第11話 理解者
四宮とのお茶は――とはいっても茶道的なお茶だが――とても静かで穏やかな時間だった。
四宮は一つ一つ丁寧な所作でお茶を点てていく。やがて準備ができると、お茶碗を俺の前にすっと差し出した。
茶道の礼儀作法をおぼろげな知識としてしか知らない俺は一つ一つの所作に対してこれであってるんだっけ?などと思いながら、お茶碗を回してみたりする。抹茶を一口飲むと、四宮が口を開く。
「お服加減はいかがでございますか?」
ん?おふくかげん?
なんだそりゃと思いつつも、この文脈なら、おいしいですか?ってことだと判断する。
「大変おいしゅうございます」
改まった口調で答えると、四宮は穏やかな表情でうなずいた。
正解だったのだろうか。本当だったらお茶の銘柄名なんかを聞いたりするのかもしれないけれど、作法が分からないので黙ってお茶を飲む。
四宮は四宮で、初心者の俺に茶道的な作法や会話などは求めてはいないらしく、姿勢を正して静かに俺がお茶を飲むのを待っていてくれた。
背筋のピンと伸びた姿勢で俺を穏やかに見つめる四宮は、つい鼓動の乱れを感じる程に美しい。その優しい気立てを感じたことも相まって、もしかしたら四宮って、とんでもなくモテるんじゃないだろうか、などと感じる。いや、いまさらか。
お茶も飲み終わり、よくわからないままに再びお茶碗を回して四宮の方に差し出す。
「お疲れ様。付き合わせて、悪かったわね」
四宮は、茶道モードは終わり、といった感じだ。
「いえいえ。なんか不思議な時間だったね。お茶、ありがとう」
「お昼まだ食べてないんでしょう?私は片付けてから教室の由紀達と合流するから、お先にどうぞ」
「そう?では、お言葉に甘えて」
短い別れの挨拶を交わし、四宮とは茶室で別れ、食堂へと向かうことにした。
中庭から昇降口に戻る際、誰かに見られないかとひやひやしたものだったが、幸いにして誰かに見とがめられることはなかった。
お昼休みの時間も3分の1ほど過ぎてしまっており、あまりのんびりはできなそうだった。軽めのものがよさそうだ。うどんにしておこう。
食券を買い、食堂のおばちゃんから食券と引き換えにうどんを受け取ると、適当に空いてる席を探して席に着く。スタートダッシュはかなり遅れたものの、ぼっち飯なので空いてる席を探すのは特に苦労しない。
ずずっと音を立てながらうどんを食べ始めると、特に話す相手がいるわけでもないので、ぼーっと、先程のやり取りについて思い出していた。
四宮は俺の噂を信じていないといっていた。学年トップを奪われた相手がそういう人であってほしくないだけかも、とも言っていた。しかしそうであったとしても、人の噂を悪意を持って、いや、悪意がなかったとしても当事者のことも考えずに面白がっている人達が大半を占めるクラスにおいて、四宮のような人もいるんだと思うと、気が楽になるような気がする。
四宮っていい奴なんだなーとしみじみ考えながら、気づいたらうどんはなくなっていた。
しまった。もう少しゆっくり味わえばよかった。もともと食べるのが速いのでゆっくり食べるように普段は気を付けているけど、ついつい気を抜くと一瞬で食べ終わってしまう。
周りを見渡すと、まだご飯を食べている途中の生徒が大半だった。時計を確認するも、昼休みの時間はまだ半分近く残っていた。本当に一瞬で食べ終えてしまった。
仕方ない、図書館に行こう。
図書館で適当な文庫本を読んでいると、予鈴が鳴ったので、教室に戻ることにした。
◇
午後の退屈な授業が終わり、放課後。
今日から本格的に文実の活動が始まる。クラスでも文化祭の準備が始まるところだった。
人の噂も75日だが、まだ数日しかたっていないので、教室内での俺の状況は相変わらずのようだった。
さっさと文実に行ってしまおう、と教室を出ようとすると、後ろから声がかかった。
「山本君」
声の主は、四宮だった。四宮はいつもの由紀や陸達で集まっていた。いつものメンツというやつである。見ると、陸達が驚いたような顔をして四宮を見ていた。
文化祭の準備に取り掛かろうとしていた教室が、ざわついたような気がした。元とはいえ成績学年トップでなおかつ容姿端麗な四宮が普段話さない男子生徒に声をかけるというのは、とにかく目立つことのように思えた。
「どうしたの?」
「文実、行きましょう」
え?一緒に行くってこと?というか、まさか四宮から同行のお誘いを受けるとは。
「おっけい」
言葉を失うところだったが、なんとか動揺を隠して自然に返事ができた。と思う。
見れば、陸グループは「え、2人ってそういう感じだったっけ?」みたいな顔をしていた。というか、教室全体が同様の疑問符にあふれているような気がした。
いたたまれなくなり、さっさと教室から出て、廊下で四宮を待つ。ほどなくして四宮が出てくる。
あんな目立つようなことしなくても、と恨み言を言いたくなったが、そんなこと言うのも自意識過剰かもしれないと思ったので、黙っておくことにする。
文化祭実行委員が教室で2人いて、一緒に文実に向かうことなんて、当たり前のことだ、きっと。
「お待たせ。さ、行きましょう」
「うぃす」
2人で何を話すでもなく、パタパタと音を立てながら生徒会室に向かう。学校指定のスリッパは、履いている人が誰であれ、この間抜けな音を立てるのが面白い。
ふいに廊下の窓に目をやると、夕焼けが始まりつつあり、濃紫と黄金のグラデーションのかかった空が美しく映えている。
窓の手前を歩いていた四宮も同様に窓の外を眺めていた。その美しい夕焼けの陽光を受けた四宮がどんな表情をしているのか見てみたい気がしたけれど、位置関係上、その表情をうかがうことはできなかった。
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