千の目を持つもの【フリー台本】
江山菰
千の目を持つもの
*登場人物
こよみ・・・22歳くらいの女性。良くも悪くも普通
〇(名前なし)・・・Aと同年代の男性。冒頭部のみに登場する。柄が悪く、台詞僅少。
みよこ・・・25歳くらいの女性。声は若いのにどこかおばちゃんみたいな雰囲気で。
*演技・編集上の注意
・作品ジャンル:ヒューマンドラマ寄りのオカルトファンタジー。
・指定していない箇所のSEやBGMは任意で。
・声を張ったアニメ風の演技は不可とします。
*以下本文
場:かなりな山奥
SE:車が止まる音、車のドアが開閉する音(運転席)、開く音(助手席)、人が放り出される音
こよみ「きゃあっ」
○「いい気になってんじゃねえ、誰がお前みたいな金もねえブスとつきあうかよ」
こよみ「だって、50万なんて大金、ほいほい貸せないじゃない! 今までだって……」
○「(被せて)ブスのくせにカネカネうるせえんだよ! 二度と連絡してくんな」
SE:車のドアを開ける音
こよみ「(SEに被せて)待って! 置いてかないで!」
SE:車のドアを閉める音、車のドアか窓を叩く音、あるいは車のドアの取っ手をガチャガチャやる音
こよみ「(SEに被せて、悲鳴のように)待って! ねえ、待ってってば!」
SE:車が走り去る音。木々のざわめきの音、鳥(フクロウやほととぎす)の声を適宜指定箇所までずっと流し続ける
こよみ「(車が走り去った後、少し間を置いてから鼻をすすりつつ切れ切れに)ここ……どこなんだろ……(立ち上がって)いてて……スマホで地図見れば何とか……(残念そうに)ああ、圏外だ……とにかく、人のいるところまで出なきゃ」
SE:ヒールのある靴でよろよろ歩く音
こよみ「あっ」
SE:つまづいて転ぶ音
こよみ「ヒール、折れちゃった……最悪。なんのためにおしゃれしたんだろ、私。(徐々に泣き出し)好きだったのに……ほんとに、好きだったのにな……ひどいよ……ひどいよ……(うずくまったまま本格的に泣きじゃくり始めて)……もう、立てない……歩けないよ(ここからしばらく泣き声)」
SE:泣く声を打ち消すように、山の環境音をボリュームアップし、2秒ほどで次の台詞用にボリュームダウン
みよこ「あら、こんなとこでどうしたの?」
こよみ「(鼻を急いですすり上げて嗚咽を抑えながら)あ、あの、……私、彼氏と喧嘩して、車から降ろされて、転んじゃって……」
みよこ「ケガしたの? 歩ける?」
SE:立ち上がって服から汚れを払う音
こよみ「あ、歩くのはなんとか……でも、ヒールが折れちゃって……」
みよこ「これ、履いて」
こよみ「え……藁……草履?」
みよこ「なにも履かないよりいいでしょ。鼻緒のところには綿を巻いてるから痛くないと思うわ。ほら、そのフットカバー取って」
こよみ「ありがとうございます……」
みよこ「あなた、この山を降りて帰りたいんでしょう? 道案内しましょうか。ねえ、夜々見様、一緒にいいでしょう?」
SE:藪をガサガサ鳴らす音
夜々見「(藪から登場し、ゆっくりと、一つ一つの発音を少し伸ばすように)我が
こよみ「(被せて、声になるようなならないような小さな悲鳴を適当に短く)」
みよこ「あ、びっくりした? こちらは夜々見様。めったなことではお出ましにならないのよ」
こよみ「(小声で)あの……、この人、何て言ったんですか?」
みよこ「この人、じゃなくて夜々見様って呼んでね。んーと、私がうるさく頼むから仕方ないって言ってる」
こよみ「(小声で)なんで夜々見様って顔を布で隠してるんですか? 」
みよこ「やっぱり不気味?」
こよみ「……うん、それに、夜なのにちゃんと前が見えてるのかなって……危なくないですか?」
みよこ「それがね、ちゃんと見えてるのよ」
夜々見「(みよこの台詞の終わりに被せて)人の子の我が眼をおじぬよう覆いたり」
こよみ「おじぬって?」
みよこ「怖がらないようにってことよ」
こよみ「(独白)……じゃあ、あの布の下は、私が怖がるような顔があるんだ」
みよこ「ま、気にしないで。私、みよこっていうの。あなたは?」
こよみ「こよみっていいます……」
みよこ「(笑って)私の名前を逆に読んだらあなたの名前ね」
こよみ「ほんとだ……あ、私の伯母もみよこって言う名前で、それを逆読みして私の名前にしたって母が言ってました」
みよこ「そう……お母さんは元気?」
こよみ「はい。私より元気なくらいです」
みよこ「それはよかったわ。……じゃあ、行きましょうか」
SE:歩く音を指定箇所まで強弱をつけて流す。
こよみ「(間を置いて)あの、みよこさん」
みよこ「ん? なあに?」
こよみ「なんで巫女さんみたいな着物着てるんですか? 夜々見様も、それって、なんか、古文の教科書で見たみたいな服……たしか、
みよこ「ああ、この山、小さいお社があってね、八年にいっぺん巫女舞が奉納されるの。で、私に白羽の矢が立ったってわけ。巫女舞やるにはちょっとトウが立ちすぎてるんだけど、集落には他にやれる人がいなくてね。夜々見様のお召し物も、うーん……気にしたら負けっていうか、そんな感じ」
夜々見「身に纏うものなど、かろくここちよからばよし」
みよこ「(笑って)でも、こんな山の中、夜々見様と私を見たら多少は気味悪いわよねえ」
こよみ「(困ったように)あはは」
間。
SEの山道を歩く音を少し大きく流し、時間経過を示す。
こよみ「あれ、どうしたんだろう……何でこんな道に入ってるの? いつのまにか……ここ、道路から外れて、藪の中に入ってる……」
みよこ「どうかした?」
こよみ「私たち、車道を降りてたはずなのに、何でこんな林道に入ってるんだろうって」
みよこ「大丈夫、こっちが近道なの」
こよみ「でも、林道なんて真っ暗で危ないんじゃ……」
みよこ「真っ暗? じゃあ、何で今歩けてるの?」
こよみ「あっ……ほんとだ、なんでだろ」
みよこ「(笑って)ね、空を見てみて」
こよみ「あっ!」
SE:ここあたりから足音は不要
BGM:フェイドイン。
みよこ「綺麗でしょう。この辺りは梢の隙間の星明かりでも真夏の月夜くらいには明るいの。気づかなかった?」
こよみ「すごい……これ、天の川、ですよね?」
みよこ「ええ。たくさんの小さな星が煙ってるみたいでしょ」
こよみ「初めて自分の目で見た……肉眼で天の川なんて、都市伝説かって思ってました。なんだか、星が降ってきそう」
夜々見「玉の緒の絶えたる星もあまたあり」
こよみ「え?」
夜々見「星の光の、この
みよこ「こよみちゃん、夜々見様が言ってるのはね、星の光って何百年とか何千年とかかけて地球に届くじゃない? だから今現在、光って見えていても実際は死んでいる星がたくさんあるってことなの」
こよみ「考えたことなかった……なんだか寂しい話ですね」
夜々見「われらもまた、まれびとぼしとも変わらぬ、
こよみ「それは、どういうことですか?」
夜々見「われらはすでに……」
BGM:フェイドアウト。
みよこ「(夜々見の台詞を遮って、気を取り直すように)……さあ、行きましょう。もうちょっと歩いたらドライブインのうどん屋さんがあるの。もう閉まってる時間だけど、そこまで出ればスマホも使えてタクシーも呼べるわ」
SE:山を歩く音を再開
こよみ「(しばらくして)あ、あのうどん屋さん! 来る途中で見た!」
みよこ「ここまでくればもう大丈夫。私たちの道案内はここまでよ」
こよみ「ありがとうございました。……でも不思議……来るときは、このお店を見てから、一時間くらいは車で走ったはずなのに、私が歩いたのって30分くらい……いくら近道でもおかしいんじゃ……」
みよこ「そういうものなの。ラッキーって思っとくといいわ」
こよみ「そういうものって?」
みよこ「この山では、星月夜には不思議なことが起こるのよ。そんな不思議を祀ったのが私が舞を奉納したお社なの」
夜々見「(不審そうに)いずくにいかなる不可思議ぞある?」
みよこ「(諭すように)夜々見様には普通でも人間には普通じゃないの」
こよみ「みよこさんと夜々見様のおかげで家に帰れます。本当にありがとうございました」
みよこ「(ちょっと笑って)よかった、無事にあなたを返せて。もう変な男に引っ掛かっちゃだめよ」
こよみ「はい、気を付けます」
夜々見「(空気を読まない感じで、ふっと尋ねて)なんじ、望まばこの山に永劫にとどまるもよし。いかにする?」
こよみ「えっ?」
みよこ「(慌てたように)夜々見様、この子はご容赦くださいませ。(慌てた口調のまま、こよみに向き直り)さあ、行って。車道に出るまで、もう振り返ってはだめ。わかった?」
こよみ「え? どうして?」
SE:梢を渡る風の音
こよみ「あ!」
みよこ「……さっきの風で、夜々見様のお顔、見えたでしょう。もうこれ以上関わらない方がいいわ。さあ、早く行きなさい。無事に帰りたければ、あの道路に着くまでふりむいてはだめ。……さようなら、こよみちゃん。おばあちゃんとお母さんを大切にしてね」
SE:完全にSEを消す
BGM:少し不安になるような2~3秒空白の時間を作ったあと、フェイドイン
こよみ「(独白)私は言われた通りふりむかずにドライブインのうどん屋さんへ行って、タクシーを呼んで家に帰ってきた。タクシー代は相当かかったから、お財布が空になって、……でも、帰れてよかった。彼と散々な別れ方をしたのもそんなにつらく感じなかった。悲しいのも吹っ飛ぶくらいの不思議に出会ってしまったから」
思い出しているような間。
こよみ「私の伯母は20代で他界してるんだけど、山奥の小さな神社で舞を奉納したことがあるって母が言ってた。あの時何で思い出さなかったんだろう。……集落は過疎化が進んでなくなって、お社もどこにあるかわからなくなってしまったんだって。航空写真で拡大してみても、全然見つからなかった」
こよみ「祖母にそのお社には何が祀られてたのか聞いてみたらね……星空だって。四季に移ろい、時を教え、暗闇に道を示す、あの星空を祀ってたんだって。(話すのをためらうように)あのとき、風が一瞬吹いて、夜々見様の顔を覆っている布がひらっとなって……見えちゃったんだ。あれは、人じゃなかった。なにか真っ黒い、よくわからないもやみたいなものの塊で……夜空の星みたいにびっしり目があって、そのたくさんの目が私を見てた。善悪の向こう側みたいな、何も感じさせない目で、怖くはなかった」
こよみ「神様は祀られなくなると力をなくしていくって聞いたことがある。どんな気持ちでみよこさんが今でも夜々見様に仕えているのか、何を思って夜々見様が星のことを話して、ずっとここに居てもいいと言ったのか、今思えばちょっと切ない。特に、こんな星の夜には……ね」
BGM:台詞末尾から3~4秒くらいのところでフェイドアウト。もし切りの良いところが来たら普通に最後まで流す。
――終劇。
千の目を持つもの【フリー台本】 江山菰 @ladyfrankincense
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます