最終話


「常冬の惑星」(最終話)


         堀川士朗



僕は草原に座っている。

穏やかな風が吹いている。

僕のジーンズの膝の上を小さなてんとう虫がちょこちょこ歩いている。

緑の草が風にそよぎ、髪の毛が優しく揺らされて気持ちが良いなあ。

するとサーカスの一団がそこにやって来て、踊りを踊り始めた。

団の少女が手を差し伸べてきた。

僕はその手をパアンッッと払いのけた。

少女は悲しい顔を見せたけど、ああやっぱりねという感じで去って行った。

目が覚めた。

隣にはミュノリが寝ていて、その寝息が僕を安心させた。



僕はミュノリに、このコテージの最先端システムテクノロジーのひとつひとつを紹介して自慢した。

ミュノリはふむふむといった感じで各フロアーをテルエスで写真を撮ったりメモをしたりと関心していた。

横顔が綺麗だった。

彼女は僕の視線に気付いて、照れてトイレに行った。



発電機器も農業畜産漁業施設も半年に一回のメンテナンスが終わった。

これでしばらくは円滑に動くはずだ。

ミュノリも手伝ってくれた。

すごく手慣れていたので、きっとなにかエンジニア関係の仕事をしていた女性なんだなと改めて思った。



皿の上のサラダをミュノリがつまらなそうにフォークでツンツンしている。

食が進まないみたいだ。


「なんだい?もしここが気に入らなきゃ出て行ってくれてかまわないんだぜ、ミュノリ」


いや、口には出していない。

心でちょっと思っただけだ。

ミュノリには、出て行ってほしくない。

僕は黙って食器を片して洗い物をしている。

耐寒仕様のアクリルガラスが四重になっているリビングの窓。

結露を取る為の全自動スクイーパーロボが働いている。

外では激しく雪が降っている。

その窓にヒタリと手のひらを押し当てて、ミュノリは何かを祈っているようにも見えた。

深く。

深く。



ある夜。

その夜は風もなく、無音だった。

二人並んで寝袋で寝ていた。

ミュノリが、


「……私ね」


とだけつぶやいた。

その先を聞く事は出来なかった。

聞けなかった。



ここのところ、外の気温が上がってきているような気がする。

ミュノリは嬉しそうだ。

何故か上着を着ている。

出かけるのか?

外に?

何でだ?

僕はこの。僕はこの常冬の惑星が大好きだったのに。

この常冬の惑星でなら、僕は自由なまま僕でいられたのに。


ミュノリは言った。


「もうすぐ世界中に、春が。春が訪れるわ。誰もが待ち望んだ本当の、本物の春よ。もうじき太陽も顔を出すわ。人々も……その数はとても少なくなってしまったけれど、きっとみんな薄手の服を着て久しぶりに外に出て喜びの世界を謳歌するんだわ。……でも、あなたはここで一生を暮らすのでしょうね。この、牢獄みたいなコテージで。そうやって生活するだけの人生をあなたは選んだのだから。あなたは生き残りたいんじゃない。ダラダラと生き長らえたいだけ。さようなら。悲しい人。美味しい食事とお風呂をありがとう。さようなら」


ミュノリはそう言って地下駐車場に停めてあった飛行式四駆に乗って僕のコテージから出て行った。

四駆は、空中運転モードへと切り替えて空へ飛び立った。

窓から、消えていくのを見た。

方角からして南を目指しているみたいだった。



僕はジャガイモスープに玄米パンを浸して一口、また一口と口に運んだ。

何も考えられなかった。

何の味もしなかった。



ティチヴァン・ミュノリ。

彼女は、滞空時間のものすごく短いウスバカゲロウのような女だった。

でも無限の生命も同時に感じた。

まるで何千年も生きているような。

まさかね。

今じゃあ顔も思い出せないけどね。



なに、世界は終わったんだ。

もう、終わったんだ。

もう誰も、このコテージには入れてやるものか。

全て磐石だ。

僕しあわせ。



          終わり



    (2021年10月執筆)


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常冬の惑星 堀川士朗 @shiro4646

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