第10話 学年ミーティング

 時はあっという間に過ぎ、桜が若葉に変わる五月頃。

 月に一度行われる、学年ごとのミーティング。

 部活の日課であるブレストレーニングを終えた後、各学年事に集まってミーティング……つまり、定例会議のようなものを開く。どこの部活でもやっている所は多い。

(ミーティングなんて、また懐かしいものを……。)

 体育座りをしながら、ほのかはそんなことを思っていた。

 中学の頃を思い出すと、あれよあれよと蘇ってくる惨状。「〇〇先輩厳しすぎ……」「楽器が重たい……」「もう辞めたい……」等と、当時ほのかの学年は色々と重い感情を持っている者が多かったからだ。それなりにハードではあったため、確かに辞めたくなる気持ちも分かる……と、内心納得していた事を今思い出し、少し身震いをした。

 ……が、高校生になって今はどうだろうか。そのようなことを話す子は、見る限り一人も見当たらない。練習は厳しいとは言えないが、ここまで何も無いのも逆に不気味だとほのかは思っていた。

「ミーティングかぁ、何を話すんでショ……」

『最近どう? とか、気になった事とか?』

「なんだかインタビューみたいデスね」

 ほのか含む一年生がいる音楽室Aは、主に合奏をする場所だ。やよい曰く、二年生は美術室A、三年生は美術室Cと、距離が遠く、お互いの学年の音や声が一切入らないように部屋を離したり分けたりしているそうだ。

「邪魔しにきたよ〜。お、揃ってんねぇ」

 ノックも無しにガラッと扉を開け、やよいが入ってくる。立ち上がり、お疲れ様です、と声を揃えて言う一年生に「うん、おつかれ。初めてのミーティングだから、一年は私がつくね。あ、座って座って」とほのかの隣につく。

『どうして私の隣なんですか……』

「いーじゃん、同じダブルリード族なんだし」

「……」

 ……明らかに嫌そうな顔をしたほのかだが、「全員揃ってるね。じゃ、始めるよ」とフルシカトをかましてやよいが仕切り始める。

「まずミーティングの仕方ね。ここにでかぁいホワイトボードがあります。これ、裏面何も書いてないから、自由に使ってくれて構わないからね」

(フルシカトされた……。)

 グランドピアノの横にあったホワイトボードを引っ張り出してきてくるりとボードを回転させる。真っ白なボードが表に出て来て、やよいがペンでなにやら書き始めた。

「……? えっと……「今日やること」?」

「そ。初めてだし、今回はいつもと違うものと、あとリーダー決めもしないとだしね」

(リーダー……。)

 ある程度書いたところで、見えやすいようにとやよいがしゃがみ込む。「自己紹介」「リーダー、副リーダー決め」「夏コンについて」「MTで話すこと」と四つの事項が書かれており、ペン回しをしながらやよいが立ち上がる。

「正直、一ヶ月経ったところでみんながみんな顔を合わせたわけじゃないと思うの。だから、まずは自己紹介から! お互いにお互いを知らないと、団体生活って難しいからさ。

 名前、好きな物、嫌いな物、担当楽器、吹奏楽を通してどんな風に成長したいか……この五つかな。うーんどうしよう。誰から発表する? 箕輪から行く?」

『なんで私なんですか』

「なんでって、だって一番近くにいるしぃ」

『んなアホな』

 どっと笑いが巻き起こる。「箕輪さん、ツッコミ上手すぎ!」「お笑いコンビ組めそう」と追い打ちが入り『ええい、静まれ静まれ!』と端末をブンブンと周りに見せるほのか。

「ワタシが翻訳しましょうカ?」

『お願いします……』

「んじゃ、箕輪が打ってる間に、みんなも考えといてくれる?」

 ぽちぽちと端末をいじり、やがて出来上がったのか端末を菫に渡す。「うお、長……くはないカ」とポツリ呟いた菫は、続けて端末に書かれている文字を読み始めた。

「えっと、『一年四組、箕輪ほのかです。好きな物はお茶漬け、嫌いな物は数学、担当楽器はオーボエです。

 今は失語症の関係で声が出せないけれど、音やこの端末を通してみんなと仲良くなりたいと思っています。

 どんな風に成長していきたいかがあまり思い浮かばなかったので少し違った内容になりますが、経験者としてみんなの役に立ちたいです。教えられる所が多いと思うので、困った時は聞いてください。みんなで同じラインに、同じステージに立てればと思っています。』……デスって!」

 おぉー、と拍手が起こる。「よろしくね、箕輪さん」「困ったことがあったら言ってね!」と、良心的な反応ばかりだった。

『ありがとう、菫』

「ガッテン! って、この流れ、次はワタシデスか?」

「当たり前っしょ、安城? さー行ってみよー!」

「えぇ〜……分かりまシタ……えっと、一年四組、安城菫デス! 好きな物は……」

 隣で自己紹介を始めた菫を見ながら、ほのかは端末を見つめる。

『みんなで同じラインに、同じステージに立てればと思っています。』

 なんておこがましい言葉だろうか。経験者と初心者では、実力の差は圧倒的だ。十二人と少ない一年生の中で、経験者がアルトサックス担当の夏矢、コントラバス担当の百羽、夏矢と同じアルトサックス担当の若草紗わかくさすず、トランペット担当の山科やましなはなだ、そしてほのかの五人だけ。半分以上の初心者をキャリーしていくのは正直荷が重いと、ほのかは小さくため息をついた。

「一年四組、若草紗。好きな物は唐揚げ、嫌いな物はうるさい所。担当楽器はアルトサックス。一応、中学生からアルトやってる経験者なので、分からない所とかあったら遠慮なく聞いてください」

「同じく一年四組、山科はなだでーす! 好きな物は山登り、嫌いな物は特に無い! トランペット経験者だけど、あまり上手くはないです! もっともっと上手くなって、音大行けるまでになりたいなと思ってます!」

 紗とはなだは、ほのかや菫と同じ中学、同じクラスメイト、同じ部活だった同期だ。とは言っても、ほのか自身あまり話したことはなく、合奏の時間だからと呼びに行ったりした時に一言二言話した程度だ。

(……音大、か。)

 中学生だった頃、ほのかも同じように音大を目指していたものだ。昔の自分を見ているようで、なんだか懐かしく思えた。

「……これで全員かな? うんうん、みんな個性があって素晴らしいわぁ。で、そんな個性的な君たちの中からリーダーと副リーダーを決めるわけだけども」

「え、リーダーほのっちじゃないの?」

「え、箕輪さんじゃないの」

「え、ほのかだと思ってまシタ」

 はなだ、紗、菫が次々に口にし、他の部員達も「箕輪さんまとめるの上手そうだし、この中で一番上手いもんね!」「俺にゃ出来ん」「名案!」と、満場一致な様子だった。

(えぇ……。)

「どうデス?」

『めんど……』

「まぁまぁそう言わず! じゃあ、箕輪はそれでいいかな?」

『否定したって確定でしょう? いいですよ、やりますよ』

「流石箕輪、分かってんねぇ!」

 リーダー、と書かれた所の右に「OB.箕輪」と書かれる。「じゃ、副リーダーはどうする?」とやよいが振り返った時、真っ先に手を挙げたのは菫だった。

「ワタシが! やりマス!」

「おぉ安城、いいじゃないの!」

「安城さんなら大丈夫そう」

「紗、あんたはやらないの?」

「やらない。まとめるの、向いてないし」

 またしても満場一致で決まり、「楽だわ今年の学年……先輩方の荷が軽いよ…………」とやよいは感激している様子だった。

「よし、次の話題行こうか! 次は……」

「ねぇ、箕輪さん」

 紗がコソッと声をかけてくる。それに気づき、ほのかが場所を移動して紗の隣に行くと「副リーダー、本当に安城さんで大丈夫……?」と少し不安げな様子だった。

『大丈夫、私がキャリーしていくし』

「……それならいいんだけど。中学の時から見てたけど、ちょっと抜けてる所があるというか、なんというか……まあ、はなだも同じなんだけど」

『中学の時はお互い大変だったね……』

「それ。高校では沢山話そう、またクラスも同じになったし」

 こくりと頷き、またやよいの話に耳を傾ける。「おや箕輪、いつの間に若草の隣に移動してたのかな? まぁいいや、仲が良さそうで何よりよ」と、さほど気にする様子もないようだ。

「さて、夏コンについてだね。みんなは「オーディション」って知ってるかな?」

 ほのかが周りを見てみると、知っている者(経験者)と、知らない者(大半)と、知っているけどどんな風にやるんだろう……? (極小数)という綺麗な三大勢力にわかれている。

「うんうん、その反応が正しい! まるで去年の自分を見ているみたいだわぁ!

 入部してはや一ヶ月。基礎練もこなし、厳しくこわぁい先輩達の指摘にも耐え、そして曲も段々と吹けるようになってきた! そんな君たちの前に次に立ちはだかるのが夏の吹奏楽コンクール、通称「夏コン」と言われるものね」

 書いていた事項を左端に寄せて書き、ある程度スペースを取った所で、やよいはとあることを書き始める。

「経験者はご存知の通り、夏コンは人数によって部門が分けられるの。

 五十五名以内のA編成、三十五名以内のB編成、二十五名以内のC編成の三つがあるのね。これとは別に、BII編成ってものもあるんだけど、それは北海道では規定されていないので、今回は説明は省きます」

(省くんだ……。)

「部員が増えて、今は二年生十五人、三年生十一人、計三十八人だから、全員受かれば最大でA編成が組めることになるんだけど……オーディションはそう優しい世界じゃあない。このだだ広いA音で、ぽつんと一つ椅子が置かれ、目の前には顧問の北風先生。「じゃ、最初から吹いて」と言われ、自分のパートを吹き、全て吹き終わると感想も何も言われずに「おけ。じゃ、次呼んできてや」で終わる……」

(中学の頃と同じだ……。)

「……とまぁ、簡単に説明したらそんな感じかな。変に怖がらずに堂々と、自分が練習した成果を発揮すれば合格は貰えるから大丈夫だよ。

 とは言えど、やっぱり落ちちゃう子もいるのよね。不合格者は裏方に回ったりして忙しくなったりするから、合格者を支える気持ちでいること。オーディションの日付は多分六月くらいかな? 去年と同じなら、これから曲が決まって、一ヶ月練習、オーディション、また一ヶ月練習、そして本番……っていう感じで流れていく。今はあまり気張らず、自分が出来ることを精一杯やること。いいかな?」

 はい、と返事が飛び「うん、今年の一年はすごく元気な子が多い。流石個性的」と褒めているのか貶しているのかどうか分からない言葉を発しながら、うんうんと頷くやよい。

「夏コンは主に、「地区コンクール」「全道大会」「全国大会」の順番で開催される。私らは多分B編成だから、全国大会には今年は行かないと思う。それだけは頭に入れておいてね」

「B編成で出られない……って事は、A編成しか出られないんダ……」

「お、安城いいこと言った! そう、全国大会はA編成しか出ることが出来ないの。吹奏楽連盟で決められている事だから、こればかりは私らにはどうすることも出来ないね」

 キュッキュッと、ホワイトボードが音を鳴らす。

「私ら吹奏楽部は、全国大会を「まだ見ぬ舞台」って言っているの。全道大会は「憧れの舞台」、地区コンは「始まりの舞台」。私らの目標は、「憧れの舞台」に行くこと。全体ミーティングとかでこの話があると思うから、覚えておいてね。

 よし、じゃあ次に移ろうか。あ、その前に写真撮るなら撮っていいよ。編成に関しては今後の参考になると思うし」

 パシャパシャとおもむろに撮り始めた部員達をよそに、ほのかはホワイトボードを見つめていた。

 まだ見ぬ舞台。ほのかは既に経験している、大きな舞台。

 経験しているからこそ分かる緊張、震え、不安。

 それを来年、ここにいる全員と一緒に経験出来たなら、どれだけいいだろうか。

 そんなことを考え、途中で思考を止める。今は目の前にあること、出来ることをやっていこう。そう思い、ほのかはまたやよいの話を聞き始めるのであった。

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