竜めづる姫君(現代版『虫めづる姫君』)
どぜう丸
竜めづる姫君
津積高校一年A組の教室。その教室の入り口側でも窓際でもないちょうど真ん中の列の一番後ろに彼女は居る。『このクラスで一番の変わり者は誰?』とクラスメイトに尋ねれば、まず真っ先に名前が挙がるであろう彼女。
色白で、背は平均身長よりはやや低め。髪は肩までの長さだがボサボサっとしている。女子は着崩すことが当たり前の制服をキッチリ着ているため、スタイルなどはよくわからない。そして特徴的な丸メガネという……まあ残念な感じの見た目をしていた。
でも、顔は少し幼げだけど整っては見えるので、昔に流行ったドラマじゃないけど誰かがプロデュースすれば可愛くなるような気もする。ただ、本人が自分の見た目などに一切の興味を示さないため、そんな機会が訪れることはなさそうだ。そんな安達さんが気に留めるモノといったら、いま彼女の手元にある恐竜図鑑ぐらいだろう。
安達さんは休み時間、誰と喋ることもなく、机の上に分厚い恐竜図鑑(子供用のものではなくかなりしっかりとしたもの)をドサッと置くと、附箋がしてあったページを開く。そしてトレーシングペーパーを一枚取り出すと、その図鑑の上に重ねた。そしてシャーペンではなく鉛筆でその紙にトントンと点を落としていく。
丸メガネから見える目を凝らしながら、集中して点を落としていく姿は、さながらなにかの職人かのように見えた。やってることはまあ、女子高生らしくないけど。そんな安達さんの姿を、俺は友人と談笑している最中も目で追ってしまっていた。
彼女は教室内において異質・異様な存在だけど、特別な存在のように思えたからだ。
ただ……そんな奇行に走っていれば、彼女を悪く言うヤツもいる。
「なんか安達さんって変だよね。休み時間に骨の絵ばっかり描いてるんだもの」
「髪も服の着方も野暮ったいし、骨より見た目をなんとかするべきよ」
「なんか暗いのよね。彼氏とか絶対できないわね、アレ」
パリピよりの女子のグループが、安達さんに聞こえるような声で陰口を叩いて笑っていた。共通の笑いものを作ることでグループの結束を固めているのだろう。なかなか陰険だけど……しかし、安達さんも言われっぱなしの女の子ではなかった。
「………」
「「「 っ! 」」」
顔を上げて、ジーッと女子グループを見つめる。ただ無感情にジーッと見ているだけだ。それだけで女子のグループは若干引きつった顔をしている。陰口は後ろめたい行為だから、見つめられただけでも責められているように感じてしまうのだろう。それでもグループの一人が「なによ」と声を出した。
「なに? なんか言いたいことでもあるわけ?」
虚勢だと思うけどトゲトゲした声だった。引っ込み思案な人なら、それだけですごすごと引き下がりそうなものだけど……安達さんはゆっくりと口を開いた。
「貴女は骨より見た目が大事だと言った」
「な、なによ? なにか文句あるわけ?」
「骨はそれだけでは不気味かもしれないけど、肉をまとって生物となる。骨がなければ肉など中身のない着ぐるみ。自立することもできない有機物の塊。貴女の言う見た目とは、この肉のようなもの。外面を気にして、内面を疎かにすれば、人の賛辞はその外面にしか向けられず、貴女の内面までには届かない」
彼女の口から蕩々と語られる言葉。少々理屈っぽいけど深みがある気がする。
「おおお」
思わず感嘆の声を出したら、女子グループにキッと睨まれた。怖っ。すると反論された女子はフンと鼻を鳴らした。
「そんなに骨が好きなら葬儀場ででも働けばいいんじゃないの?」
「化石と骨とは全くの別物。化石は残された土中に骨などが鉱物に置き換わって残るものだから。だから鉱物化していない人の骨には興味ない」
投げかけられた嫌みをド真面目な解答で打ち返す安達さん。見事なピッチャーライナーを決められて、女子生徒は悔しそうな顔をして怒りながら去って行った。一緒に嘲笑っていた女子たちも、そんな彼女のあとを慌てて追いかけていく。言葉の巧みさでは安達さんに敵わなかったようだ。
俺は話していた友人に「ちょっとごめん」と断ってから、彼女のもとへと歩み寄った。邪魔者を追い払った彼女はまた、骨の絵の上に置いたトレーシングペーパーに点を落とす作業へと戻っている。
「それってなにをやってるの?」
「化石の模写。私、将来は古生物学者になりたいと思っているから」
俺の問いかけに、安達さんは顔を上げないまま答えた。すると彼女は落としていった点を鉛筆でサッと結んでいき、化石の輪郭を描いていった。……なるほど。ああやって実物と同じ大きさの絵を作っていくわけか。
「でも、それなら輪郭をなぞればいいんじゃないの? わざわざ点を落とす意味って」
「実物の化石は写真と違って立体だから、縁をなぞるようなことはできない。だから輪郭で形が変わる角に点を落として結んでいく必要がある」
聞いたことにはちゃんと答えてくれる。そこには善意も悪意もない。思えばさっき絡まれていたときの返事も、聞かれたことに対して正直に答えただけなのだろう。彼女は確固たる自分の世界を持っているので、相手にどう思われようが構わないのだろう。人の目を気にしないからこそ野暮ったい見た目でも問題が無いのだろう。
俺はそんな彼女をとても興味深く思った。
「俺、
「……?」
いきなり自己紹介をされて、安達さんも顔を上げた。なにやら首を傾げている。
「なんでいきなり名乗ったの?」
「いや~生きてる骨でできてる俺は、多分、名前を覚えてもらってないと思ったから」
そう返すと安達さんはしばしキョトンとしていたが……やがてクスリと笑った。
「フフッ……変なの」
クラス一の変人に変人認定されてしまったが、小さく微笑む彼女は野暮ったい見た目であっても、俺の目には十分に魅力的に映ったのだった。
◇ ◇ ◇
「私の推し恐竜はスティギモロクなの」
それから俺は安達さんとたまに話すようになった。とはいっても、彼女が時折、戯れに話す恐竜トークに聞き耳を立てている感じだけど。
「パキケファロサウルス類の恐竜で、尖った頭の角が特徴的な恐竜なの。名前の意味は『死の川の悪魔』。三途の川の渡し賃である六文銭を旗印にしていた真田幸村みたいで格好良い。そう考えれば頭の角も幸村の鹿角兜っぽいよね。石頭を使って突撃したと考えられていたパキケファロサウルス類の特徴も幸村のイメージにぴったりだし。でも最近はドラコレックス共々、パキケファロサウルスの幼体扱いされててちょっと悲しい」
「ふむふむ」
相づちを打ってはいるものの、俺はきっと彼女の言っていることの半分も理解できていないだろう。だけど自分の興味のある世界の話を嬉々として語る彼女はカワイイ。そんな彼女のカワイイ姿を見られるだけで、俺は十分に楽しかった。彼女の微笑みを見ていると……生きた骨でできてる俺という存在を認識してもらえたようで嬉しかったから。
そんな日々が続いたある日。月曜一時間目のLHR《ロング・ホーム・ルーム》前。
(ウネウネウネウネ……)
「………」
安達さんの机の上にトカゲのオモチャが置かれていた。どうやらクラスのお調子者が「そんなに恐竜が好きなら、こんなのも好きなんじゃないの?」とか言って置いたらしい。安物っぽいけど造形は妙にリアルで、長い尻尾はリモコン式なのかウネウネと動いていた。……爬虫類に苦手意識がなかったとしても、これは気味悪く思う。
これを見たクラスメイトの反応はというと、割と冷めていた。これって下手したらイジメの現場だと言われて問題になるかもしれないからな。以前、安達さんに言い負けていた女子グループでさえも「これは悪趣味すぎるわ」とお調子者を批難していた。そんなクラスメイトたちの冷たい反応に、お調子者は立場をなくしてオロオロしていた。動揺するくらいならさっさと回収すれば良いのに……。
そんな空気の中、安達さんが登校してきて自分の机に置かれているトカゲを見た。これで安達さんが泣いたりしたら、地獄の空気となるだろう。すると安達さんはビクッと一瞬肩を震わせたけど、そのまま席に着いた。静まりかえった教室に、トカゲがしっぽを動かすためのモーター音だけが響いている。クラスメイトたちが緊張した様子で見守る中、ついに彼女は口を開いた。
「恐竜とトカゲとは遠い生物。むしろニワトリのほうが種族としては近い。だから恐竜好きの私が、トカゲが嫌いでもなんの問題もない」
「「「 気にするの、そこ!? 」」」
クラス中からツッコミが入った。自分の机にトカゲのオモチャが置かれたことよりも、「恐竜好きって言ってるくせにトカゲは嫌いなんだ」とか言われることのほうが気になったということだろうか。教室が呆気にとられた空気になる中、俺は彼女の握りしめた手が微かに震えていることに気が付いた。
……なるほど。これは安達さんなりの虚勢の張り方なのだろう。……まったく。俺はそのトカゲのオモチャをむんずと掴む(うっ、やっぱ気味悪いな……)と、それをお調子者の襟首から背中に放り込んだ。そして奪ったリモコンで尻尾の動きを『強』にしてやると、お調子者はのたうち回ることになった。
「うわっ、ちょっ、やめ! ごめん! ごめんって!」
そんな自業自得・天罰覿面な様子に、クラス中がホッとして笑っていた。その後、そいつの襟首を引っつかんで安達さんに謝罪させた。平謝りするお調子者に、安達さんが「べつに、気にしてない」と言ったのでこれで手打ちとなった。落ち着きを取り戻した教室。何名かの女子は安達さんに「災難だったね」「ホント、男子ってガキよね」と話しかけていた。その中にはあの日、陰口を言った女子もいる。
クラス一の変わり者であっても、だからといって酷い目にあいそうになったのを見れば同情や親近感もわくようだ。今後は陰口を叩かれる機会も減りそうだ。なんとか丸く収まりそうな雰囲気のとき、担任が入ってきて朝のLHRが始まった。
そのLHRが終わった次の休み時間。俺はまた雑談でもしようかと彼女の席に近づいた。すると、彼女は開いていた恐竜図鑑を持ち上げるとパッと顔を隠した。表紙のティラノサウルスと目が合う。
「? どうかしたの?」
そう尋ねると、彼女は消え入りそうな声で言った。
「その……お礼を言ってなかったから。助けてくれてありがとう、って」
どうやらトカゲのオモチャを片付けたことを、思っていたよりも感謝してくれていたらしい。俺は「なんだそんなことか」と笑いながら言った。
「気にしなくていいって。あんなの、なんてこともないし」
「……でも、助けられたのは本当だから、ちゃんとお礼を言いたいの」
「律儀だね~。それじゃあ、どういたしまして」
そう答えたのだけど、彼女の顔から図鑑が離れなかった。
「って、なんでまだ顔を隠してるの?」
「……その……恥ずかしいから」
「恥ずかしい? べつに女子がトカゲが嫌いでも恥ずかしいってことはないでしょ」
そう伝えたのだけど、彼女は図鑑の向こうでブンブンと首を横に振った。
「そうじゃなくて……今の顔は……佐野くんには見せられないから」
「? そう言われると余計に気になるんだけど」
「……【鬼と女とは人に見えぬぞよき】」
彼女がなにやら呟いた。どういう意味だろうと思って尋ねようとしたとき、二時間目開始のチャイムがなり担当教師が入ってきた。俺は後ろ髪を引かれる思いだったけど、自分の席へと戻ったのだった。そして授業中、彼女の言ったことが気になった俺はこっそりスマホで調べてみた。どうやら『堤中納言物語』という古典に収録されている『虫めづる姫君』にある言葉らしい。
意味としては【鬼や幽霊は人に見えないからこそ恐ろしく、女性はそう簡単に姿を現さないほうが神秘的で素晴らしい】とかそんな感じらしい。平安貴族の娘の価値観とは言え、妙に艶のある言葉だった。もし、あの言葉が俺を異性として意識してくれての言葉だったらと思うと……どうにもドキドキして、授業が耳に入らなかった。
次の休み時間に、俺はどんな顔をして彼女と向き合えば良いのだろう。
さて、そんな俺と彼女の物語は二巻へと続きますが、もちろん二巻などありません(『虫めづる姫君』は二巻に続くで終わっているため)。
竜めづる姫君(現代版『虫めづる姫君』) どぜう丸 @dojoumaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます