機械殺しのメロディ
コラム
01
少女の目の前で、冷蔵庫や洗濯機、電子レンジなどの無数の家電製品が機械音を立て、唸るように威嚇していた。
まるで血に飢えた獣のように、その金属でできた本体を向けている。
そんな家電製品に恐怖を覚えている少女の傍には、他にも彼女と同じように鉄パイプや金属バットを持った者たちがいた。
その者らは年齢も性別も国籍もバラバラで、誰もが冷や汗を掻いている。
「ほら、さっさと行けよ。それとも施設送りにされたいのか?」
その一団の後ろから、男の声が聞こえてきた。
男の言葉を聞き、さらに身を震わせた少女の隣へ、彼女と同い年くらいの少年が立つ。
「大丈夫だよ、メロディ。数はオレたちのほうが上なんだ。絶対に負けっこないよ」
少年は少女――メロディに声をかけると、持っていた金属バットを握りしめて家電製品へと突進。
唸る電子レンジの真上へと振り落とす。
電子レンジが悲鳴のような機械音を発して破壊されると、それが合図となったのか、それまで動かなかった冷蔵庫、洗濯機など他の家電製品が人間たちへと襲いかかった。
その寸胴な本体からは想像もできない速度で動き出す。
ある者は冷蔵庫に手足や頭を氷漬けにされてから粉々に砕かれ、またある者は洗濯機のタンク内へと飲みこまれ、ジューサーミキサーに放られたように粉砕、撹拌されて赤いペースト状ものへと変えられてしまう。
「た、助けて! ギャァァァッ!」
「やめてくれやめてくれ、おれは好きでこんなことを……ウアッアァァァッ!」
悲痛な叫び声がメロディたちがいる廃墟の町に響くが、機械である家電製品には当然届かない。
むしろさらに機械音を鳴らしながら人間たちの一団を殺していく。
20XX年。
これまで人類が恩恵を受けてきた機械が突如として暴走した。
すべての機械が人間を見つけたら攻撃を仕掛けてくるようになった。
コンピューターはもちろんのこと、半導体チップ――マイコンが使われている家電製品などもそうである。
それら人を襲う機械はオートマティックと呼ばれ、暴れ回るオートマティックによって世界中の人間が殺された。
そしてわずか半年で世界は崩壊し、どの国もそのほぼ機能を失い無法地帯となっていた。
「や、やっぱり無理……無理だよッ!」
凄惨な光景を見たメロディは、握っていた鉄パイプを落として両手で頭を抱えてその場に崩れてしまっていた。
乱れた髪を振りながらもう何も見たくないと両目を瞑り、ただでさえなかった戦意が完全に無くなる。
それもしょうがないことだろう。
彼女はまだ十代の少女なのだ。
これまでの人生で暴力とは無縁の女の子に、いきなり人殺しの機械と戦えといっても無理な話だ。
それでも、怯えようがなんだろうがメロディにも家電製品は襲いかかってくる。
だが、先ほど彼女に声をかけた少年が金属バットを振り回して、飛びかかってきた冷蔵庫を吹き飛ばす。
「大丈夫か、メロディ!?」
「タ、タキジ……。あたし……ごめんなさい……」
謝るメロディにタキジと呼ばれた少年が笑みを返すと、彼の肩に乗っていた毛の塊が大きく鳴いた。
その鳴き声は彼女を激励しているのか。
鳴いた毛の塊はタキジの肩からメロディの肩に飛び移り、彼女の耳元でその顔を出した。
「ケダマもごめん……」
ケダマと呼ばれる毛の塊は、手乗りサイズほどの大きさのチンチラだ。
メロディがタキジと出会う前から彼といる相棒であり、友人である。
それからメロディは再び鉄パイプを拾い、タキジや残った人間たちと共にすべての家電製品を破壊した。
「なんだよ、ずいぶん時間かかったな。ほら、さっさと回収しろ。日が暮れちまうだろ」
先ほど一団の後ろから声をかけた男が出てくる。
男の名はウィノウ。
年齢は三十後半くらいの男で、分厚い唇、話すとき片一方が釣り上がる口、笑うと歯茎が見える顔をしている。
世界崩壊後に台頭したネオリベラの幹部であり、メロディたちがいる地域を仕切っている男だ。
ネオリベラとは、ほぼ機能していない政府の干渉を拒絶し、自分の望むまま生きる組織のことだ。
彼ら彼女らの組織は、この崩壊後の世界で自分たちの利益のみを追求し、さらには過剰な能力主義を掲げ、多くの人間らを奴隷にしている。
メロディやタキジもまた、ネオリベラの人狩りによって捕らえられ、破壊したオートマティックの部品を集めさせられている。
暴走する機械相手の命懸けの作業だが、この仕事はまだマシなほうである。
なぜならば、先ほどウィノウが口にしていた施設――そこへ送られた者は死ぬまで身体や脳をいじられ、最後には殺処分されるという話だからだ。
生きたいのなら今の生活を受け入れるしかない。
幸い、食事と寝るところは保証されている。
さらにオートマティックと戦うために、最低限の健康管理はしてもらえる。
ネオリベラからすれば、メロディたちは組織の歯車なのだ。
人狩りで捕らえられた者たちは、報酬は少ないとはいえ(いや、ほぼないと言っていい)、オートマティックを破壊できるならば生きられる。
しかし、こんな生活に先があるはずもなく、メロディはいっそのこと死んでしまったほうが楽なのではないかと思っていた。
ネオリベラのもとから逃げ出しても、外にあるのは荒廃した世界のみ。
ほぼ機能していない各国の政府もまた自分たちを守ることしか頭になく、一人飛び出したところでオートマティックに殺されるだけだ。
このまま死ぬまで働かされるか、逃げて機械に殺されるか。
だったら自ら死を選んだほうが楽になれるし、人としての尊厳を守れるのでは――と、彼女は考えてしまう。
「メロディ、メロディったら」
「えッ? あ、なに、タキジ?」
「なにじゃないよ、もう。どうしたんだよ、ボーとしてさ」
「いや、別に……なんでもないよ……」
メロディは弱音を吐かない。
それが無駄なことはよくわかっているのだ。
それと、良くしてくれているタキジに負担をかけたくないのもある。
死にたいなんて言ったところで状況は何も変わらない。
生きるか死ぬか。
どちらにしても動かなければ意味がない。
メロディがタキジに返事をすると、突然彼女たちが乗ってきたミリタリートラックのエンジン音が聞こえた。
運転席には慌てているウィノウの姿が見え、突然彼女らを置いて走り出して行ってしまう。
オートマティックの部品を拾っていたメロディたちが一体何事だと思っていると、遠くから別のエンジンが聞こえてきた。
「あ、あぁ……アームド·ホイールだッ!」
誰かが見えてきた装甲車に気が付き、大声を上げながら逃げ出していった。
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