消しゴム
太田肇
第1話
中学校に入学して四カ月経った頃、クラスで席替えがあった。僕の席は一番前。教壇から見て左手の窓際の席だった。あの子の隣の席だった。
「よろしく」と短く言って僕はあの子の机の横に自分の机を合わせた。
眉の辺りで切りそろえられた前髪に、青いゴムで結ばれた後ろ髪。そしてあの子は、僕より少し背が高かった。
「う、うん。よろしくお願いします」とあの子は言った。
僕は初めてあの子と話した。僕はなんだか気まずくなって、窓から外を眺めた。
次の授業のとき、僕は消しゴムを忘れた事に気がついた。僕はあの子から借りる事にした。
「あの、消しゴム貸してもらえないかな」
「うん。いいよ。私、二つ持ってるから」
あの子は少し使われて角の丸くなった白い消しゴムを貸してくれた。
「ありがとう。本当に助かるよ」と僕は言って嬉しそうな顔をしたら、あの子も笑っていた。僕はその日の最後の授業が終わってからあの子に消しゴムを返した。
次の日も僕は消しゴムを忘れた。その次の日も。その次の日も。わざと忘れた。あの子は「いいよ」と言って消しゴムを貸してくれた。
僕が借りていたその消しゴムが、小指の先ほどの大きさになった頃、季節は移ろい、ちらほら雪が降るようになった。
「明日から冬休みだ。なので今日は大掃除だ。っとその前に席替えだったな」と先生が言った。
教室がざわつく中、あの子はしたり顔して言った。
「もう私から消しゴム借りれないね」
「どうして」と僕は聞き返した。
「だってそうでしょう。次、隣になった子に借りればいいじゃない」
「確かにそうだけど……」
「私はずっと貸してあげてもいいけどね」
「えっ」
動揺している僕を見てあの子は微笑んだ。
「私はいいよ」
冬休み明け、僕の背は、隣を歩く彼女より少し高くなっていた。
消しゴム 太田肇 @o-ta
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