クトトリア広場の笛吹き男
城島まひる
1話:せいれいしゅーごー
クトトリア広場には一風変わった笛吹きがいる。白いスナップ・ブリムを目深に被り、朱色のトレンチコートで身を隠した男だ。
外見こそ奇抜な格好だが、男の演奏するフレデリック・ショパンの"Nocturne op.9 no.2 Chopin"は見事なものだ。
それこそ金を払ってまでより良い音楽を聴こうとする、もの好きたちの集うコンサートホールで演奏されていてもおかしくはない。
しかし誰一人として彼に興味を抱かず、街の人々は笛吹き男の前を通り過ぎていく。
*
動物も昆虫もいない不気味なガレクの森を抜け、目的地であるアトリア宗教国が目視できる距離まで来ていた旅人エクリル。
白いエナン帽子を目深に被り、あまりの暑さに毒づきながら、アトリア宗教国の中にあるクトトリア広場と呼ばれる場所を目指して歩いていた。
アトリア宗教国に着くと、エクリルはすぐに街の人たちの注目を集めることになった。
その人たちの大半が男性であり、汗でぐっしょり濡れた白いワンピースに透ける肌色が、注目の的となっていた。
しかしそれを気にした風もなく、エクリルはどんどん街の中央、クトトリア広場へ歩みを進めていく。
「ちょっとそこの痴女、止まりなさい!」
アクセサリーショップから出てきた小柄な少女が声を張り上げる。それは明らかにエクリルに向けられたもので、街の人たちはエクリルの反応を待った。
それに対するエクリルの反応は無視である。いや、そもそも自分に対して言っているのだと、気づいていない様である。現に...
「暑い、暑すぎるよ。石畳の街道とか最悪...」
と不満を漏らしている。
それを意図的に無視されたと思った小柄な少女、イヴォンはちょっと無視しないでよ!と怒鳴った。それでも無視されたイヴォンは右手で握りこぶしを作り、そっと口につけると吹き矢のように息を吹いた。
「───── っ」
瞬間、エクリルのエナン帽子が質量を持つ風の塊によって飛ばされた。エクリルは驚き、思わず歩みを止める。そしてゆっくりと風を飛ばしてきたイヴォンの方に向くと、ニッコリと笑みを浮かべるや一瞬で姿を消した。
否、消えたのではない。水へと変身したのだ。街の人たちはその光景に驚愕の声を上げ後退りした。
しかしイヴォンは至って冷静で、ゆっくりとエクリルが立っていた場所にできた水溜りへ近づき...
引きずり込まれた!
イヴォンの体は水溜りから出てきた6本に及ぶ水色の腕によって、水溜りの中へ引きずり込まれてしまった。
今度こそ街の人たちはパニックに陥った。ある者は教会に助けを求め、ある者は我が家へ逃げ帰った。
*
そこから少し離れた路地にて、自慢の長髪を2つに束ね、肩に回し大人っぽさを演出したつもりの少女アルゥ。
アルゥは大通りから聞こえてくる街の人たちの悲鳴を聞くと、壁から背を話し飴玉を口に含んだ。
その仕草一つで絵になるのがアルゥの魅力だが、ここでは割愛する。
飴玉を口の中で2, 3転がしたあと、しゃがみ込みコンコンと石畳の地面を叩いた。
と次に起きた光景は、驚愕の一言に尽きる。
なんと先程水溜りへ消えていった筈のエクリルとイヴォンが、石畳の地面から吐き出されるようにして出てきたのだ。取っ組み合いながら...
その光景を微笑ましげに眺めながらアゥルは、人差し指を口元に添え何か考える様な仕草を取る。
するとこぶし大はあるだろう石が2つ空から降ってきて、エクリルとイヴォンの脳天に直撃した。
「...んっクリーンヒット♪」
アゥルは笑いを堪えながら呟いた。
「痛いじゃないアルゥ」
「んー?私じゃない」
「アンタしかいないでしょ!大地の精霊であるアンタにしか、上空から岩を落とすなんて出来ないわよ」
「そうねアルゥにしか出来ないわ」
イヴォンの意見に便乗するかのように、イヴォンを水溜まりに引きずり込んだ張本人であり、水の精霊であるエクリルは言った。2対1は不利だと判断し逃げ腰になったアルゥは、だって二人とも喧嘩してたし・・・と呟き、イヴォンとエクリルから睨まれていた。
何はともあれこうして無事、水の精霊エクリル、風の精霊イヴォン、土の精霊アルゥがアトリア宗教国に集合したのであった。
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