の折に拝命式に参加する決まりなのだ。

 おそらく国内では多くの人にとって、人生初にして最大のお祭り。私は病床に伏してたから、話でしか聞いたことないけどね……。


 外壁の南門を通過して市街地に入ると、まだ夕方なのに夜の帳が降りたよう。建物の中からは光が溢れ、酒場や食堂らしき店からは活気のある声がしてくる。


「すぐにでも休みたいところだけど……冒険者ギルドに寄ってもいいかしら?王都で受けた荷運びの依頼を終わらせて、換金したいのよね」

「実は私も用があるんだ。ミーアさんに紹介された宿屋の場所を、ここのギルドで聞くことになってて」


 南門から続く大通りを進むと、大きな広場に出た。その周囲を囲むように、主要な施設が軒を連ねている。

 冒険者ギルドもそのひとつで、荷馬車ごと入れそうな巨大な倉庫まで併設されている。それだけ規模の大きな仕事も、たくさんあるのだろう。

 ギルドに入ってすぐのロビーも広々としていて、受付のカウンターは高価そうな石造りをしている。


「ヨールティ冒険者ギルドへようこそ。受付を担当します、イグサです。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「王都バルコアで輸送依頼を受けて、荷物を運んできました。受取りお願いします。あと……」

「バルコアギルドで紹介された、宿屋の場所を聞きに来ました」

「かしこまりました。ではまず、荷物の受領手続きからさせていただきますね」


 私は依頼書をイグサさんに手渡す。王都を出発する前に、期限の余裕がある輸送依頼を複数受けていたのだ。

 ヨールティは物価が高いと聞いていたので、少しでも稼いでおきたくて。荷物は異空間に入れておけば、破損や盗難の心配もないしね。


「こんなにたくさん?荷物はどこにあるのですか?」

「今、出しますね。うにぴー、手伝って〜」

「ピピー!」


 私はクロークの影から荷物を出し、重たいものはうにぴーがカウンターまで持ち上げてもらう。


「まずはウエストパイン宛に子供礼服を百着。トミーザ雑貨店に商品木箱を四箱」

「ピッ!」

「中央教会に魔力回復薬を二十箱」

「ピッ!?ピピ……ピィ…… 」

「私も手伝うよ、うにぴー」

「それと、リドア家宛に婚礼衣装一式。マーディ家宛に双子用乳母車」

「ピィ……ピィ……」

「あとはコボコボ宿屋宛に小包二個、以上です」

「すごい量ですね。一体どうやって運んでいるのか……」


 イグサさんは不思議そうに私を見回したが、まぁいいかと、すぐに荷物の確認を始めた。あまり深くは詮索せず、仕事優先の人のようね。


「確認終わりました。全ての依頼完了です。こちらが報酬になります」


 報酬金額は二十万ポンデほどになった。王都からの移動のついでだったけど、良い金額になったわ。

 大体二週間ほどの生活費といったところかしら……落ち着いてこの先の計画が立てられそう。


「あとは宿屋の案内でしたね」

「はい!お願いします!!」


 アイシャは紹介状をイグサさんに渡す。イグサさんは紹介状を確認すると、少し意外そうな顔をしてメモを書き始めた。


「バニ宿屋はヨールティ西地区にあります。地図のメモをお渡ししますが、大通りからかなり奥まった場所なので、お気をつけください」

「わかりました」

「ありがとうございます!イグサさん」


 ようやく仕事も終わり、あとは宿屋に向かうだけ。久々にベッドで休めるのね!

 私たちはイグサさんにお礼をし、冒険者ギルドをあとにした。

 うにぴーはエネルギー切れで、一足先に私のクロークのフードに収まっている。


「トミーザ雑貨店の脇の道を入っていくのか。あっ!あのお店だね!」


 地図を手にしたアイシャが、行き先を先導してくれる。大通りを一本裏に入ると、一気にあたりが暗くなった。


「少し先の二本目の路地を曲がる……あそこの道か」


 更に奥まった路地にはいると、小さな看板があちこちに立っていた。それになんだか……お酒くさい……。


「ねぇ、本当にこの道で合ってるの?」


 人通りは多くないが、ときどき店の前に立つ女性とすれ違う。

 女性たちは皆一様に怖いほど綺麗で、とても生地の薄いドレスを纏って微笑んでいる。


「大丈夫だよ。ほら、あの突き当たりのお店!」

「ええっ!?」


 目的の建物にはバニ宿屋と書かれた、ボロボロな板が掲げられていた。板の下には色の薄れた別の看板、その……兎耳族女性の艶かしい仕草の看板が残っている。


「ミーアさんが私のおこづか……所持金で泊まれるところを探してくれたんだ」

「なんで勇者が私財(おこづかい)をなげうって魔王討伐にむかってるのよ……」

「なんと一部屋一泊二千ポンデ!」

「二千ポンデ!?」


 あやしい、安すぎる。ヨールティの宿屋の相場は、一部屋一泊一万ポンデぐらいって聞いていたのに。


「お金ならあるから、今からでも別の宿を探そう!?」

「そんなの、ミーアさんにもバニさんにも申し訳ないよ!大丈夫だって、行こう!」


 アイシャは私の手をとると、迷いなく店に突入したのだった。



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