電氣式少年と三日月都市

雨柳ヰヲ

プロローグ

 月軌道第貮衛星居住区<三日月都市>の宇宙港に、銀河系居住区巡廻船<MESOPメソツプ>が停泊している。

 星空の中で大きな船体が青と白の誘導燈ランプぼんやりと照らされ、空気などないのに時折、船体の表面に細かな煌めきが波打つ。まるで静かな森深くに湧いた泉のようだ。 

 誰もいないはずの真夜中の宇宙港に、動く人影が現れた。

 宇宙港で働く人型ロボット・ピパたちよりも背が高く、素早い動きで<MESOP>のそばへ駆け寄り、乗降エレベータを起動させた。

 どうやら侵入者のようだ。警報アラートが起動する直前にその人物は素早くパネルを操作して装置を停止させた。

 <MESOP>に乗り込んだ侵入者は、予備灯が灯る薄暗い船の中、迷わず格納庫へと向かう。

 格納庫の中はさらに暗かったが、足を踏み入れると、そこかしこに小さな星灯ほしびともる。格納庫に出現したプラネタリウムの中、積荷が歪な影を作り、はるか昔に栄えた地上の街の面影を描く。

 侵入者は大小様々な荷が詰め込まれた広い格納庫の中をゆっくり奥へと歩いていく。時折足を止め、積荷に触れる。隙間を覗き込み、荷を移動させて下敷きになった箱を開ける。何かを探しているようだ。侵入者は長い時間をかけて、積荷を調べ、やがて壁際の覆布がかけられた衣裳箪笥キヤビネツトのようなものの前で立ち止まる。

 侵入者は埃除けの覆布の端をつかむと一気に取り払った。

 現れたのは特殊な玻璃ガラスで作られた透明の標本ケースで、中に少年型アンドロイドが直立した姿で収められていた。今にも目を開けて動き出しそうなほど精巧な人形機械オートマタ

 標本ケースのプレートには「電氣式少年 electroid」と記されている。

 侵入者は覆布を床に落とし、標本ケースに近寄る。玻璃ガラス越しにアンドロイドの顔を眺め、しばらくそうしてから脇のボタンを操作して横に倒した後に、ケースの扉を開けた。

 侵入者はアンドロイドの頬に触れ、唇を開かせて銀の細い筒を当てがい、オレンジ色の液体を口の中に流し込んだ。すると、見る間にアンドロイドの頬や唇に赤みが差し始める。肌を形成する人工細胞に生気が染み渡り、いっそう人と区別がつかなくなる。次いで左脇腹に触れ、皮膚に刻印された文字をなぞる。

<No.OO13>

 その部分を強く押すと、皮膚に小さな切れ目が入る。そこに指を差し入れて開くと、コネクターが肌の隙間から覗いた。侵入者は旧式のキーボードを取り出してケーブルをコネクターに接続し、文字を打ち込んだ。

 Ēlýsiώon

 それは最愛の人の名。

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