紫陽花
太田肇
第1話
藤の花が咲き終わり、甘ったるい香りが消えた。じっとりとした曇天の空に、紫陽花が映える季節の昼下がりのことである。
教室の隅の席で、1人の女が、4人の男女に囲まれていた。
「陽子、お前さ、ぶくぶく太ったカエルみたいで醜いな」
「そうかな。私は結構好きだよ。自分のこと」
「うわ。ナルシスト。触られると俺たちもカエルになっちゃうぞ」
笑いが起きた。このクラスのいつもの光景である。
「私は顔だけで笑いがとれるのよ。羨ましいでしょ」
と陽子は勝ち誇ったように言った。
「なんだよ。つまんないの」
「ねえ、バスケしない」
「いいね。名案だよ」
そういうと興味を無くしたのか、その集団は教室を出て行った。
「大丈夫ですか」
暫くしてと男が話しかけてきた。男は陽子よりも少しだけ背が高く、メガネをかけて、制服を着崩さないで着ていた。
「別に平気よ。いつもの事だし。それに私が醜いのは事実だし」
「そんなこと言わないでよ。陽子さんは明るくて、優しくて、太陽のような人だよ。でも、いつも一人でいるし、心配だよ」
「そう、ありがとう。でも気にしないで。それにあなたもさっき笑ってたじゃない」
陽子は冗談を言うように、笑いながら言った。
「それは……」
「本当にいいの。私は大丈夫だから。あの人たちがなんて言ったって、私が私でなくなるわけじゃないし。それに私なんかよりあの人たちの方が醜いでしょ。常に何かを見下して、自分の方が優秀だと勘違いしてないと気が済まないのよ。きっと空っぽなんだわ」
陽子は読んでいた本に視線を戻した。そのとき、自分の着ている服の袖口からは絆創膏が見えた。男にそれは見えていない。
少し遅れて男が言った。
「ごめん。確かに僕は笑った。そうしないと今度は僕が虐められると思ったんだ。許してほしいなんて言いわない。だけど、だけど、だけど。本当に困ったら誰かに相談してほしい」
「そう。わかったわ」
「約束だよ」
男はそう言って自分の席に戻った。
「あなたは正直ね。羨ましいわ」
陽子の呟きは誰にも届くことはなく、昼休みの教室のざわつきに溶けた。
紫陽花 太田肇 @o-ta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます